その真実を知ってから、何か特別な事が出来るわけではないけれど、一緒にいられる全ての時間が愛しくなった。
現実に背を向けずに、きちんと向き合えるようになった気もする。彼の気持ちに、きちんと正直に向き合いたくて
「小さい時から好きでした」
私は彼に伝えた。
「僕も」
伝えたけれど、お互いに好きだけど、一緒にいられる時間には期限がある。彼がカラスになれば、きっと仲間の元へ行ってしまう。私から離れてしまうかもしれない。そして、カラスに戻ったら、彼の記憶が消えてしまうかもしれない事も聞いた。
全てがなかった事になってしまうかもしれない。私の事、一緒に過ごしてきた時間。全て……。
権力者の勝手な正義のせいで、男の人が戦いに行かなくてはならない状態になり、離れ離れになってしまう愛し合うふたりの物語の映画を思い出した。ふたりは別れの時、抱き合いながらずっと泣いていた。泣きながら「愛してる」って何回も声が枯れるくらい言い合っていたのを思い出した。
お互い愛し合っているのに、別れないといけないのって、本当に辛い。
一緒に過ごしているうちに離れたくない気持ちが強くなってきた。
時間が止まれば良いのに。
ずっとずっと一緒にいたい。
時間は止まってくれずにどんどん過ぎていった。
「カラスと人間って物の見え方ちがうの?」
「寒さとか感じるの?」
「ねぇ、空を飛ぶのってどんな感じ?」
気がつけば、私は質問ばかりしていた。
私の知らない時の大翔が知りたくて。
「空を飛ぶ。どんな感じだったっけな……。飛んでいる間は羽を休ませることが出来ないから、多分必死だったのかもね。あんまり覚えてないな」
「必死にかぁ。風になれて、気持ちよさそうって私は思ってたな。空を飛べたら、外に出るのが怖くなくなるのかなぁ」
あっという間に雪が解けて、桜の花が開く時期になってしまった。
「私の事、忘れないでね」
「絶対に忘れない。忘れるはずがない」
朝、桜の花が開いた事をお父さんから聞いた。玄関で私達は抱き合った。
「好き」って私が言うと「僕も好き」って、彼が答えてくれた。泣いちゃうから一回だけ言った。
みんなに見られると、別れが惜しくなって桜の花を見られなくなるかもしれないから来ないでねって大翔は言った。
私達は、ここでお別れする事にした。
「じゃあ、さよなら」
大翔は桜の木に向かっていって、私達は彼の背中を見送った。
…………。
ただだまって見送る事は出来なかった。
私は、彼の背中を追いかけた。
大翔はどんどん桜の木に近づいている。
「大翔!」
私は持っている全ての力を振り絞って叫んだ。こんなに叫んだ事は今まで一度もない。
彼は振り向いて立ち止まってくれた。
「来ないでって言ったのに。桜の花見れなくなる!」
「行かないで! 離れ離れにならない方法ないの?」
私はぐちゃぐちゃな顔になりながら言った。
「あるわよ!」
後ろから声が聞こえた。
しばらくたっても大翔と咲良は戻ってこなかった。咲良は落ち込んでいて、大翔はカラスになったんだな。
昼、庭に置いてあるベンチに座っていると、大翔らしきカラスが姿を現した。
「あ、大翔……俺の事覚えてる? 元気? ご飯食べたかい?」
俺は、彼の細かいところまでとても心配だった。
「カァー。カァー」
元気に返事をしてくれたからきっと大丈夫かな。手に持っていたパンを小さくして彼にあげた。
彼はもしゃもしゃ食べている。
「何か困った事あったら、いつでも頼ってくれよ」
俺は時間さえあれば、ずっと彼の近くにいて、何か手助けをしたいと思っていた。今までは罪を償うためにって考えでそうしていたけれど、今は純粋な気持ちで。
「蓮!」
後ろから聞き覚えのある声がした。
「あれ?」
俺は立ち上がって、彼に近づいた。
「今、後ろでずっと見ていたよ。カラスと会話出来るんだね」
「え? どうして、人間なの?」
俺は声が震えた。
そこには桜の花びらを持った咲良と、人間の姿をした大翔が立っていた。
「理由を教えてあげるね」
さっきまで俺の座っていたベンチに座りながら咲良は言った。
「いや、僕が話すよ。人間に変身させてくれた二人組の母親が僕の事心配してくれて、そこにいてね……」
大翔は語り出した。
「あのね、咲良と半分こにしてもらったんだ」
「半分? 何を?」
「生きる時間と、カラスに変身する能力」
「ん?」
「まず、咲良と僕の人間として生きられる時間を足して、半分こにした。そして人間である咲良はカラスにも変身出来るようになり、カラスである僕は人間に変身出来るようになった。だから半分こなの」
「じゃあ、大翔はこれからは人間としてでも生きられて……。咲良は寿命が短くなったってこと? カラスにもなれちゃうの?」
「そう。大翔は人間として生きる時間がゼロって感じだから、私の寿命が半分になった感じかな。私ね、寿命が短くなった事に後悔はしてないの。むしろ、人間の大翔とこれからも一緒にいられるし、外に出られるようになったし……。ずっとね、この広い空を飛んでみたかったから」
「え、じゃあこのカラスは?」
「僕の姉さん!」
カラスはこっちを見ながら、目をキランとさせた。
広い空を飛ぶのか……。
「ずっと羽を動かし続けてこの広い空を飛び続けるのも、疲れてしまいそうだから、きちんと休んでね」
一年前の俺なら、絶対にそんな言葉をふたりにかける事なんて、出来なかったと思う。
変われる可能性はゼロじゃないのか。ふたりに教えて貰った。
「寿命を半分にって事は、大翔と咲良は死ぬ時も同じ時期なのかな」
事故や病気、それとも寿命を全うして……。この世からいなくなる理由は様々だ。本人さえ予想出来ない。そして、その時は、突然訪れる。
「全く同じらしい」
大翔は羽をパタパタさせるみたいに、両手を大きく広げて、上下に揺らしながら言った。
「そう、同じらしいから、どっちかがここの世界に置いてかれて悲しい想いをしたり、置いていく事になってしまうから心配になるとか、そんな気持ちを知らないままでいられるのよ!」
咲良は目を輝かせながら言った。
たしかに、生きられる時間は減るけれども、このふたりにとっては良いのかもしれないな。
「よし、行こっか」
「うん」
ふたりは、旅にいった。
幸せな旅へ。
「ねぇ、ふたりに話を聞いたかい?」
花丸木さんが来て、咲良が座っていたベンチに座った。
「うん。聞いた。なんか幸せそう」
「幸せそうだよね。一緒にこの世から旅立てるなんて、羨ましいな。僕ももしそう出来ていたら……」
彼は桜の木を見つめている。
「僕ね、新しい夢が出来たんだ」
「気になる! 花丸木さんの夢」
「えっ? 気になってくれるの?」
「うん」
「まぁ、話せば夢が近くに来てくれる気がしてるから話すね」
「やった!」
いつから俺はこんな親しげに花丸木さんと話せるようになったんだろう。
「地球以外の星に咲いた花を見に行くの。花ちゃんと一緒に」
桜の枝を挿し木している鉢植えを彼は指さした。
以前俺には一切見せてくれなかった幸せそうな表情をして話してくれている。
「叶うよ、きっと! 花丸木さんって考えている事なんでも実現しそうだもん」
「ありがとう! あとね、蓮」
「何? 改まって」
「実はね……」
花丸木さんは、大翔が世間で行方不明になっていた時も実はカラスとして生きている事を知っていた事、俺の事が憎くて罪の意識を常に忘れさせない為、傍においてわざと毎日大翔の事を語っていた事を教えてくれた。
「でもね、もう憎んではいない。だからこれからは、自由に生きて」
俺を憎んでいたって事は、気づいていた。
「花丸木さん、俺ね……」
今、伝えたい事があった。伝えなきゃと思った。けれど、これを話したら、嫌われる。
「何?」
思わず何でも話したくなるような花笑みで待っている。この笑みをされると、昔、カフェでお皿割っちゃって隠そうとした事とかもすらすら話してしまった。今から話す事以外は何でも話していた。嫌われるのが怖いけれど、言おう。
「俺、喧嘩しているうちに落としてしまったって言ってたけど、本当は、無抵抗な大翔の事を……わざと落としたんだ」
「わざと……。知ってたよ」
花丸木さんの表情は変わらない。
「よく言えたね」
俺の頭を撫でてきた。
同時に涙が溢れてきた。