私は誰にもこんな話をしたことがない。
けして気持ちのいい話じゃないからだ。

加瀬くんにしたって、きっとこんなことを言い出されるなんて夢にも思わなかったはず。
鳩が豆鉄砲くらったような・・って。まさにそんな顔して加瀬くんがポカーンと私をみつめる。

「小宮山んちの家族に問題があるってどういうこと?? オマエんちもオヤジがアル中なの?」

たぶん加瀬くんにはわからない。
どんなふうに説明したらいいんだろうって少し考えてから、イメージだけを簡単に伝えてみることにした。

少し前のハナシになるが。
坂川の教育委員会の職員さんが、暴言を録音、暴露されて大騒動になるっていう事件があった。日常的な言葉の暴力、パワハラを関係者に訴えられたのだ。
このニュースはまだ、坂川周辺の街に暮らす私たちの記憶に新しい。

「あれ覚えてる? うちはね、父親があんななの」
「え・・」
「怒鳴り散らしてないとメンタル保てないってゆーかさ。お酒は飲まないけど」

加瀬くんが黙る。
見るからに健やかに育ってる加瀬くんには、きっと無縁の話だろう。仕方ない。
私が少し言葉を切ったせいで、ふたりの間に沈黙が流れた。
加瀬くんが今何を考えているか、私にはわからない。
いきなりこんなことを言い出した私に引いてるかも。だけど、それでもーーー

「ーーーあのね・・」

彼に話してみようと思った。
何も話さないのは不誠実だと思ったから。

「私、中学の頃、メンタルやられちゃってた時期があってさ。ひきこもり寸前くらいまで」
「小宮山、不登校だったの?」
「んーん。問題おこすと余計に怒鳴られるから表面上は普通にしてたんだけど」
「あーハイハイ、なるほどね。それでオマエ、顔に出さねえようにすんのが得意なわけね?」
って加瀬くんがヘンなところをつまんで納得しはじめる。

「え、ええっとお・・・」

もっと困った顔されるかと思っていたが、意外に反応は重くなかった。
やっぱ加瀬くんは加瀬くんだ。私とは全然違う彼の切り口に目がテンになる。