僕の夏は、君と共に終わる

「今日はどうするの?」

 今日も二人で歯を磨きながら、訊いてみた。

 ここ数日、起きたときに栞がいることに安堵する。明後日の朝には確実にいない、その事実から目を背けることはできない。心の準備はできていても、耐えられるかどうかは怪しい。それくらいに僕の心は栞に奪われていた。

「今日は行きたいところあるんだよ」
「どこ?」
「私の実家」

 明日でこの世から消えてしまうのなら、両親に会っておきたいはずだ。彼女からしか見えないのが、とても残酷に思える。いくら彼女が感謝の気持ちを伝えても、両親に届くことはないのだから。
 中途半端な生き返らせ方をせずに、僕以外の人にも見えるように現実世界に生きる人間と同じような扱いをさせてあげても良かったんじゃないのか? いるのかわからない神に文句を垂れてみる。けれど、もし僕以外に彼女のことを視認できる人が大勢いれば、きっと僕と彼女が交わることはなかったと思う。そうであったとしても、今は彼女の一番の幸せを願うようになっていた。

 僕らは支度を済ませ、家を出た。彼女の家までの道順は以前行ったときに、覚えていた。

 まだまだセミの鳴き声がうるさい。あと数週間はこの音を聞くことになるのだろう。八月が終わると言うのに、夏らしさは全く消えてなかった。この暑さなら秋になった、と感じる人は少数だろう。世間を夏においてきぼりにし、僕だけが夏から秋へ移行する準備を始めているようにも思えた。
 今年の夏だけは、特別だ。僕があと何年、何十年生きるかわからないけれど、今年以上に印象深い夏を体験することはないだろう。そんな僕の夏は彼女がいなくなる、八月三十一日で終わる。

 栞の家の前まで来た。

「僕が代わりにメッセージを伝えようか?」

 彼女の言葉はどうしても、伝わらない。それなら、僕が代行するという手もあるはずだ、と思った。

「ううん。大丈夫。私の言葉で、声で、言いたいの。たとえ、伝わらなかったとしても。それに一応、死んじゃう少し前にお母さんたちには手紙を残してあったから、伝えたいことはちゃんと伝えてある。今日は、どちらかと言うと、最後に顔を見たいっていう気持ちが強いのかな」
「わかった」
「ありがと。お母さんたちにも、『ありがとう』を言ってくるね」

 ニコッと笑って、栞は入っていった。僕の姿は近隣住民から見えているのだから、家の前で居座るのは不審者だと勘違いされかねないと思い、軽く散歩することにした。同じ道を行ったり来たりするだけ。

 暑さのせいもあり、消耗が激しい。歩き始めてから散歩することにしたことを後悔した。結局疲れたので、彼女の家の前で待つことにした。数十分が経ち、出てきた。

「お待たせ」

 彼女の目は赤かった。別れとは、こういうことなんだと思った。

 深呼吸をした後、一度目を瞑り、開くといつもの笑顔が戻ってきた。それを見て安心する。

「次、ラーメン屋さんに行かない? 秋太が教えてくれたとこ」

 今までと違う呼ばれ方に慣れない。

「構わないよ。あと数回しかない食事の一つがラーメンでいいの?」
「いいよー。思い出の場所だし」

 僕らはラーメン屋に向かうことにした。三十分もしないうちに、着くはずだ。財布の中身を一応確認してみたけれど、二人分はありそうだ。

「私の死因って事故死か病死、どっちだと思う?」

 私の、と修飾して死因という単語を使う場面を初めて見た。間違ってないけれど。
 答えづらいが、彼女からクイズを出してきたのだから答えよう。

「病死、かな。さっきメッセージを残したって言ってたから、自分の死に時がわかってたみたいだし」

 僕は言葉を選びながら、言った。 

「正解。秋太は今まで私の死因について訊いてこなかったよね?」
「そりゃあ、自分の死んだ瞬間のことなんて、思い出したくないと思って」
「優しいねぇ」

 彼女にとって、僕が優しい人間であるなら、それに反論するつもりはなかった。彼女がそう評価してくれるのなら、そうなのだろう、と思うようになっていた。

 ラーメン屋に着き、以前と同じメニューを食べた。どれだけ外が暑くても、ラーメンの味は変わらなかった。今回も満足し、店を出た。

「次は、食後のデザートにかき氷を食べたいですね」

 栞は背伸びをし、言った。

「もしかして、僕と一緒に行った場所を巡ってる?」
「そうだよ。この一ヶ月の出来事なのに、懐かしさを感じるんだぁ」

 濃い一ヶ月だったため、数週間前のことでも懐かしく思えるのは僕も同じだった。

「食べ終わったら、ショッピングモール?」
「そのつもり。さすがに遊園地には行かないから、安心してね」

 数十分歩き続け、かき氷を食べに来た。今日は他にお客さんがいたので、栞が話しづらくないか心配してくれたが、僕は全く気にせず話し続けた。その結果、痛い視線を浴びることとなった。目の前のあと少ししか関わることのできない、彼女と普通に、どこにでもいるカップルのように話したかった。

 かき氷で体温を冷やした後、ショッピングモールに向かった。歩数を計れば、今日一日とんでもないことになりそうだ。二人で懐古しながら歩いていると、不思議と足の疲労はあまり感じなかった。

「すずしー」

 想像通り、いや想像以上に店内は涼しく、半袖では少し寒いくらいだった。
 前に行った洋服屋や本屋を訪れた。服を買ってあげたら喜んでくれたこととか、大井と遭遇したこととか、僕が漫画に夢中になっていたら彼女を不安にさせてしまったこととか、色んな思い出が蘇ってきた。栞は来れただけで満足したようだ。飲み物だけを買い、僕らは店を出た。

「あとは祭りかな?」
「そうだね。すっごい最近のことだけど、一番の思い出ってそれかもしれない」

 あの祭りがなければ、今頃僕らは別々の場所で悶々と過ごすことになっていた。あのときの選択が間違っていなかったと自信を持って言える。

 電車に乗り、祭り会場に向かった。
 最近通ったばかりだったので、会場までの道のりはよく覚えていた。あのときとは違い、人はほとんどいなかった。犬の散歩をしているおじさんが僕らの隣を通って行ったくらい。

「ここで私、好きって言われたんだよねー」
「今まで付き合ってたことになってたのに、一度も言ったことがなかったのってなんか変な感じだ」
「確かに。私のこと好きじゃなかった?」
「好きではあったけど、異性として、ではないよね」
「まあ、そうだよねー」

 最近の出来事なので、鮮明に思い出せる。屋台が出ていた場所は、跡形もなくただの平地となっていた。以前にあったものがなくなるというのは、少し寂しいな。特にお祭りのような煌びやかな状況と比較すると、余計にそう感じる。
 
 僕らが一通り見終えた頃には、日が暮れ始めていた。夕暮れを見ると、自然と二人で行った遊園地の、観覧車を思い出す。どんな些細な出来事も、栞との思い出に繋げてしまうあたり、彼女のこと以外考えられない自分に気恥ずかしくなる。


「付き合ってくれて、ありがとう」
「僕も楽しかったから」

 祭り会場の後、僕らが出会った本屋に行き、家に戻ってきた。家に着く頃には、すっかり暗くなっていた。日付が変われば、彼女と過ごせる最後の日。もっと早くに好きになっていれば良かった。そしたら、もっともっと一緒に過ごして、思い出を作ることができたはずなのに。

「明日はどうするの?」

 ベッドに座る僕は、訊いた。

「明日行きたい場所はもう決めてるよ。私の最後のお願い聞いてくれる?」
「僕が断ると思う?」
「ううん。君は優しいから、絶対に引き受けてくれる」

 僕は軽く笑みを浮かべ、言う。

「どこに行くの?」
「病院」

 どこの病院かは、訊かなくても何となくわかった。生前の彼女と僕が出会った場所。彼女が闘い続けた場所。きっとそこだろう。

「最後に相応しいかもね」
「でしょ? 私と秋太を出会わせてくれた、大切な場所にお礼しに行かないと」

 きっと想像絶するほどの苦しみを味わってきた場所だろう。治療を受け続けたその場所に良い思い出はないはずだ。思い出したくもないのかもしれない。そんな場所であっても、最後まで感謝の気持ちを忘れないのは、彼女らしいと思った。

「お昼過ぎに出る?」
「そうだね。お昼食べてから、出よっか」

 最終日の予定が決まった。色々歩き回って、懐かしい思いをした三十日目が終わった。


「準備はできた?」
「うん」

 昼ごはんを食べた後、家を出た。朝から雨だ。午後になるにつれて、晴れてくるとの予報だが、真上の分厚い雲を見ると、にわかには信じがたい。
 そこまで強くはないが、風邪を引くといけないので、傘をさして駅まで向かう。栞の希望で、一つの傘で向かった。これも憧れだったらしい。

 僕らが今から向かう総合病院は、一つ隣の駅からバスで数十分揺られたところにある。この辺りでは一番大きな病院なので、多くの人がそこで治療を受けているはずだ。僕も骨折したとき、お世話になった。

 電車からバスに乗り換え、病院前のバス停で降りた。僕ら以外にも何人かの人が降りるようだ。お年寄りが多く、同じくらいの年代の人は一人もいなかった。

「何も変わってないなぁ」

 彼女はそう呟いた。

 僕が最後に来てから、数年経っていたので少し塗装の剥がれが目立つようになっている気がした。広い駐車場を抜け、傘をたたみ、正面入口から入った。入った瞬間、病院独特の消毒液のにおいが鼻に入ってきた。
 僕が歩き始めても、彼女は固まったままだった。
 
「どうしたの?」

 病院内ということもあり、最小限のボリュームで話しかけた。

「やっぱり、緊張するね。来るまでは平気だったんだけど、入ると、色んなこと思い出しちゃった」

 治療のためとはいえ、かなり苦痛を強いられてきたのだろう。

「ここまで来たんだから、充分だと思うよ。帰ろう」

 栞に無理をさせる必要なんてない。僕は回れ右をして、さっきくぐった自動ドアを通り抜けようとしたところで、彼女に袖を掴まれた。

「......ダメ。ここまで来たんだから、ちゃんと見たい」

 そんな震えた声で言われると、引き止めたくなる。けれど、説得を試みても、失敗するだろう。ここまで来る決心をした彼女の意志は強いもので、僕が言っても簡単には崩せない。それなら、ただ付き添うだけでもいいから、最後まで付き合おうと思った。

 正面入口から入ってすぐのところに、受付、自動精算機、売店などがある。奥に行くと、耳鼻科や眼科などのブロックごとに分けられたエリアがあった。僕らは治療を受けに来たわけではないので、エレベーター前に移動する。

 三階から五階までが一般病棟となっている。六階にはレストランがある。確か僕が入院していたのは、五階だったかな。記憶は定かではないが、多分あってる。

「何階?」

 エレベーターに乗り込んでから話しかけるわけにいかないので、乗り込む前に訊いておいた。

「五階だよ。555号室。覚えやすいでしょ?」
「うん」

 五階まで上がり、降りると、懐かしい光景が目に入った。数年来に来たけれど、あまり変わっていない内装を見ると、色々思い出される。リハビリの辛かった思い出とか、病院食に文句を言ってたこととか。全部今となっては、良い思い出として処理できる。

 栞は顔を強張らせていた。握りこぶしを作り、緊張しているのがひしひしと伝わってくる。
 
 僕はそっと彼女の右手を握った。

「えっ」

 驚いたようだけど、少し彼女の肩の力も抜けたように思えた。これくらいしか僕にできることはない。

 五階の案内マップを見なくとも、彼女は導かれるように歩いていく。彼女はこの廊下を何度歩いたのだろう。いや、歩くことは一度もできなかったのかな。

 窓から差し込む光が眩しい。もう雨は止んだのかな。ちょうど555号室の前が照らされている。神様がスポットライトを当ててくれているみたいに。

「今は別の人が入ってるみたいだね」

 病室前のプレートには、『山本建』と書かれていた。数ヶ月前までは、『柏木栞』だったのだろう。

「僕は入ることができないけど、栞は見てくる?」
「ううん。いくら死んでるって言っても、他人のプライバシーは侵害しちゃいけないもんね」
「わかった」

 何も見えないはずなのに、栞は病室の扉を見つめていた。心の内を覗くことはできないけれど、表情から察するに、決心がついたような、そんな顔をしていた。僕は金縛りにあったかのように、動けなかった。彼女の空間に入ることは許されないような気がした。そこには神でさえ、侵入できないのではないかと思った。

 もう大丈夫、という彼女の言葉で硬直が解けたかのように、僕の足は動き始めた。当てもなくぶらつくのは邪魔になりかねないので、用が済んだ僕らは五階を後にし、一階まで下りた。

「最後に私たちが出会った場所だけ見ていこっか」

 その場所はエレベーターを降りた左手の角を曲がった先にある。
 あの頃の僕らのような、小さな子どもたちが遊ぶスペースがあった。十年経つと、玩具なんかはすっかり変わってしまっている。

「かわいいね」
「うん」

 遠目で僕らは動き回る子どもたちを見ていた。感慨深くなる。

「私もあんな風に、自由に遊びたかったなぁ」

 僕はなんと声をかけてあげればいいんだ。彼女の言葉は本心だろう。生前五体満足でなかった彼女は、いつも車椅子での移動だった。多くの人が経験する遊びを彼女は経験していない。子ども時代に誰もが一回はやったことのある遊びを彼女は知らない。

 残り数時間で栞は消える。そんな状況でするのはおかしいかもしれないけれど、最後に一緒に遊びたかった。

「ごめん。困らせるようなこと言っちゃったよね。帰ろっか」

 彼女は出口に向かって、歩き出した。

「待って」
「ん?」
「病院出た後さ、近くの公園で遊ばない?」
「公園? 別にいいけど」

 彼女は不思議そうに、小首をかしげた。

 病院のすぐ近くにそこそこ広い公園がある。僕の家の近くの公園よりも遊具は多いし、敷地面積が広い。
 公園に着くと、子どもたちが何人か遊んでいた。

「どうして公園なの?」
「最後に自由に遊ぼう。子どもの頃、君ができなかった遊びを」

 すでに雨は止んでいた。

「いいよいいよ。そんなことに付き合わせちゃ悪いし」
「今更すぎないか? じゃあ、僕が遊びたいから付き合って」

 栞は小さく、頷いた。

「何するの?」
「鬼ごっこって知ってる?」
「さすがにそれくらい知ってるよ!」

 栞は言った後、頬を膨らませた。

「じゃあしよう」
「でも私走ったことないから、上手く走れるかわかんないよ」
「いいんだよ。適当で」

 じゃんけんで負けた僕が、最初に鬼になった。

「一つ訊きたいんだけど、鬼ごっこって二人でするものなの?」
「普通はもう少し大人数だね」

 そっかー、と栞は言って、公園の広場の方へかけて行った。十秒ほど数え、追いかける。後ろからでもわかるけれど、今までに見たことがないレベルで不恰好な走り姿だった。僕もスポーツが得意な方ではないので、人のことは言えないけれど。
 軽く走ったつもりだったけれど、すぐに追いついてしまった。

「はい」

 僕は軽く肩にタッチした。

「速い! てか、笑ってない!?」
「いやっ、そのっ......うっ」

 笑ったら悪いとは思うけれど、僕の表情筋は耐えられなかった。

「そんなに変だった?」
「いや、変というか、なんというか、変」

 むぅ、と目を細め僕を見つめてくる。

「でも、走る姿、可愛かったけどね」
「そんなフォローいらないですー。走らなくていい遊びしよ。えっと、かくれんぼとか?」
「僕が探すから隠れなよ」
「わかった! 一分くらいちょうだい!」
「了解」

 僕は公園の外に出て、道路側を向き、一分数える。こうして何気なく遊ぶだけでも、幸せだと思った。

 消えて欲しくない。

 そう思う気持ちがどんどん強くなってしまう。栞は満足して、消えることができるのだろうか? 僕が彼氏として過ごした一ヶ月は、未練を晴らすのに充分だったのだろうか? 

 一分が経ったので、戻る。暗い顔をして、彼女に会うわけにいかなかったので、頭を横に振り、気持ちをリセットする。上手くできたかはわからない。

 さて、探すとするか。どこに隠れているのだろう。主に隠れられそうな場所は、何十本も生えている木々の裏とか、遊具の裏とか。女子高生が隠れられる場所は、限られてくる。
 さっと園内を見渡したが、彼女の存在は確認できなかった。

 とりあえず、片っ端から隠れられそうな場所を訪れることにした。公園に入って左手には砂場がある。さすがに砂場に隠れる場所はないか。砂場の向こうには、ブランコが二つある。こっちもないな。いくつか遊具はあるけれど、どれも隠れるには不適だった。
 となれば、広場の方。僕の身長より何倍もある木々の裏はさすがに隠れにくいだろう。広場を囲むように生えている緑の茂みの裏は隠れるのにちょうど良さそうだ。一周してみよう。

 ゆっくり、一周してみた。が、彼女の姿はどこにもなかった。

「嘘だろ......?」

 他に隠れられそうな、ベンチの裏とかも探したが、見つからなかった。

 僕の中に嫌な考えが浮かぶ。数時間早まって、栞は消えてしまったのではないかという。

 もう一度、くまなく公園内を探す。

「......いない」

 もしかすると、彼女は公園の外に出てしまったとか? 範囲は決め忘れていたし、可能性がないこともない。
 今連絡しても、彼女には繋がらないし、どうしよう。広場の真ん中で佇んでいると、子どもたちから不思議そうな視線を向けられていることに気づいた。怪しい人ではないアピールをするため、笑っておいた。

 歩き疲れたので、ベンチに座った。
 
「はぁ......」

 これからどうすべきか僕が考えていると、急に肩に重みを感じると同時に、「わぁっ!」という声が耳元で聞こえた。

「ひっ」

 情けない声が出た。こういう驚かされたりするのは、苦手なんだ。

「ふふっ。びっくりした?」

 栞はクスクス笑いながら、「さっきのお返しです」と言った。ああ、僕が鬼ごっこのとき笑ったことか......。

「びっくりした」
「よしっ」
 
 彼女は小さくガッツポーズをした。

「ちゃんと探してくださいよー。待ちくたびれて、こうして出てきちゃった」
「いや、公園全体を探したつもりだったんだけど、見当たらなかったから、栞がもう消えてしまったんじゃないかと思って......」
「心配だったと?」
「うん」
「私は消えないよ。今日が終わるまでは。勝手にいなくなったりしません」
 
 栞は優しく微笑み、安心させるような声で言った。

 とりあえず、彼女が消えていなかったことに、安堵の息をついた。

「じゃあ、どこに隠れてたんだよ」
「茂みを行ったり来たりしてましたねー」

 行ったり来たり......?

「まさか......能力使ったのか?」
「はい。秋太が来たら、裏側から表側へスッと」

 見つかるわけない! 確かにルール上能力を禁じていなかったが、ちょっとずるくない?

「ずるい......てか、かくれんぼってその場から動いても良かったっけ?」
「え、ダメなの?」
「多分」

 僕の小学校では、動いてもいいやつは隠れ鬼ごっこって呼ばれてた気がする。

「知らなかった......私の負けですかね」

 その後、鬼を交代して、かくれんぼをしたり、ブランコを漕いだりした。家を出たときは、真上にあった太陽も西の空に沈み始める時間だ。大勢いた子どもたちも家に帰り始めている。

「綺麗だね」

 思ったことが口から出た。

「太陽? それとも、私?」
「栞」

 夕日に対しての感想だったけれど、ベンチに座る彼女の横顔はとても綺麗だったので、そういうことにしておいた。

「ありがとー」

 言った彼女は、また西の空へ向き直った。