小学生の頃、俺は漢字を読むのが苦手だった。

“太宰治”

その3文字と出会ったのは、図書室の棚。
まだガキなのに大人ぶって、“高学年にオススメ!”というコーナーを見に行った。


ガキだったからか単純にバカだったからか、読み方が分からなかった。最早人の名前だということすら分からなかった。


「だざいおさむって読むんだよ。」


異様に透き通った声に驚いたのを覚えている。

振り向いた先には、俺の初恋の相手。

好きな相手だった。だけど俺は、



その綺麗すぎる声に、恐怖を感じた。

自分でも意味がわからなかった。

でも、なにかが違った。

俺が知っている彼女じゃない。


最低な俺は、そこで初恋を終えた。


今考えてみると、俺が勝手に“彼女”をイメージして作りあげて、勝手に失望しただけなのかもしれない。







彼女が死んだのは、その出来事の2ヶ月後の事。

夏休みが始まる前日だった。

セミが鳴いていた。






それから9年。

俺は彼女の名前も、顔も、その綺麗すぎる声も




全部覚えていない。