夏堀 蒼空

家が嫌いだった。
家に漂う空気そのものが大嫌いだった。
高校時代、ほとんどバイトをして過ごした。
店長は家のことを理解してくれていて、家を出たいと話すとたくさん働かせてくれ、108万の壁を超える分は手渡しでくれた。そのほとんどを貯金して貯めたお金を使い、高校卒業してすぐ一人暮らしをスタートさせた。本当は遠くに引っ越したかったけど家に弟を残してきたことが気がかりだったから、千葉から神奈川に引っ越した。


カーテンの隙間から入る太陽の光で目が覚めた。
時計を見てびっくりする。
時刻は8時半。…家を出る時間だ。
今日は入社式前日の研修のようなものだ。
書類の提出や会社のルールなどを聞く。
初日。遅刻する訳にはいかない。
大急ぎで支度をし、10分で家を出た。
ダッシュで職場に向かうが3分の遅刻。
みんな初日だから早めに来ていたこともあり、
先輩や同期から冷たい目で見られた。

気まずい空気のまま数時間で研修が終わった。同期は8人いて、既に仲良くなっている同期もいてまた明日ー!と別れを告げている。俺は1人、家に帰る。

入社式当日。俺は昨日のことがあり誰よりも早く到着した。早すぎるくらい。暇つぶしにInstagramをボーッと見ていると、同期であろう人達が数人来ていた。おはよー!と声を掛け合い、集まっている。そこでLINE交換など行っている様子だった。
1人男で初日に髪の毛ボサボサで遅刻してくるようなやつに誰も話しかけはせず、みんな俺から少し離れた場所でワイワイと楽しんでいる様子だった。
少し遅れて残り2人も来た。遅れて、とは言っても集合時間の20分前。「おはよー!」と元気よく挨拶をし、さっそく中に入っていく。

女子の団結力はすごいなぁとしみじみと感じた。

すると、さっき来たうちの1人が俺のところに来て
「LINEってやってる?今LINEグループ作ってくれたんだけど君もどうかな!」
と声をかけてきた。

突然のことにあたふたする俺。
そんなこと気にもしないその子は
「そう言えばお名前なんだっけ。昨日聞きそびれちゃった。」と笑顔で聞いてくる。

「…な、夏堀…蒼空。」

話しかけられるなんて想定外だったしそもそも人見知りの俺は蚊よりも小さい声でなんとか答えた。
聞き取れなかったのか、女の子は少し停止していた。
「…まつり君?」
と聞き返された。俺の声が小さすぎて上手く聞き取れなかったようだ。「えーっと、」と訂正しようとするが集団の中にいる子の声にかき消された。
「はるちゃーん!」
はるちゃんと呼ばれた女の子は、俺に笑いかけ「まつり君、あとでLINE教えて!」と言い集団の中に戻って行った。
入社式が終わり、次は店舗見学。
この会社には、「介護」と「放課後デイサービス」という2つの施設があり、介護の施設は3店舗、放課後デイサービスは4店舗だ。
俺が働くのは「放課後デイサービス」。

「放デイの新人はこっちでーす!」
という先輩の声に俺の他に3人の同期が移動する。
3人は楽しそうに前を歩く先輩と会話しながら車に向かっていた。
だけどさっき話しかけてきた女の子は会話から抜け、1人で後ろを歩いている俺の隣に来た。
「店舗、同じじゃなかったね。一緒に頑張ろうね。」
少し不安そうに言う彼女。
店舗は入社式で発表された。放デイの新人は
2人が同じ店舗で、俺とその子だけは1人ずつ配属されたのだ。