うちの学校は全員部活に入る義務があり、入部届けとそれぞれの部が使っている教室一覧を配られる。そこからどの部があるのかを見学に行き、気に入った部に入部届けを出す仕組みになっている。
最低でも五月までにはどの部活に入ったのかを担任にまで言わないといけないため、皆真剣だ。
運動部の子たちは割と最初からやりたいことや入りたい部が決まっていたから、さっさと入部届けを出していたけれど、文化部……特に幽霊部員希望な子や、私たちみたいにあまり部活だけにかまけていられない人間は必死に、どこの部がいいかを探さないといけない。
「うーん、先輩からの話だと、天文部がいいらしいんだよね。人数がそこそこいて、幽霊部員でも大丈夫ってところは」
放課後、掃除の終わった教室で、私と恵美ちゃんはもらったばかりの入部届けにどこの部を書くかで悩んでいた。
そう話をする恵美ちゃんに、私はビクッと肩を跳ねさせると、恵美ちゃんはきょとんとしたまま私の顔を覗き込んできた。
「なに? あんた天文部は嫌なの?」
「う、うーん、私も、恵美ちゃんにずっと頼りっきりじゃ駄目だから、今回は部活を別れようかなと、思いまして……」
「あら。向上心が芽生えましたか。でも幽霊部員でも問題ない部って他にどこの部があったっけ」
恵美ちゃんにからかわれつつ、私は首を縦に振った。
……まさか言える訳がない。そこで失恋した挙げ句に事故で死ぬなんてこと、言っても頭大丈夫かと思われるだけだ。それに、私は繰り返し思い出すキスシーンでノイローゼみたいになってしまっている。とてもじゃないけれど、篠山くんと瀬利先輩と会って、まともにしゃべれるとは思えなかった。
私の内心はともかく、恵美ちゃんは「でもさあ……」と言いながら伸びをする。
「他に幽霊部員歓迎って部があるのかな? 正直、天文部が一番楽そうなんだよね。文化祭以外はめぼしい活動をしてないらしいし。あたしも彼氏に会いに行きたいから、吹奏楽部や合唱部は最初からパスだし」
「まあ。私もだけど」
どちらもどうして文化部なんてカテゴライズなんだと思わんばかりの、体育会系なノリの部だ。大会にだってバンバン出るし、縦社会だし、練習しない人間には人権がない。……理由があるからといって、部活を休むっていうのは言い訳にならないと思うから、最初からなしだと入部する部活から除外していた。
でも他の部もなかなかピンと来ないから困っている。
文芸部……課題の本を読んで感想を言い合う部とあるけれど、私はあんまり本を読まないからパス。生物部は動物の世話をする部らしいけど、学校見学したときに生物室に大量に並んでいるホルマリン漬けのを見た時点でもう駄目だった。生物の授業のときだったらまだ我慢できるかもしれないけど、部活でまであのホルマリン漬けと一緒になんて耐えられる自信がない。
他の部も、しがらみとか大会とか趣味が合わないとかで、なかなかめぼしい条件の部がなかったんだけれど……ひとつだけこれだと訴えるものがあった。
園芸部に目が留まったのだ。
部員の数もそこそこいるみたいだし、園芸部だったらそこまで部で集まってなにかをすることもないだろう。幽霊部員希望な私でも、大丈夫かもしれない。
「私……園芸部に入ろうかな?」
「園芸部ー? あんたって花に興味なんてあったっけ?」
「そりゃ花は好きだよ。観察日記とか好きだったし」
「ふーん。でもうちの学校の園芸部ってどんなんだろう?」
「見学してから考えるよ」
私の突然の園芸部入部宣言に、当然ながら恵美ちゃんが首を捻ってしまった。……私だって突飛だってことはわかっているんだよ。
でも。まずは部活を変えてみないことには、未来なんて変えられないと思うから。もうあんな、悲しい思いはしたくないもの。
好きな人に告白して、その日のうちに好きな人が私じゃない人とキスをしている現場に遭遇するなんてこと、何度も耐えられる自信はないよ。
結局は天文部の幽霊部員的な魅力に抗えなかった恵美ちゃんは「もし無理そうだったらちゃんと退部届けを出すんだよ」という応援と共に、園芸部の部室を探しに行くことになった。
****
恵美ちゃんと別れて入部届けを出しに出かけたら、もう吹奏楽部の練習が聞こえてくるし、合唱部の発声練習がそこかしこから耳に飛び込んでくる。
私は部活紹介の紙を何度も見ながら、どうにか辿り着いた旧校舎。どうも部室や移動教室の類は全部旧校舎のほうでやっているらしい。私たちが普段教室として使っているのは新校舎のほうだ。
紙と表札を見ながらどうにか辿り着いたのは、科学室。
園芸部の部室に使っているのは、何故か科学室だった。あちこちに科学の授業で教科書に書いてた薬品が並んでいるのをぼんやりと眺めていたら、顧問の先生がのったりと現れた。化学教師らしい先生は、白衣を着ていて髪も白髪混じりの、わかりやすい科学の先生だった。
「はあ……うちの部に入部希望ねえ……」
「はい、お願いします!」
私が頭を下げると、先生はなんとも言えない顔でこちらを見下ろしてきた。この先生はやる気があるのかないのかわからないなと、失礼なことを思う。
「そりゃ構いませんけど、うちの部ほとんど部員が来ないんですよねえ」
「はあ……」
「あんまり部員来ないと鬼瓦先生怒るんですけど」
「んんんん……?」
おにがわら先生って誰だろう。私は先生がぶつくさ言うのに、しきりに首を傾げていたら、ようやく落ちくぼんだ目をこちらに向けてくれた。
「まあ、入部届けはもう書けているんですよね? ならそれはいただきます。うちはここを拠点とするよりも、裏にある園芸場がメインですから、部活動の日は園芸場のほうに顔を出してくださいね。あ、結構汚れますんで、ジャージで来ることをお勧めします」
なんでジャージなんだろうと思ったけれど、園芸場に行くんだったら土仕事するんだから汚れてもいい格好のほうがいいのかと思い至った。
本当だったらあんまり汚れたくはないんだけれど、園芸部なんだから、仕方ない仕方ない。私はできる限り真面目そうな声色をつくって返事をした。
「あ、はい。わかりました。あの、よろしくお願いします。あ……先生」
「なんですか?」
私は窓のほうを見た。先生が言っていた園芸場には、たしかに畑があって、意外と野菜らしきものや果物らしきもの、花まで植わっているみたいだったけれど。
誰もいないように見える。園芸部員もいないみたいだし、誰が世話してるんだろう。
「うちの部長って、いるんですか?」
「んー……今誰でしたっけねえ……うち、文化祭以外は本当に活動してませんので」
なんだそりゃ。天文部も本当にやる気のない部だったけれど、まさか顧問がここまで園芸部がやる気のない部とは思わなかった。
でも、一応は先生にも入部届けを渡せたことだし、入部完了だよね。その日は私は先生に頭を下げて帰ることにした。
途中、科学室の隣の天文室を通り過ぎるときは、どうしても足早になったけれど。途中で入部届けを出しに来たらしい女の子たちがしゃべっているのが耳に入った。
「男子も天文部に入るんだねえ」
「あの美人部長に絡まれてた人? そりゃ幽霊部員になるんだったら、ここが一番楽なんじゃないの?」
「うん、そうかもしれないけどさ。ただちょっと格好よくなかった? ほら、ものすっごくスマートに荷物を持ってくれるところとかさあ」
「そーう? 単に気がいいんだと思ったけど」
その言葉に、ズキンと胸が痛むのを感じたけれど、 誰のことかすぐにわかったけれど、全部なかったことにして、私は足早にその場を後にした。
。
篠山くんは、顔がいい訳ではないんだ。ただ、本当に優しいんだ。だから優しくされた女子は皆好きになってしまうし、自惚れてしまう。それが、身を滅ぼす。だって、彼が優しいのは女子に対してだから。そこに好き嫌いの区別なんてない。
……そこまで考えて、私はぶんぶんと頭の邪念を吹き飛ばすように首を振った。
二周目のふたりは、私のことを知らないし、前の周で私となにがあったのかも知らないんだから、見て見ぬふりをしないと。
ここから先は、私の記憶にはない世界だ。そこにいくんだから、全部なかったことにしないと。
せっかく神様がくれたやり直すチャンスなんだ。もう傷付かないように、生きていたいから。
最低でも五月までにはどの部活に入ったのかを担任にまで言わないといけないため、皆真剣だ。
運動部の子たちは割と最初からやりたいことや入りたい部が決まっていたから、さっさと入部届けを出していたけれど、文化部……特に幽霊部員希望な子や、私たちみたいにあまり部活だけにかまけていられない人間は必死に、どこの部がいいかを探さないといけない。
「うーん、先輩からの話だと、天文部がいいらしいんだよね。人数がそこそこいて、幽霊部員でも大丈夫ってところは」
放課後、掃除の終わった教室で、私と恵美ちゃんはもらったばかりの入部届けにどこの部を書くかで悩んでいた。
そう話をする恵美ちゃんに、私はビクッと肩を跳ねさせると、恵美ちゃんはきょとんとしたまま私の顔を覗き込んできた。
「なに? あんた天文部は嫌なの?」
「う、うーん、私も、恵美ちゃんにずっと頼りっきりじゃ駄目だから、今回は部活を別れようかなと、思いまして……」
「あら。向上心が芽生えましたか。でも幽霊部員でも問題ない部って他にどこの部があったっけ」
恵美ちゃんにからかわれつつ、私は首を縦に振った。
……まさか言える訳がない。そこで失恋した挙げ句に事故で死ぬなんてこと、言っても頭大丈夫かと思われるだけだ。それに、私は繰り返し思い出すキスシーンでノイローゼみたいになってしまっている。とてもじゃないけれど、篠山くんと瀬利先輩と会って、まともにしゃべれるとは思えなかった。
私の内心はともかく、恵美ちゃんは「でもさあ……」と言いながら伸びをする。
「他に幽霊部員歓迎って部があるのかな? 正直、天文部が一番楽そうなんだよね。文化祭以外はめぼしい活動をしてないらしいし。あたしも彼氏に会いに行きたいから、吹奏楽部や合唱部は最初からパスだし」
「まあ。私もだけど」
どちらもどうして文化部なんてカテゴライズなんだと思わんばかりの、体育会系なノリの部だ。大会にだってバンバン出るし、縦社会だし、練習しない人間には人権がない。……理由があるからといって、部活を休むっていうのは言い訳にならないと思うから、最初からなしだと入部する部活から除外していた。
でも他の部もなかなかピンと来ないから困っている。
文芸部……課題の本を読んで感想を言い合う部とあるけれど、私はあんまり本を読まないからパス。生物部は動物の世話をする部らしいけど、学校見学したときに生物室に大量に並んでいるホルマリン漬けのを見た時点でもう駄目だった。生物の授業のときだったらまだ我慢できるかもしれないけど、部活でまであのホルマリン漬けと一緒になんて耐えられる自信がない。
他の部も、しがらみとか大会とか趣味が合わないとかで、なかなかめぼしい条件の部がなかったんだけれど……ひとつだけこれだと訴えるものがあった。
園芸部に目が留まったのだ。
部員の数もそこそこいるみたいだし、園芸部だったらそこまで部で集まってなにかをすることもないだろう。幽霊部員希望な私でも、大丈夫かもしれない。
「私……園芸部に入ろうかな?」
「園芸部ー? あんたって花に興味なんてあったっけ?」
「そりゃ花は好きだよ。観察日記とか好きだったし」
「ふーん。でもうちの学校の園芸部ってどんなんだろう?」
「見学してから考えるよ」
私の突然の園芸部入部宣言に、当然ながら恵美ちゃんが首を捻ってしまった。……私だって突飛だってことはわかっているんだよ。
でも。まずは部活を変えてみないことには、未来なんて変えられないと思うから。もうあんな、悲しい思いはしたくないもの。
好きな人に告白して、その日のうちに好きな人が私じゃない人とキスをしている現場に遭遇するなんてこと、何度も耐えられる自信はないよ。
結局は天文部の幽霊部員的な魅力に抗えなかった恵美ちゃんは「もし無理そうだったらちゃんと退部届けを出すんだよ」という応援と共に、園芸部の部室を探しに行くことになった。
****
恵美ちゃんと別れて入部届けを出しに出かけたら、もう吹奏楽部の練習が聞こえてくるし、合唱部の発声練習がそこかしこから耳に飛び込んでくる。
私は部活紹介の紙を何度も見ながら、どうにか辿り着いた旧校舎。どうも部室や移動教室の類は全部旧校舎のほうでやっているらしい。私たちが普段教室として使っているのは新校舎のほうだ。
紙と表札を見ながらどうにか辿り着いたのは、科学室。
園芸部の部室に使っているのは、何故か科学室だった。あちこちに科学の授業で教科書に書いてた薬品が並んでいるのをぼんやりと眺めていたら、顧問の先生がのったりと現れた。化学教師らしい先生は、白衣を着ていて髪も白髪混じりの、わかりやすい科学の先生だった。
「はあ……うちの部に入部希望ねえ……」
「はい、お願いします!」
私が頭を下げると、先生はなんとも言えない顔でこちらを見下ろしてきた。この先生はやる気があるのかないのかわからないなと、失礼なことを思う。
「そりゃ構いませんけど、うちの部ほとんど部員が来ないんですよねえ」
「はあ……」
「あんまり部員来ないと鬼瓦先生怒るんですけど」
「んんんん……?」
おにがわら先生って誰だろう。私は先生がぶつくさ言うのに、しきりに首を傾げていたら、ようやく落ちくぼんだ目をこちらに向けてくれた。
「まあ、入部届けはもう書けているんですよね? ならそれはいただきます。うちはここを拠点とするよりも、裏にある園芸場がメインですから、部活動の日は園芸場のほうに顔を出してくださいね。あ、結構汚れますんで、ジャージで来ることをお勧めします」
なんでジャージなんだろうと思ったけれど、園芸場に行くんだったら土仕事するんだから汚れてもいい格好のほうがいいのかと思い至った。
本当だったらあんまり汚れたくはないんだけれど、園芸部なんだから、仕方ない仕方ない。私はできる限り真面目そうな声色をつくって返事をした。
「あ、はい。わかりました。あの、よろしくお願いします。あ……先生」
「なんですか?」
私は窓のほうを見た。先生が言っていた園芸場には、たしかに畑があって、意外と野菜らしきものや果物らしきもの、花まで植わっているみたいだったけれど。
誰もいないように見える。園芸部員もいないみたいだし、誰が世話してるんだろう。
「うちの部長って、いるんですか?」
「んー……今誰でしたっけねえ……うち、文化祭以外は本当に活動してませんので」
なんだそりゃ。天文部も本当にやる気のない部だったけれど、まさか顧問がここまで園芸部がやる気のない部とは思わなかった。
でも、一応は先生にも入部届けを渡せたことだし、入部完了だよね。その日は私は先生に頭を下げて帰ることにした。
途中、科学室の隣の天文室を通り過ぎるときは、どうしても足早になったけれど。途中で入部届けを出しに来たらしい女の子たちがしゃべっているのが耳に入った。
「男子も天文部に入るんだねえ」
「あの美人部長に絡まれてた人? そりゃ幽霊部員になるんだったら、ここが一番楽なんじゃないの?」
「うん、そうかもしれないけどさ。ただちょっと格好よくなかった? ほら、ものすっごくスマートに荷物を持ってくれるところとかさあ」
「そーう? 単に気がいいんだと思ったけど」
その言葉に、ズキンと胸が痛むのを感じたけれど、 誰のことかすぐにわかったけれど、全部なかったことにして、私は足早にその場を後にした。
。
篠山くんは、顔がいい訳ではないんだ。ただ、本当に優しいんだ。だから優しくされた女子は皆好きになってしまうし、自惚れてしまう。それが、身を滅ぼす。だって、彼が優しいのは女子に対してだから。そこに好き嫌いの区別なんてない。
……そこまで考えて、私はぶんぶんと頭の邪念を吹き飛ばすように首を振った。
二周目のふたりは、私のことを知らないし、前の周で私となにがあったのかも知らないんだから、見て見ぬふりをしないと。
ここから先は、私の記憶にはない世界だ。そこにいくんだから、全部なかったことにしないと。
せっかく神様がくれたやり直すチャンスなんだ。もう傷付かないように、生きていたいから。