「おきろよ、小宮山。帰ろうぜ」
って加瀬くんに声をかけられて目を覚ました私は、カッと目を見開いたままその場にビシリと固まった。

しまった、寝てた!
うっかりあのまま寝ちゃってた!!

背筋にイヤな汗が滲み、眠気なんか一瞬で吹き飛んでゆく。
加瀬くんのそばをちょっとだけ堪能したら、バレないうちにちゃーんと距離を取り直すつもりだったのに。
私としたことが、睡魔に負けて寝落ちしてしまうとは。
全くもって一生の不覚である。

バカ! アホ! と、自分を罵りながらコッソリと加瀬くんの様子を窺う。
不審に思われたりしていないだろうかーーー
ドコドコと嫌な音をたてる胸を庇いつつ、極力彼にフツーの顔を向ける。

「ゴメンね。日誌は?」
「適当に書いといた」
「そっかあ。アリガト・・」

じいっと顔をみつめてみても、特にこれといって変わった様子はない。
大丈夫大丈夫。たぶんいつも通りだ。バレてない。
ホッと胸をなでおろしながら乱れた髪を手櫛でちゃっちゃと整えていた時だった。
頰杖ついてボーッとしていた加瀬くんが、私の顔に張りついてた髪を一筋、指ですくってスルリと耳にかけたのだ。

「!!!」

彼の指が耳のふちをなぞるように滑っていったその瞬間、ぞぞぞと耳に痺れが走ってポロリと何かがこぼれおちた。

喉の奥から漏れ出たそれは、ため息のような吐息のような。
どことなく苦し気な響きを纏った、小さな甘い声だった。