一拍、二拍、と置いてどちらともなく身を反らした。その拍子に、彼は椅子から転げ落ちてしまう。



「いったたた……」

「だ、大丈夫ですか?」

「えっ、あ、はい! だいじょぶっす!」



勢いよく立ち上がれば、彼の膝が思いきり椅子にぶつかった。地味に痛い二次被害。引きつった顔が赤くなっていく。

うん、そうだよね、痛いよね。



「えっと……申し訳ないけど、ここ閉めなきゃいけないんです」



彼は窓を一瞥すると、空の色に「げっ」とおどろいた。



「もしかして、おれが起きるの待っててくれました!?」

「え? い、いや……」

「すんません!!」



頭を下げられて戸惑ってしまう。

いや、いやいやいや! わたしも読みふけってたし!お互いさま!



「あ、謝らないでください!」

「迷惑かけましたよね。ほんとすんません。もう遅いですし家まで送りますよ!」



気持ちだけ受け取ろうとしても、ぐいぐい食い下がってくる。


なんて義理堅いの。意外と真面目なんだ。第一印象ってあてにならないものだな。

これはお言葉に甘えるしかない……かな。



考えてみれば、男の子とふたりで帰るのってはじめてだ。

校舎を出て少ししてから気づいた。

その貴重な初めてが彼。


……うん、よかったかもしれない。

彼、いい人そうだし。わたし猫より犬派だし。



「おれ、健二っていいます」



隣で自転車を押しながら、彼は人なつっこく口の端をニィと上げた。八重歯がちらりと覗き、どこまでも第二印象を裏切らない。



「健康に、漢字の“2”で、けんじっす」

「けんじ……健二くん、か。1年生?」

「っす。センパイ……すよね?」

「そう、2年。真子っていいます」

「敬語やめてください! タメでいいっすよ!」

「あ、じゃあわたしも。敬語じゃなくていいよ」

「じ、じゃあ……えっと、まこ、さん? は漢字ではどう書くんすか? ……あ、じゃなくて、どう書くの?」



わたしは笑いながら、空中で人差し指をおどらせる。

真実に、子どもで、まこ。

空気にさらされた筆跡をたどり、彼のまなじりがゆるんでいく。



「真子……かわいい名前だね」



なんてことなくさらりと言っちゃうところ、ずるいな。慣れてるんだろうな。

ちょっとドキッとしたのは、不意打ちのせいだろう。



「図書委員なの?」

「うん。健二くんは……図書室とか苦手そうだよね」

「あはは。わかっちゃう?」



うん、わかりやすかったからね。



「ロミオとジュリエット、読んでたね。ごめんね、勝手に見ちゃった」

「はは、全然いーっすよ。ロミジュリ、読んではみたけどすぐ寝ちった」



やわく苦笑する姿は、ぺたんと耳を垂らす子犬にそっくりで、つい笑みがもれた。