ウンて言って、小宮山

腕の中で気持ちよさそうにしてる小宮山の様子に、オレは一応、胸をなでおろした。
だけど結局オレはハルキのことを小宮山に聞くことができなくてーーー

何でもかんでもすぐに口に出しちゃうオレが、一言もそれに触れられないまま悶々と週末をやり過ごし、寝不足とストレスにまみれながら迎えた月曜の朝。オレは冨永から、またまた頭が痛くなるような話を聞いてしまう。

最近、登下校中に小宮山とハルキがよく一緒にいるって。

「登下校中!? って小宮山はオレと一緒に帰ってんのに、なんで!?」
「オマエがいねー時だろ。オレが見るのは朝だけど。ハルキが目立つから結構噂になってんぞ」

理科室だけじゃねえのかーーー

オレの知らないところで、ハルキが勝手に小宮山を侵食してく。

「アイツ、小宮山のこと好きだぞ、絶対。オマエ、取られちゃうんじゃねえ?」
心の準備だけはしとけ、とか言って無遠慮にオレの顔をジロジロと眺める冨永。
「やっぱ負けてる。顔が」
「顔は関係ねーだろ!?」
「あんじゃねえの? オレが女子ならイケメンがいいもんね」
「くっそう。悪かったな、イケメンじゃなくて!!」
冨永は、マナが惚れてる男『コウくん』ことコウキを知っていた。
ハルキは毎朝、コウキら男数人とつるんで電車に乗るのが通常。
なのにここ最近、そっちを抜けて小宮山の周りをウロチョロしてるんだって冨永が言う。

「ハルキってさ、愛想がいいようで悪いじゃん。このイミわかる?」
「わかんねえ。オレ、アイツよく知らねえもん」

ハルキのやんわりとした笑顔と優しい人当たりは、一見愛想がいい。
だけど、無難な言動に終始し、のらりくらりと本音が見えづらく、しかも『他人とは距離を保っときてえ』っていうホントの本音が透けて見えちゃってるハルキは、トータルすると愛想なんか全然よくないんだって冨永は言う。

「オレ、何回かアイツと話したことあるけど、ちょっとやそっとで心開いたりするようなヤツじゃねーの。ガードが固すぎて」
「あーそれはわかる。なんとなく」
「なのにアイツ、小宮山には別人。普段死んでる目が小宮山かまう時だけ生き返ってる!」

ーーーそれも知ってる。
小宮山をみつめるハルキの溶けそうな顔が目に浮かんだ。

教室の隅っこでコソコソ話してたオレら。
くるりと背を向けて小宮山の元へ向かおうとするオレを冨永が慌ててひきとめる。

「まてまてまて、先に頭冷やせ! 今すぐはやめろ!」
「大丈夫。昼メシ誘うだけ」
「そ、そう? 冷静に話し合えよ?」
「わかってる」



そして昼休み。
「んじゃ食べよっか」
って弁当の包みを解こうとする小宮山の手を引いてオレは席を立った。
「ここじゃなくて、どっか2人になれるとこ、いこ」
「?? ウン。わかった」

部室棟のほうまで歩いてって、やっとみつけたのは廃部になって使われなくなってたホコリっぽい空き部室。
壁際に置かれたベンチに座って、オレらは目の前のボロい会議用テーブルに弁当を並べた。
珍しそうに部屋の中を眺めたりテーブルの上のゴミを指で弾いたりしてる小宮山の隣で、オレは彼女にバレないようにこっそりと深呼吸を繰り返した。

「聞きたいことが、あんだけど」

小宮山の様子をじーっと観察しながら、ちょっとだけ意味ありげな空気を漂わせてみると、オレの異変を察知した小宮山の背筋がギクリとこわばった。

「・・なに?」
「オマエ最近、ハルキと仲いいの?」
「ーーーーえ!!」

小宮山がわかりやすく青ざめる。

「なんで春樹くんのこと知ってんの!?」
「タレコミがあったんだよ! まさかオマエ・・浮気!?」
「ちっ・・ちちち、違う!!」
血の気を失った小宮山が首をブンブン横にふる。
「たしかに最近よく話しかけられるけど、絶っっ対に浮気じゃない!」
「じゃあ、なんなの」
「そっ、それはその・・なんていうかチョット・・・・」

歯切れの悪い小宮山がグズグズと言いにくそうに口をつぐむ。

「ええっと・・」
「ええっと!?」

「ーーー春樹くんが離れてくれなくなっちゃって・・」
ってため息をつく小宮山にオレは眉を吊り上げた。
「ハア!? それどーゆうこと?? オマエら、なんでそんなことになっちゃってんだよ!」
「ええーっと・・」
それは小宮山が尚と一緒に日直した日のこと。
オレが帰った後、いつもと様子の違うハルキが珍しく本音で話しかけてきたのだという。
「でさ、ついつい私も本音が漏れちゃって」
「本音って何だよ」
「あーえっと・・うまく言えないけど色々・・」
ハルキには漏らしたという本音を、オレには説明できない小宮山。

「でさ。お互いの家のコト話したりしてるうちになんか・・妙に打ち解けちゃったってゆーか」
「家のこと!? ってまさか、小宮山んちの事情アイツに話しちゃった!?」
目を剝くオレに、小宮山がへへへって笑いながら頷くのだ。
「ウン。まあ、流れで」とか言って。

くっそう、阿保め。笑い事じゃない。
そんなコアな共通点が明らかになったりしたら、親近感抱かれるに決まってるじゃねーか。

他人に心を見せるのが嫌いなハルキにとって、たぶん小宮山は安心して何でも話せる理解者で同志だ。
坂川で小宮山がハルキにしてやったことを思い返してみる。
ヘタレてたアイツの背中優しくさすってやって、万引きしようとしてたことを軽蔑するどころか胸痛めて共感してやって。

そんなの、ホレちゃう。
好きになんだろ、仕方ない。

間違いなく、ハルキにとって小宮山は特別だ。
「んでも、尚と日直したのって結構前じゃん。オマエらオレに隠れてずーっとそういう関係続けてたわけ?」
「い、言い方ヒドっ・・あ、あのねーーー!?」

不信感丸出しのオレにショックを受けつつも、小宮山が必死で弁解をはじめた。
最初から最後まで、なにもかも。オレの聞きたかったことを丸ごと全部、隠さずに話してくれたと思う。
おかげであらかたの事情も、小宮山がオレを裏切ってたわけじゃないってこともわかったんだけど、話を聞いたら聞いたでオレはモーレツに腹が立った。

「アイツ、絶っっ対に許さねえ!!」

ぎりぎりと眉を吊り上げるオレを小宮山が不安げにみつめる。

「あ、あのね? こっ、こんなことを私が言うのもナンなんだけどーーー春樹くんてさ、今すっごく辛い時期なんだよ。本当に」
「はあ??」
「・・だからあんま怒んないであげてほしい・・なるべく穏便にすませよう?」
小宮山の口からオレには到底受け入れられないような言葉がこぼれる。
「穏便って何!? オマエ、どっちの彼女なんだよ!!」
「加瀬くんの彼女だよ、もちろん!」

頭にガンガン血の上ってるオレ。
ヤキモチ焼いて、ついつい彼女に食ってかかっちゃう。

「だいたいなんでこんな大事なことオレに秘密にしてたんだよ。オレは言ってほしかった!!」
そしたらスゲー困った顔した小宮山が下を向いて口をとがらせるのだ。
「だって加瀬くん案外血の気が多いんだもん。こんなこと言ったら面倒なことになんじゃん、絶対・・」
「面倒おおお!?? オレが!?」
「い、いやいやいや・・加瀬くんの起こす摩擦が、ってイミ!」
「一緒だわ!!」

シマッタって顔して、ちらちらと上目にオレの様子を窺う小宮山。
普段可愛くてたまんないだけに余計に小憎たらしい。

「今のこの状況のほーがよっぽど面倒だろが!! 摩擦生んでんのはオレじゃなくてオマエだからな!!」
「わわわ、ゴメン・・!」

そう。これは彼女の長所でもあり、短所でもある事なかれ平和主義である。
今回はコレが思いっきり裏目に出た。
穏便にすませようとモタモタしてるうちに、距離つめられて身動きが取れなくなったに違いない。

「っとにバカ!!」

悪態つきつつ彼女に手を伸ばせば、相変わらずやーらかいほっぺにふにゅって指が埋まる。
「いひゃひゃ・・ひっぱらにゃいで!!」
「くっそう。やっぱ可愛いな!」
スゲー腹が立ってるハズなのに、彼女に手を伸ばすのをどーしてもやめられない。
そんなことしてるうちにしゅるしゅるとクールダウンして、オレはいくぶんか冷静さを取り戻した。

「自力じゃどーにもできねえって悟った時点でオレに言ってよ」
「うん。ゴメン・・」
危なっかしい小宮山にホウレンソウの重要性をこんこんと説きつつ、オレの意識はすでに今後の対応のほうへと向き始めていた。

ハルキには後でガツンと文句言ってやるとして。なによりもまず、コイツをなんとかしなければ・・ってオレは小宮山の顔をマジマジとみつめた。
ハルキに同情的で、状況をわきまえず優しくしちゃう。
小宮山本人をどーにかしねえと、どんだけハルキに文句言っても意味がない。

んで、オレは思ったのだ。
小宮山をチョットだけオレに縛れないだろうか、って。

さっそく小宮山抱き寄せてお願いしてみる。
「オレ不安でたまんないから、小宮山のこと束縛させて? イッパイじゃなくていい、ほんのチョットだけでいいから!」
「束縛って何するの??」
「アイツと極力しゃべんないで。ダメ?」

これはオレの我儘だ。いくら彼氏だからって、こういうのがどこまで許されるのかはオレにもよくわからない。
だけどハルキだけは、どうしても、なにがあっても、絶対に、絶っっ対にイヤなのだ。
小宮山のほっぺに鼻のアタマ滑らせて必死で甘える。

「なあ、オネガイ!」

独占欲でイッパイのこんな提案を、果たして彼女は受け入れてくれるだろうかーーー
オレは内心不安で仕方なかった。
んだけど小宮山は。
「じゃあ、そうする」って、ビックリするほど簡単に首を縦にふったのだ。

「ウソだろ、いーの!?」
「うん」

嬉しくてドキドキと胸が鳴る。
オレは夢中で彼女を抱きしめて、もうひとつ重要な約束事を取り付けた。

「あとさ、これからは何かあったら絶っっ対オレに言って」
「うん」
「絶対だぞ? 約束な?」
「うん。わかった」

彼女の承諾をキッチリと確認してから、オレは静かに頷いた。
これでよし。
小宮山をオレに縛った。
次からは隠し事しねえって言質もとった。
ハルキはこの後、絶対にオレが追い払う。
もう、大丈夫。

オレはだらしなくユルんでた表情を引き締め直し、小宮山の肩に手をかけた。
んで、彼女の身体をオレからベリッてひっぺがす。

「よし。じゃあ次!」
「次??」
「そう。次のほうが大事」

ポカーンてする小宮山を、オレは眉間にシワよせて思いっきり睨みつけた。
「オレ、今すんげえ気分が悪い」
「!!!」
「言っとくけど、結構妬いてるからな! ショックだし、悲しいし、不安になるし、オレぐちゃぐちゃ」

いきなりのオレの豹変に、顔色を失って固まる小宮山。
怖がられてるかもしれないけど、優しくしようなんて気分じゃなかった。
だって可哀想なのは、どー考えたってオレだから。オレのほうが優しくされて然るべき。
と、オレは思った。

「なんとかしてよ」
小宮山を睨みつけて凄むオレに彼女が青ざめる。
「ど、どうすればいいの?」
「機嫌とってよ。なんでもいいからオレの気分よくして」
「気分を、よくする・・??」
オウム返しにオレの言葉をつぶやく小宮山にオレは恥ずかしげもなく甘えた。

「オレにヤサシクして!!」
「わ、わかった。んでもチョットまって。どどど、どーしよ・・私どーしたら・・!?」
必死でアレコレ考えた挙句、小宮山が教えてくれって言ってきたのは、オレが坂川で言ってた『不安がなくなる方法』だった。
それが何なのか、たぶん小宮山はもうウッスラわかってる。
オレの言う不安がなくなる方法、それは・・

「スキンシップ」

小宮山が真面目な顔してオレに許可を取る。
「してもいい? スキンシップ」
「いーよ」
オレが頷くと、小宮山はオレの首に恐る恐る腕を巻きつけて、ふにゅって抱きついた。

「うっわあ・・オマエ、やーらか・・気持ちイイ・・」

小宮山に抱きつかれたことがないワケじゃない。だけどこんなふうに全開なかんじで抱きつかれたのは初めて。
ビビって縮こまる小宮山をオレが好き勝手に抱きしめるのが常だったから。

ああくそ、胸、当たってる・・!
やーらかすぎて、頭クラクラする・・!

「はあ、やべ・・理性吹き飛びそう・・」
「え、リセイ・・? ねえ、ココロのほうは? ご機嫌直ったりはーー」
「してねえ! んな簡単に直るかよ」
「・・だよね。ヤッパリね」