目が覚めたら、男の子になってました。
 そんなことある??

「まぁ太陽が西から昇るよりは、あり得ない話でもないかも?」
「シュウさん順応力高すぎません?」
「病気して血液型変わることもあるって聞くくらいですから、この際、X染色体とY染色体が突然変異で入れ替わっても、おかしくないような」
「突如として説得力かもし出してくるのやめて」

 これ病気なの? ホルモンバランスの崩れどころのお話じゃないように思われるよ?
 いくら現実逃避しても、自分の身に起こった事実は揺るぎない。失うと同時に得たモノがあることは、私が一番よくわかっているからだ。

「原因は、わからないんですよね?」
「はい……昨日バイトを終えてからの記憶が、曖昧で……」
「病院、行きますか? 付き添いますよ」
「……ごめんなさい。まだちょっと、気持ちの整理ができてなくて」
「いいんですよ。ももちゃんの気持ちが、大事ですから」
「うぅ……シュウさぁん……!」
 
 だばだばと、感激の洪水が止められない。涙と鼻水で泣き汚い顔をハンカチで拭って、頭をポンポン撫でられる。
 そうだよ、シュウさんは、優しい人なんだよ……終始真顔なだけで。

「そうなると、色々入用ですよね。服とか、僕のお下がりでよければ持ってきますよ。洋服も、ちょっとは持ってるので。まずは気持ちを落ち着けて、どうするかは、それから考えましょっか」
「うっす兄貴……一生ついて行きやす……」

 様子を見に来てくれたのが、シュウさんでよかったと、心の底から思う。
 そうじゃなかったら、今頃心がまっぷたつに折れてるだろうから。

「おいももっ! 無断で学校休みやがって、なにしてんだ!」

 いま最も聞きたくない声が聞こえて、見たくもない顔が突然割って入ってきたのは、ちょうどシュウさんと、玄関先へ出たとき。
 声の主は、まだ糊のきいたブレザーをまとい、一見して優等生な黒髪男子。
 しかしてその実態は、すこぶるお口の悪い幼馴染──

「あ、ユウくん、これにはわけが……」
「──なに言ってるんですか」

 ほぼ無意識だった。言葉を遮られたシュウさんの、呆けたような視線が注がれるのを、1歩踏み出した背中に感じる。

「もも? そんな人、ここにはいません」
「……なんだと?」

 私を映した瞳が、すっと細まる。目の前にいるのが、見ず知らずの男だと気づいたようだった。
 睨み合う沈黙が痛い。でも不思議と、怖くはなかった。

「ももは、いなくなったんだよ」

 ──とぼけんなよ。

「おまえのせいだ」

 ──今更口出ししてくんじゃねぇよ。

「おまえが、あんなことを言わなければ」

 ──そうすれば、もも()は。

「こんなことには、ならなかった!」

 ──あぁ、もう。

「もうめちゃくちゃだ! おまえのせいで、なにもかも!」

 ──わかってるよ、ほんとは。
 勝手に好かれた気になってた私が、一番悪いんだって。

「二度と顔見せんな、ばかやろ────ッ!!!」

 わかっちゃいるけど、止められなかった。
 渾身の右ストレートを繰り出すなり、きびすを返して爆走する。
 がむしゃらに駆けて、駆けて、駆けて。通学路でもある河川敷にやってくるまで、あっという間だった。
 皮肉なものだ。長い手足も、高い視界も、私がもう私ではないことを、肯定しているようで。
 薄暗い道端にしゃがみ込む私を追いかけてくる人は、いなかった。

「……大丈夫?」

 この人以外は。
 どこか天然なようで、人をよく見てる彼のことだから、粗方の事情は察しがついただろう。

「シュウさん……私もう、女としてやってける自信が、ないです……」

 声が震える。情けなくて、余計泣けてくる。
 こんな泣き言聞かされて、いい気はしないよね。

「きみがどんなでも、ももちゃんは、ももちゃんでしょ」

 だけど……ね。そう言ってもらえたから。転んだままじゃいられないなって、思えたんだよ。

「……決めました、シュウさん」

 ぐし、と目元を擦り、足底に力を込める。

「私はこれから、大うそつきになります」

 見上げた先。橙と紫のグラデーションを背にした彼は、どんな表情をしていたかな。

「僕はいつでも、きみの味方ですからね」