私がそう言うのを、春樹くんは曖昧に頷きながら聞いていた。なんとなく、ここじゃないどこかをみつめながら。

そして突然。

ぎゅうっと目を閉じて、悔しそうに顔を歪めた春樹くんが、テーブルにガンって両肘をついて頭を抱え込んだのだ。
んで、ホントにホントに悔しそうに「くっそおお。いいなあ、加瀬くんは・・」っておなかの底から声を絞り出す。

「オレも加瀬くんと同じトコに立ちたい。アイツと対等に肩並べたい・・!!」
ぎりぎりと悔しさを滲ませる春樹くん。
「んでオレも・・加瀬くんやすみれちゃんみたいにシアワセそうに笑いたい・・」

春樹くんが続ける。

「オレ、大好きな子がいんの。すっげえ好きな子」
チラ、って視線をよこしてくる春樹くんになんとなく背筋がのびた。
「もし、いつかさ? オレがちゃーんと立ち直れたら、その時はオレ、その子に胸張って『好き』って言いたい。フラれてもいいから」
「ふ、ふうん・・」
「このハナシ、覚えといて。すみれちゃん」

春樹くんの匂わせる『好きな子』の話はさておき。
決意に満ちた表情を見せる春樹くんに私は密かに胸を震わせていた。

きっと今が春樹くんの分岐点だ。
間違いない。

胸がぎゅううっと苦しくなって、自分のことみたいにドキドキしてくる。
だって今でもハッキリ覚えてる。
遠い景色に憧れて、そこに辿り着きたいって切望してた頃のこと。
すんごいビビりながら最初の一歩を踏み出した日のことを。

「私も知ってるよ、その気持ち・・」
思わずぽろりとひとつぶ、涙がこぼれた。
「ありがと、すみれちゃん。ねえ、オレさ・・」
って春樹くんがテーブルの向こう側から身を乗り出して、私の頬に手を伸ばしたその時だった。
突然、部室のドアががらりと開いたのだ。
ひょっこりと現れた加瀬くんが「小宮山あ・・」って何か言いかけてギョッとして口をつぐむ。私も春樹くんも石みたいにカチコチに固まった。

しーんと静まり返る部室に、気まずい緊張がビシバシと走った。

***