秋風がスカートの裾を揺らし、金木犀の香りが鼻腔をくすぐる季節に私、水仙 秋(すいれん あき)廊下を歩いていた。しかし、そんな私の表情は決して穏やかなものではなかった。
それは私が学級委員長という理由だけで、授業で使われた教材を、資料室に運んで欲しいと担当の先生に頼まれたからだった。


「はぁ……」


ため息をこぼしながら、もうすぐそこの資料室に私は足元に落としていた視線をすくい上げると、資料室の隣の家庭室から光が盛れていることに気がついた。

誰かいるのかな?

そんな疑問と好奇心を抱きながら、ドアの隙間から教室の中を覗いた。


「……っ」


思わず持っていた教材を落としてしまいそうになるくらい、私は教室の中にいた人物に動揺してしまったらしい。
いや、動揺した理由はきっと人物だけでなく、脈打つ心臓が早くなったこともあるのだろう。

黒褐色のストレート髪の毛に、伏せられた長い睫毛は目元に影を落とし、紺色のスーツから伸びる色白の角張った右手にはボールペンが握られており、それは何かの紙の上で忙しく動かされていた。
そんな彼に、私の視線は一瞬で奪われてしまい、心臓を握られた感覚になる。心做しか顔が熱く感じてしまう。

私は、彼に気づかれないよう、足音をできるだけ立てないようにしながら隣にある資料室に飛び込んだ。
普段は鼻につく埃っぽい匂いに少し顔を顰めるが、今はそれどころじゃなかった。自分の心臓じゃないのかと思うくらいに、うるさく高鳴っている心臓と、熱が集まった顔を冷ますのに、いっぱいいっぱいだった。
資料室のドアに背を預けながら、しゃがみこむ私は傍から見れば変人だろう。しかし、今だけは許して欲しかった。だって、私の頭から彼の先程の姿が離れないのだから。


「はぁ……」


本日何度目かも分からない、私のため息は静かで少し冷たい資料室に響いて溶けた。