「ゴチソウサマ」

全部食べ終わると加瀬くんは堂々と空のタッパーを返してきた。
そしてなぜか、ナイショ話でもするみたいにこっそり小さく手招きをしてくる。

素直に頭をよせた私をつかまえて、加瀬くんが耳元でヒソヒソと囁いた。
「ゴメン、小宮山。やっぱ無理」
「無理?? 何が?」
「アレ、忘れるの」
「ーーーーーーエ!?」
なんと加瀬くんは例の取り引きを反故にした。
約束を破ったのだ。それはもう、びっくりするくらいアッサリと。

「どどど、どーゆうこと・・?? 言ってるイミがよくわかんないんだけど・・!?」
「忘れる努力はしたんだぜ? んでも、どーしてもダメだったんだわ」

悪びれるどころか、ヤラシイ顔して私の目をのぞきこんでくる彼は、今日に限ってなんだかものすごーく意地悪だった。

「だーって忘れようと思っても、ココ座ってたらイヤでも思い出しちゃうんだよね。小宮山のあのーーーとんでもなくエロヤラシイ喘ぎ声!!」
「ち、違う、そんなんじゃない!!」
「違わねーよ。アレはまんまそーゆう声だった!」
青ざめる私の耳元に加瀬くんが唇をよせた。んで、つぶやくのだ。小学生のようなテンションで。

「小宮山のえっち」

イヒヒって笑う加瀬くんのフザけた態度に、羞恥と怒りでぶるぶると震えが走る。
純粋な乙女心を踏みにじられたかのような、この不愉快。

ついさっきまでこのひとにドキドキと胸をときめかせていたハズなのに、なぜこうなった!?

基本、事なかれ主義の私は学校でケンカなんて絶対にしない。
人前で怒ったりすることだって滅多にないのに、今回ばかりはさすがに頭にきた。
素直に怒りに身を任せた私はタッパーを机の上にバン!って置いてから、すうううっと息を吸い込んだ。で、声をはる。

「こんなの詐欺じゃん! 私の弱みにつけこんでカツアゲしたのと同じじゃん!」
「エ!??」