僕の夏は、君と共に終わる

 九月一日。今日は日曜日なので、休みだ。明日から学校が始まる。

 なんか頭が痛い。それに、目も痛い。さらに、足は筋肉痛。歯を磨くために重い身体を起こし、部屋を出る。
 洗面台の鏡に映る自分の顔を見ると、少し目が赤くなっていた。

「ゴミでも入ったのかな?」

 昨日のことを思い出そうとしても、何も出てこなかった。昨日だけじゃない、一昨日も一週間前のことも、何も思い出せない。記憶を失う病気を患ったんじゃないかと不安になる。
 思い出せない代わりというわけではないが、長い夢を見ていた気がする。その夢の影響で僕は泣いたのだろうか。夢を見たことは覚えているのに、鮮明に内容を思い出すことはできなかった。気になるけれど、調べようがない。今夜また見れるかな。

 母さんと朝食を済ませ、部屋に戻る。

 机の上に置いてあるスマホがちょうど鳴った。ディスプレイを見ると、大井からだった。

『宿題終わらせた?』

 そんなメッセージが届いていた。自分がどれだけ進めていたかも忘れていたので、問題集を確認する。全然終わっていなかった。『まだ』と返信しておいた。

 スマホを机に置こうとしたとき、違和感に気づいた。

「こんなキーホルダー持ってたっけ?」

 黄色いよくわからないキャラクターのキーホルダーがスマホにはついていた。可愛くもないし、僕が買うとは思えない。これも記憶を失っている間に買ったものなのかな。一度病院へ行った方がいいのでは?

 スマホにつけるにしては大きめのそれに触れた。

 電流が全身を駆け巡ったような感覚。走馬灯のように、思い出される。

 彼女との一ヶ月の思い出が。

 彼女と出会ったこと。
 彼女と散歩したこと。
 彼女とラーメンを食べたこと。
 彼女と買い物に行ったこと。
 彼女と喧嘩をしたこと。
 彼女とかき氷を食べたこと。
 彼女と遊園地へ行ったこと。
 彼女と初恋の話をしたこと。
 彼女と同じ部屋で寝たこと。
 彼女と別れたこと。
 彼女と付き合ったこと。
 彼女とお祭りに行ったこと。
 彼女とラムネを飲んだこと。
 彼女と思い出の場所を巡ったこと。
 彼女と病院へ行ったこと。
 彼女と夜空を見たこと。

 僕は覚えている。彼女と過ごした一ヶ月のことを。僕にとって絶対に忘れたくなかった一ヶ月だ。
 
「栞......」

 スマホのディスプレイに落ちた水滴で、自分が泣いていることがわかった。涙が出るのは、もう会うことのできないことへの悲しみからくるものではなくて、栞との思い出がちゃんと僕の中に一生残り続けることが嬉しいからだ。ディスプレイにうつる僕の顔は、涙で見れたものではなかったけれど、ちゃんと笑っていた。

 確認する必要があった。
 僕は貯金箱を開けた。一ヶ月前と同じ額が残っていた。財布を見ると、減った形跡はないが、小銭入れには十五円しか入ってなかった。もう少し入っていたような気もするけれど、多分、唯一僕の元から消えずに残っているキーホルダー代だろう。
 このキーホルダーがもう一度僕らを繋げてくれた。なぜキーホルダーだけが残っていたのかはわからない。

 僕は、彼女との思い出と一緒に、これから先も生きる。そして、いつか僕が死に、生まれ変わったら、彼女を見つけ出したい。なんとなく、また出会えるような気がした。再会した彼女がどんな姿だったとしても、僕はまた好きになる。次は普通の、期限のない恋を彼女としたい。

 今日も暑い。一ヶ月前と比べると、マシなのかもしれないが、まだまだ暑い。秋がやってきたと感じる人はいないだろう。

 僕の夏も、まだ終わらないようだ。