ウンて言って、小宮山

講習も残すところあと2日。
ざわざわと騒がしい休み時間に、世界史選択の教室にマナがやってきた。マナの用事はなんとバイトの勧誘。募集先はヒロちゃんのカフェだ。

「花火大会まででいいからさあ。いっしょにやろうよ。ね?」

ヒロちゃんのカフェは、今年初めて法賢寺の花火大会に出店することが決まっている。屋台じゃなくて、参道に面した空き家を借りて出店するのだそうだ。
その準備が思った以上に大変だったことと、あとは急な人手不足がバイト急募の理由らしい。

「いいじゃん、4時間だけじゃん? やろうよお」

うちの学校では、申請して許可がおりれば春・夏・冬の長期のお休み中に限り日中17時まで、4時間だけアルバイトができる。
ただし3年生は不可。つまり私が在学中にアルバイトの経験ができるのは、この夏休みと冬休みのあと2回だけってことだ。
マナが一緒なら心強いし、坂川ならそんなに遠くない・・なんて考えてるうちに急速に心が傾きはじめる。

「やろっかなあ、バイト・・」
「やったあ! やろやろ! じゃあ約束ね!?」
って叫んだマナは一瞬でいなくなった。職員室へ申請書の不備を訂正しにいくとかで。ついでにすみれの申請書もとってきてあげるー!って言いながら。
そのすぐ後に、マナと入れ違うように席についた春樹くんが声をかけてくる。

「ねえ、すみれちゃん。加瀬くんに内緒で話せない?」
「内緒!? 冗談じゃないよ、絶対にムリ!!」

加瀬くんの脅し・・もといお灸が効きすぎた私は、容赦なく春樹くんを切り捨てる覚悟をすでにガッツリと固めていた。

「悪いけど春樹くん、自力で頑張って。遠くから応援してるから」
「うっわー、もう手のひら返すわけ? 冷っってえ」
「なんとでも言って」

別れるって言われてホントに怖かった。
もうアレが相当にトラウマ。

「とにかくゴメン。加瀬くんにフラれるワケにはいかないの」
そしたら春樹くんがそんな私を鼻で笑う。
「加瀬くんがすみれちゃんのことフるわけないじゃん。アレじゃあ土下座して頼んだって別れてくれねーよ」
「アレじゃあ、ってどーゆうこと・・?」
「あーっと。・・ナンデモナイ」

春樹くんは、
「あーあ。めんどくせえな、加瀬くん。アイツなんとかならねえかな・・」
ってつぶやいて向いたのだった。
その日の帰りに、私は加瀬くんにバイトの話をした。ちょっと得意気に。

「バイト決まったってオマエ、面接は??」
「なくていーってさ。友達特権で」
「なにそれ、ゆっる!」
カフェのバイトはLINE1本でアッサリと決まった。
「いつからやんの?」
「講習終わった次の日から」
「じゃあオレ、一回メシ食いに行っていい?」
「ウン。きてきて」

実は加瀬くんも夏休みはずーっとバイトだ。1年の頃からずっと同じとこでバイトしてて、この夏休みもやっぱりそこで働くらしい。

「私も加瀬くんのバイト先、行ってみようかなあ」
「オレんとこ、オモシロイもんなんかなんもないよ?」
「いーの、いーの」

おもしろくなくたって別に構わない。
だって加瀬くんが見たいんだから。

「あー、あっつ。なあ小宮山、カキ氷食って帰ろ?」
「ウン!」

暑いって言いながらも加瀬くんは私の手をとって、お店のある通りへぐいぐいとひっぱっていく。
そしたらお店の前にはすでに栞と冨永くんがいて、プラスチックのストローを振り回しながら手をふる冨永くんの様子に思わず笑いがこぼれた。

抜けるような青空に白い雲。
加瀬くんとすごす初めての夏はとにかく暑い。

ほどなく、私たちの高2の夏休みがはじまった。



スマホ片手に坂川駅裏手の新しい通りを歩いていくと、小宮山の送ってくれた写真とそっくりな場所、それらしいカフェが見えてきた。

ウンウン。たぶんアレ。
間違いねえや、って確信深めてそこに近づくにつれ・・

「っあー・・、やべえ」

小宮山がバイトすることになったそのカフェは、やったらオシャレな店だった。思わず足を止めて、すぐそばの大きな窓に映る自分を確認してみる。

・・ダメだろーな、コレじゃ。

オレのバイト先はホームセンターの資材置き場。動きやすさ重視でオシャレさなんかまるでナイ。
オレ、このカッコであの店入れる??

「うえー、どうしよ・・」

尚か翔太連れてくればよかった。この際、冨永でもイイ。

オレは通りを挟んだ反対側の歩道に立ち止まって腕を組み、とりあえず今日はやめといて明日出直すか・・なんてことを真剣に考えはじめていた。
改めてカフェに目を向けてみると、店の前面にはすげーオシャレでカッコイイ植栽があり、その下にもいくつかテーブルが出してある。そこでは何組かのキレイなお姉さんたちが優雅なランチの真っ最中。

遠巻きにカフェの様子を眺めてたら、一番手前のテーブルにカフェのスタッフが何か運んできた。
あ、男だ。若いな。って思った直後、オレはそいつに目が釘付けになった。

ハルキじゃん! なんで!?
マナとバイトすんじゃなかったのかよ、小宮山!!

思いっきりアタマ殴られたみたいな衝撃をくらって、オレは慌てて店に向かった。

もう恥ずかしいとか言ってらんない。
ジロジロと視線よこしてくるお姉さんたちのド真ん中をすりぬけて、入口のドアを開けた。

「いらっしゃいませ」
って爽やかに声をかけてきたのはさっき見たばかりのハルキだった。
「お一人ですか?」なんてしれっと聞いてきやがる。

「そーです」

「こちらへどうぞ」ってハルキに案内されて小さなテーブル席へ通された。

「なんでオマエがここにいんだよ」
「たまたまだけど、なに?」
「たまたまああ!? んなワケあるか、フザけんな!!」

ガマンできずに食ってかかるオレを、またもやしれっといなそうとするハルキ。

「加瀬くん、仕事中だから静かにしてくれる?」
「オマエ・・ムシする気!?」
奥へ下がろうとするハルキを無理矢理引き止めて絡みまくるオレのところへ、水とメニューを持ったマナがやってきた。

「来た来た。いらっしゃーい」
そしたらマナと入れ替わるようにしてハルキがカウンターの奥へ引っ込んでしまう。
「あーくそ、逃げられたじゃねえか。ジャマすんなよ!」
「もうっ、ホンっトに相変わらずなんだから!」
嫌そうに顔をしかめたマナが、水の入ったグラスをオレの真ん前にガンって置いた。

「だいたいなんなの、その頭にタオルでも巻いてそうなカッコは! もっとマジメな気持ちで来店してくれる!?」
「うるせーな、バイト帰りなの!」
「ダッサ」

ああ、ムカつく。

「オイ、なんでハルキがいんだよ。オレ、聞いてねえ」
「そりゃそーでしょ。すみれにも言ってなかったんだもん」
さっきまでの不機嫌をひっこめて、マナが嬉しそうにひそひそと声をひそめる。
「驚いたでしょ。アンタが来るの待ってたんだから。ウフフ、加瀬くんにサプライズ」
「いらねえ、全然」
本気で不機嫌なオレにマナがつまんなそうに口を尖らせた。

「そんなに怒んないでよ、面白くなくなるでしょ」
「ひとっつも面白くなんかねえわ。この状況はなに!?」

一体どーしてこんなことになっているのか。
マナによればこうだ。

「あのねえ、バイトが足りないからヒロちゃんに友達2人誘ってくれって頼まれてたの。で、まずはすみれを誘って、あともう1人どうしよっかなって思ってたら、ハルくんがやるって言い出してさ」
「オマエ、小宮山がここでバイトするってハルキに教えたの!?」
「んーん。教えてはないんだけどお・・」
カウンターのハルキにちょこっと視線を送ってから、オレの顔を眺めてニヤニヤとイヤ~な笑いを漏らし始めるマナ。
「講習の時に私とすみれが話してるの、ハルくん後ろでぜーんぶ聞いてたみたい」

やっぱりね。
こんなたまたまあるワケがない。
フツフツと腹が立ってきたオレは、ついマナを責めた。
「オマエ、なんでオレを誘わねえの!? あと一人足りねえんだったらオレでよかっただろ?」
「私がアンタのこと誘うわけないでしょ。アンタと一緒にバイトなんて死んでもイヤ」
もう一度カウンターのハルキを確認してから、マナが更にぐっと声のトーンを落とした。
「ハルくん、すみれのこと本気で好きみたいだね?」
「・・・」
「私がオシリ叩いてあげてた時は知らんぷりしてたくせに、手遅れになってから頑張りだすんだもん。何やってんだか」

マナが「ねえ?」ってオレの顔を覗き込んでくるけど、そんなの知ったこっちゃない。
オレには迷惑この上もないハナシだ。

「アホなんだろ。そんなだからオレみたいなのに負けんだよ」
「アホじゃないでしょ、恋でしょ! そーゆう言い方やめなさいよ。ハルくん可哀想!」
「バカ言え、オレのがよっぽど可哀想だろが!」
ハラの底からの悲痛なオレの返しにマナが可笑しそうにプッとふいた。んで笑いを堪えながら、今頃になってやっとメニューを開いて手渡してくる。
「ウン、たしかに。お気の毒。でもさあーーー」

マナが言うのだ。この夏が終わってみるまでわからない、って。
オレの勝ちはまだ確定してねえ、って。

「・・は?? なんで?」
首をかしげるオレに、マナが不吉な笑みを浮かべて不吉なコトを口走る。
まだ(・・)わかんないって言ってんの。ハルくん、ここから巻き返すつもりよ、絶対。そのためのバイトに決まってんじゃん」

略奪しよーってのか。
オレから、小宮山を・・?

むっすりと黙り込むオレのすぐそばで、突然、入り口のドアがカランコロンって鳴った。ダラダラと油売ってたマナがハッと顔を上げる。
入ってきたのは、結構な人数のグループ客だった。
「ちょっと、注文決めた? 忙しいんだから早くしてよ」
無駄話ばっかしてたくせに、いきなりオレを急かしはじめる。

「オススメどれ?」
「このワッフルのセット」
マナがメニューを指差す。
「じゃ、それ」
「はあい」

言うが早いか、マナはカウンターの奥へしゅっと消えた。

ここで毎日4時間、小宮山はマナとハルキと一緒にすごす。オレの目も手も届かない場所で。諦める兆しなんかいっこもなさそうなハルキと、絶対にオレの味方なんかしないマナと、3人で。
それからしばらく、頬杖ついてボーッと店内を眺めてたら小宮山がワッフルののっかったトレーを持ってやってきた。

「加瀬くん、いらっしゃい」
って、トレーにのっけてるモノをオレの前に次々と並べはじめる。
「オマエ、どこにいたの?」
「奥でお皿洗ってた」

小宮山は無地の白いTシャツにパンツ、スタッフおそろいのエプロンとキャップ、って格好だった。いつもはおろしてる髪が後ろでひとつにまとめられてて、それがキャップの後ろからぴょんと飛び出してる。
「カワイイね、ソレ」
いつもと感じの違う小宮山についデレデレしちゃう。

んだけど、そーじゃない。
今はこんな話してる場合じゃないのだ。