月が消えた日、主人公になった君

私は1人で家に帰った
少し眠ったおかげなのか朝より目眩や頭痛はなくなっていた

部屋につくとドッと疲れが出て、ベットの上から動けない日々を過ごしていた

今日もそれは変わらない

きっと親に言ってしまえばすぐにかかりつけ医に連れていかれる

そうすればもう学校に行くことさえ難しい

ようやく普通になれたの
こんなもののせいでその“普通”を壊したくない

そもそも最近、色々あったせいで疲労による炎症だと思うし私の身体は疲れに“めっぽう弱い”

だから少しこう休めば治る

「きっと」

私の独り言は弱々しく部屋に響く

夕ご飯の時まで休ませ…

そう思っていると机の上に置いた携帯がバイブレーションで震える

ふうとため息を吐いて携帯を手に持って画面を見た

1件メッセージがきているという知らせ

中身を開いて、私は目を見開いた

『もう身体は大丈夫?無理は禁物だよ』

紬からそう優しいメッセージで書かれていた

私から送ってないのに。

どうしてここまで私に優しくしてくれるの?
“約束”のために一生懸命になれるの?
あんなの口約束なのに信じるの?

画面を見るのが嫌になって頭を抱える

嫌でも思い出す

_________『○○、約束だよ』

『どうして』_____________

__________『だって私達…』

あんな眩しい笑顔を見たことない

あの頃からずっと紬は…私の…

ダメだ、考えればまた頭痛がする

『平気だよ』

そう一言打って返信を終えた

しょうがない、少し食べて薬を飲んで寝ようと思いフラフラと階段を降りた

“食事はいらない”そう母にメッセージを送った瞬間に紬からのメッセージが。

『冬休みの間に会って話がしたい』

真っ直ぐと紬のメッセージが私に突き刺さる

今更、何を話すというの?

もういいじゃない

貴方()が主人公で、私は所詮、邪魔者(モブ)だってこと分かってるでしょ?

これ以上、主人公()になれない事実を私に突きつけないで

また携帯が震える

母から『体調悪いの?』というメッセージがくる

うん、なんて素直に言えたらいいのに
そうすればお母さんは私に優しく頭を撫でてくれる?

私のありのままを受け入れてくれる?

『ダイエットしてるから』と一言、嘘をつく
年頃の娘にこれ以上、母は何も言わなかった

それから何日経っても紬のメッセージには返信出来ないままで私の体調は悪化していく
冬休み、街中はクリスマスムード

私だってありきたりにクリスマスを楽しみたい

しかし私の体調は良くなるどころか熱まででてくる

身体が重たい
もうなんだかあちこちが痛いようなそんな気もしてくる

そんな思いを一人、祖母の家で体験する

私はあれから、 バレたくないため気分転換と理由をつけて母方の田舎の祖母の家に冬休みの間は泊まることにした

両親は共働きだからついてくることはない

そして両親は空気が綺麗な田舎で身体を休めることが出来るならと賛成して送り出してくれた

祖母は早くに祖父を亡くし、一人のんびりとこの山奥に住んでいる

優しく暖かい祖母が大好きだった

しかしやはり年には勝てないのか物忘れをする事が増え、持病を抱えて生活しているせいで私にはあまり干渉しないのが最近の祖母

しかし暖かく出迎えてくれるところは変わっていない

私はそのまま田舎の診療所で風邪の症状を伝え、薬をもらって過ごしていた

「んーっ」

薬を飲んで少し身体が楽になり、縁側で伸びをしていた

やはり田舎の空気は美味しい

今頃、日向と紬はデートしているのだろうか
キスまでしてたり…

私が短くため息をつくとカタッと音が鳴る

振り向くと暖かいお茶を持ってきてくれた祖母の姿

「○○ちゃん、身体は平気かい?」

そしてブランケットを肩にかけてくれた

「うん、迷惑かけてごめんね」

私はお茶をゆっくり啜る

変わらない味にホッとする

「具合が良くなくて逃げるためにここへきたんでしょ」

祖母は目を伏せて静かに聞いてくる

「どうして…それを?」

「物忘れが酷くなったって大好きな○○ちゃんのことだもの分かるわよ」

私は上手く隠せていたと思っていた

現に父と母は知らない

「お願い、黙っててほしいの」

私は湯のみを握りしめた

「そうね、このまま元気でいてくれるなら黙っておくよ」

優しい笑顔で祖母はそう言ってくれる

「ありがとう。私ね、やっと“普通”に生きられるの、手離したくない」

「ずっと“しんどい思い”したものね、偉いよ○○ちゃんは」

そう暖かい手で頭を撫でてくれた

こんな暖かい手はいつぶりだろうか
こんなに心地いい温度に安心したのはいつぶりだろうか

「○○ちゃんの母親と父親はね…」

そう祖母は話してくれるのだが、その手の温もりが私を落ち着かせてくれ、話し終わった時には眠りに落ちてしまった

こんなにも幸せに眠れたのは日向と仲良くなった日以来かもしれない

あの頃は楽しかった…な

目が覚めた頃はもうすっかり日が落ちていて、布団の中で携帯を確認する

祖母が運んでくれただろう

心は軽くなった気がする一方で身体は重くなった気がする

リビングに顔を出すと「夜ご飯だよ」と祖母ほ笑顔で言ってくれる

私は元気なフリして食卓につく

これが間違えだった

これで素直に言えたなら未来は変わっていたかもしれない

そもそも早くに言えていたら、今もきっと______

その日の夜ご飯を朧気にしか覚えていない

確かお肉を食べた時だったと思う

急な吐き気に襲われてトイレに走った
祖母はきっとトイレから戻った私の真っ青な顔に驚いたのかもしれない

私だって洗面台で口を洗っている時に鏡に映った真っ青な顔に声がでたのだから

両親に慌てて連絡し、私は半ば強制的に布団の中に戻された

私はあれだけ眠ったというのに眠気に勝てず、眠り着く

ガヤガヤした音に私は目を開けると、目の前に両親はいた

「ごめ…」

私の声を待たずに父親は頬を叩いた

「あれほど言ったのに分からないのか」

そう静かに怒鳴りつける

「なんで言わないの?!」

母親のヒステリックな声

私は何も言えない

祖母は黙ってこちらを見ている

私は染み付いた笑顔でヘラっと笑って「ちゃんと言わなくてごめんなさい。お父さんとお母さんに心配かけたくなくて…」とそう呟いた

「ずっと心配してるんだ。今更なにを言ってるんだ」

「そうよ、悪化するほうが心臓に悪いわ」

収まらない…か

目の前が少しぐらつく

頭が重い

仮面を選んでる場合じゃない

「明日、病院行くから…寝かして…」

そう言い残して意識を手放した

いつからだっけ

父と母がこうなったのは

いつだったんだろう

笑った顔、見たのは

思い出せないや

_______次の日、強制的に実家に戻される

帰り際、祖母は優しく「大丈夫だよ」とそう一言、手を握りしめてくれた

そして病院に行く

風邪ですって言われると思っていた

なんなら少し悪くてもインフルエンザ

そう言われると思っていた

そうがよかったの

そして父と母に笑いかけて「大丈夫だったでしょ?心配しすぎだよ」というセリフを言って

また祖母の家に戻る

そんな台本を用意していた

でも現実はそう甘くなくて、私が1番聞きたくなかった言葉を。

台本には用意出来なかった

医者はアドリブを言うのだ

「再発しています」

そんな医者の声は酷く冷たく聞こえた

再発…?

何を言っているの?

冗談でも笑えないよ

私を見た父と母の顔も酷く冷たく見えた

現実を受け止める前に話は進んでいく

アドリブを並べる医者の言葉なんて覚えれるわけなくて

何を言っているのか分かる前に私は気づけば、病室のベットの上

点滴のおかげか少し身体が楽になっていた

父と母は病室に入ってこない

きっと病室の前にいる

少し前に見た父と母の顔は絶望してるように見えたのだ

覚えていないとは言ったけどもこの言葉だけは私も同じように絶望していたと思う

_______「春を迎えるのは難しいでしょう」
余命宣告というものは昔からよく聞いた言葉だった

その言葉は皆、ドラマでしか聞いたことないよとか言うんだろう

でも私はずっと身近にあった

これは私の昔の話

「私はねぇ〜お月様なんだ!」

「そうだね、月ちゃんの名前はお月様で綺麗だね」

「夜になればいっちばん!輝いてる!」

「お日様と一緒だね」

そんな会話を小さい時、看護師さんと話している私は物心ついた時から死と隣り合わせだった

しっかり病名を聞いたわけじゃない

でもドラマや小説に出てくるような有名なあの病気

病気のおかげで疲労にも弱くて、疲れるとすぐどこかしら痛くて、精神的にも弱くなる

こんな生活、望んだわけじゃない

生きていくにはこの生活が必要だった

私の病魔は厄介でいつだって治癒したと見せかけて再発と悪化がセット

ろくに学校なんて行けた試しなんてない

ずっと私は病室のベットとなかよしこよし

そんな私を見かねて看護師さんは年相応に漫画やアニメ、ドラマを勧めてくれた

そのへんの子どもと変わらないように接してくれる

院内学級だって行かせてくれた

そんな私が初めて心が浮かれたもの
それが『恋愛物語』だった

そんなこの世界に溢れかえった恋愛話、作り物も本当の話も全て私の人生を変えるには容易いもので

今の私がこうなった原因なのかもしれない

普通の学生の男女が出会って恋をする

こんなありきたりなどこでもあるような話が私にはおとぎ話のように感じた

学校に行くことが目標の私にとって

恋愛はその次で、憧れそのもの

いつか出会える運命の人のため、少しでも女の子らしく見た目を整える

抜ける髪の毛のショックを減らすため伸ばさないようにして

病衣だって親に頼んで可愛いものにして

痩せこけた顔色の悪い顔だってメイク道具を母親に借りて、看護師さんに教えて貰いながら顔色を明るくしてメイクを練習した

可愛くいようとすればするほど病室に居ることに慣れてる自分に腹が立って

抜ける髪の毛が目立って見えて

制服じゃなくて病衣を着てるのが嫌になって

メイクが上手くなるほど、ありのままの自分が醜く見える

私は少しでもこのことを受け止めると壊れてしまいそうだった

だから笑った

笑えば周りも笑ってくれる

そうすれば周りの同級生と変わらない普通の毎日のように錯覚できる気がした

気づけば笑うことが癖になっていた

素直になること、現実を見ることを忘れてしまって。

作り上げた私でいることが1番平和だと思った

だから今更、何が私の本心で作り上げた仮面なのか、台本なのか分からない

そんな私は中学生まで入退院を繰り返していた

医者に最後に言われた言葉は「次、再発すればもういよいよです」と。

高校生になるのにあたって、最高の医療を受けられるようにと引越し

心機一転、高校生と過ごせることが何より嬉しかった

普通に生きることが許された1年が今だった
私のこの1年は幸せだったのかな

毎日髪型をセットして、いつの間にか上手になったメイクをする

そして制服に身に纏って少しスカートを織り込む

鏡に映る私はどこから見ても普通の女の子
魔法がかかったかのようにキラキラして見える

だから家に帰ってお風呂上がった姿は魔法が解けて嫌だった

“明日からまたずっとこの姿になるかもしれない”

そんな恐怖心を毎日抱いて眠って…

また魔法がかかるの

そんな毎日を送るだけで幸せだったはずなのに。

魔法は私をずっと憧れた“恋愛”の主人公にしてくれる

そう私の描いたものはどこかで私をワガママにして、気づいた時には全て手に入れようとした

私は紬みたいなそんな人間になりたかった

いつからかな。あぁあの日。

ずっと紬が眩しくて…

私の手の甲に雫が1粒

「雨漏りしてるのかな…」

外はいい天気で太陽は暖かく人を照らす

どうにも私は晴れた気持ちになれない

「…十分生きたよ」

私の独り言は部屋に響く

「学校にも行けたし…」

布団を握りしめる

「恋愛だってした…」

また雫が1粒

「もう…思い残すことないや」

私は今、笑っていると思う

「死んでもいい…な」

私は空っぽだ

ずっと昔から空っぽ

私が笑えば、みんなが笑う
オシャレしようとすれば、生きようとしてる私を支えてくれる

そんな毎日に満たされたって勘違いして。

本当は何も無いのに。

ガラガラと扉が開いた

慌てて父と母は入ってくる

そして私を思いっきり抱きしめた

「バカ娘」と父親は震える声で怒る

「そんな冷たい人間だと思わなかったわ」と母親は抱きしめる力が強くなる

「何を言っているの」

私の呆然する姿に抱きしめながら母親は言う

「○○こそ、何言ってんの!死んでもいいなんて言わないで…よ」と母親は泣き出した

「両親より先に逝こうとする親不孝な娘に育てた覚えはないぞ」と父親は抱きしめることをやめて後ろを向いた

「もう…迷惑はかけずにすむんだよ?もう私は寿命なんだよ?もう…もう…」

私は言葉に詰まる

「ずっと生きてて欲しいの。娘なんだよ、大好きな大切な娘。幸せに生きてほしいの」とヒステリックに母親は私の肩を揺さぶる

「私…もう十分生かせてもらったよ。ありがとう。もういいの」

ボロボロな母親の手を初めて見た

初めてというか見えないフリをした

父親は振り向かない

ねぇお父さん。
こんなにも背中は小さかったの?

私をおぶってくれた背中は大きくて…

母親はより一層泣き出して、父親は肩を震わせる

「親不孝の娘でごめんね。私はもう十分なの。こんなにもずっと苦しい思いさせてごめんね」

私は言葉が上手くでてこない

その代わり私は笑う

だから笑って?

それだけで満たされた(生きた証)って錯覚できるから

こんなにも感情むき出しの両親を初めて見る

愛されて…いたんだな

やっぱり私はこの1年は確かに幸せだったんだよ
両親は昔、とても優しくて笑って私のことをなんでも許していたと祖母から聞いた

確かに私を挟んで手を繋いで、大きなお花畑に行ったという夢ではないかも疑うほどの記憶が朧気にある

けれど私が入退院を繰り返す度に両親から笑顔は消えていく

妙な貼り付けたような笑顔は鮮明に思い出せる

そして2人は気づけば笑わなくなった

いつも怒ったような顔をして私を生かそうとする

出来るだけ安静に。

身体が負担ないように。

まるで私は水槽にいれられた金魚のように狭く小さい世界で泳いでいた

上から餌を撒かれて、ただ泳ぐ

その世界からはみ出さないように鑑賞用のように笑って望まれるように生きてきた

でも私は水槽に差し込む陽の光に憧れた
大きな池で泳ごうとして飛び出した

けれど結局この水槽に戻ってきた

そう思っていた

祖母の話を聞くまでは。

あの日、祖母は両親の本音を聞いた

________________「ずっと○○ちゃんの関わり方が分からなかった」

そう聞いた時は目を見開いた
ウトウトしていたはずなのにこの言葉だけは忘れられない

病魔は私の簡単に命が奪う

本人にとっては到底受け入れられるものではないと普通考える

そんな本人の前で泣くわけにはいかない

両親だって普通の人なのだから、特別なんかじゃない

ただ大切な娘が少し旅立つのが普通より早いのかもしれない

その事実だけが受け止めようとすればするほど壊れ物を扱うような接し方になっていく

明日生きてないかもしれない一人娘にどんな顔を向ければいいのだろうか

今日死ぬかもしれない女の子にどんな言葉かければいいのだろうか

眠ってしまえばもう起きないかもしれない我が子にどんな触れ方すればいいのだろうか

そう考えれば考えるほど笑顔だってなくなってしまう

だから水槽にいれるしかなかった
金魚の眺め方が分からなくなった主人は金魚が傷つけば傷つくほど見ようとしない

そう聞いた今ではあの頃のように自由がなんて言えない

でももうどうでもいいのだ

今更聞いたって事実は変わりやしない

他人同士が愛情もらって育てられて、何かの拍子に出会って、愛し合った

そのまま最期まで生きて生きて生きて

尽きていく。

散っていく。

そんな普通(人生)に私が運ばれてきただけ

両親にとって私も所詮モブでしかないの

だってそうでしょ

_______普通に生きられないんだから

私は妙に冷めているのかもしれない
卑屈になってるのかもしれない

でももういいの

最初からどうでもよかった

どうせ死ぬのだから
あの後、両親が出ていった

死んでもいいなんて言った私とより1層関わり方、分からなくなっただろうな

大丈夫、私は最後まで笑うから
どんな関わり方だって受け入れるよ

余命宣告にここまであっさりと受け入れる人間なんてそういないだろうね

死ぬことが怖くないの
私には何も失うものはないもの

そんな私自身を客観視したまま、年はあけていく

人生最後の初日の出

病院の窓から眺める

いつだって太陽は主役

みんな日が出るのを今か今かと待ちわびているの

いつの間にか私はそんな太陽と日向を重ねた
ずっと前から重ねていたのかもしれない

彼の光を貰って私はいつだって錯覚するぐらい輝けた

人に囲まれた

日向、私は日向の言う通り他人なんてどうでもいいよ

けど、主人公になりたい私は人に囲まれることで満足できていたの

だって主人公はいつだって誰にでも愛されるでしょ?

だから私はそれで良かった
勝手にモブだと、私のために必要だと見下していた他人からの呼ばれる名前なんて聞こえなかった

心から笑えたかなんてそんなの無理に決まっている

日向は他人が良くしてくれるから演じるっていったよね

私は違う

“みんなから愛されるために演じてたの”

同種でもよかったから君のそばに居たかった

日向は良い人だから

私とは違う

日向は気づいていたでしょう
だから紬を選んだ

紬は本当に愛される人だもの

仮面をかぶった私には到底敵わない

だから仮面をかぶった道化らしく、モブらしく、2人が笑う世界を作るの

それがみんな、望んでいること

だってそうじゃない

どれだけ邪魔をしたって
どれだけ間に入ろうとしたって
どれだけ想っていたって

結局運命は紬の方へ向く

モブがどれだけあがいたって作品を荒らすだけ

だったら潔く退場する

それが台本通りお話でしょう

だれもが傷ついた世界なんていらない

そうだ私

________最初からずっと客観視していた

このお話の第三者として語っているだけだった

私の気持ちはあの時にあったのだろうか

今はこうして記されてる

ただ2人を見つめて

周りの空気を読んだ

でも確かにあったのかもしれない
想うことに一生懸命になった日々は私にとって非現実的で

“宝物”なんだから

私は最初から自分さえどうでもいいって思っていたから

きっと主人公になれないんだろうな
もうすぐ冬休みがあけるというか明日に迫っている

でも死期が近い私に退院の目処は立たない

学校に来ない私を心配してくれるだろうか
そんなことさえ考えていた時だった

カラカラと扉が開く

母親が静かに入ってきた

「○○、調子はどう?」

「病院にいかなかった時よりまっしだね」

私は皮肉にもそう言いながら笑った

「本当にばかね。風邪ひいた時、無理にでも病院に行かせなかった私もばかだね」

そう母はフッと笑った
久しぶりにそんな姿を見た

「今更、言ったって遅いね」

私が静かにそう返すと少しの沈黙が続いた

「そうね。でもね毎日、楽しそうに学校へ行く○○を見て現実見ろなんて言えなかった」

母親はぽつりぽつり話し出す

「ずっと学校へまともに行けなかった○○が普通に学校に行ってる姿を見て、私は嬉しかった。○○がどう思ってたのかは知らないわよ?」

母親はおちゃめに笑いかけてくれる

「普通って幸せなことなんだなあって実感させられた。いつどんな状況になるのか分からない娘を学校へ行かせるのにすごく決心が必要なだったんだから」

私は初めて知る
母親に生きてほしいっていう思いを

「閉じ込めて生きてくれるならそれでもいいとさえ思ってた。けどねお父さんが学校の話をする○○の顔、本当にイキイキしててって話すもんだから…もういいやって吹っ切れちゃった」

笑顔で話す母親は懐かしむように続ける

「悩んでこういう結果になったこと、後悔してないって言えば嘘になるよ。でもね、○○が普通に生きて、行ってきますっていう言葉を発したあの顔、見られて良かったと思う」

私の頭を優しく撫でてくれる

「毎日帰ってくるかヒヤヒヤしてた。だから毎日、ただいまって帰ってきてくれてありがとう」

でもそんな親心を知らずに反抗するんだからと ふくれた母親は可愛く見えた

「私ね、学校行けて人生で1番嬉しかったよ。ありがとう行かせてくれて」

そんな言葉を返すことしかできなかった

子どもにどんなカタチでもいいから生きてほしいと思うのが親なんだって

そう思えば思うほど死んでもいいって思えた私は何も言えなくて

「ごめんね、何も言えなくて…でも本当にその気持ちは嬉しいと思ってるよ」

どんな言葉を並べたって言い訳にしか聞こえない

どうすればこの優しくて暖かくなるこの気持ちは伝わるのだろう

どんな顔でどんな言葉でどんな触れ方すればいいのか分からない

私が迷っていると母親は優しい声で答えを教えてくれる

「ねぇ、月

________大好きだよ」

母親は暖かい涙を流しながら笑った

本当に綺麗だと思った

その涙には私を想ってくれた色んな感情が込められていて

本当に暖かかった

こうすればよかったんだ
素直な気持ちを言葉にしてこなかった私は分からなかった

ただ言葉にのせれば、どんな短い言葉だって伝わる

________「私もだよ、お母さん」
やはり冬休みを明けてから学校へ行くなんて夢のようだった

毎日治療と検査に耐えるのが精一杯
私の体力は日に日に削られていく

そんな中、今日がテストだと紬と日向のメッセージから知った

私が休み続けているため、心配して紬と日向は事あるごとにメッセージを送り続けてくれていた

しかし私はそれを見て見ぬふり
既読という文字だけが相手に伝わる

私の事実は知らないほうがいい

そう思ったのだ

人を失うことなんてしなくていい
大きな傷をなんて背負わなくていい

私が死んだって事実を後から知って泣いてくれるのならそれでいいの

笑顔の記憶のまま、いなくなる方がきっと。

時計を見ると時計の針は9時をさす

テストはじまったかな

初めてテストを受けなかった
日向と勉強する日々がもう色褪せるように懐かしい

「もう1回、君と勉強したかったなんて言ったら笑うかな」

床頭台に乗せられた1冊のノート

母に教科書とセットで頼んでもってきてもらった

あの時の癖のように私はそのノートに今回の範囲だと思う教科書を広げて書き進める

私のことを思い出すようにって意地悪のつもりで作ったノート

でも今は、そんな楽しかった思い出を巡らせながら書き続ける

最初は私を苦しめるようなノートになっていた

でも今は私が学校に行って普通の女子高生として紛れ込むことができていた日々を思い出すトリガーになっていた

気づけば頬を緩ませていたと思う

初めてテスト期間を1人で過ごして感じる

私は楽しかったの

興味のない人間にはどうでもいいとか思ってたけど

楽しかった

あぁ幸せだったな…と笑うことが出来た

そんなノートになっていた

私のしたかったことがつまってる
夢とさえ思えてしまうほど

そんな日々を自分で壊したんだよね
善と悪の区別がつかなくなったあの日

大切なものを壊した

理想の主人公(完璧)な日向が欲しくて

勝手に恋をした

初めて君と過ごすことがなかったテスト
私の学校行事は突如幕を閉じる

どうしてこんなにも胸が苦しいのか
どうしてこんなにも胸が締めつけられるのか
どうしてこんなにも胸が痛むのか

わからない

私は日向と紬の前から前から去ったの
もう会いたいなんて思うほうがおかしいの

いらないこんな気持ち

あぁ水槽に入ってたのは私じゃないか

金魚鉢の中しか知らない

私は“川”にも“海”にもいない

自然にはいないの

ずっと水槽の中で見えてる世界はあまりにも小さくて代わり映えもしない

自身の存在さえどうでもいいって放り出して
自分の理想(水槽)の中で心地よくずっと泳いでた

いつかなれると信じて

恋愛の主人公(普通の人)に。

そんな私が差し込む光に憧れて、引き込もうとした

私は筆をとめて、外を見た

「ばかだね、私」

私の独り言は部屋にこだまする

虚しさが広がる空間で私は窓を見つめた

優しい陽の光は平等に人を照らす

それは私も同じ

目の前にあるこの木にも同じ

そんな日を浴びて桜の花が咲く頃、私はこの世にいない

私はこの木よりも日を浴びすぎた

だから一足先に散るの

「もう十分なんだよ、日向」

私の独り言には後悔はない

携帯に日向からのメッセージがくる
もう、いいの

そのまま私はそのメッセージに既読という名の返信もせず消した