────ガタガタッ。
おんぼろなドアがめずらしく開かれた。
言葉を追いかけていた視線を、反射的に横にずらす。
「し、失礼します……!」
わあ、ぴかぴかな色。ふわふわな金髪。
わたし以外に人気のないここにはあまりそぐわない。
ぽかんとするわたしをよそに、金髪の彼は奥の本棚のほうへずんずん進んでいく。
メガネのレンズを拭いてかけ直しても、やっぱりあの金色は消えない。
本当にめずらしい客人だ……。
なにやら古い本を何冊か手にした彼は、テーブルのはしっこに座って読み始める。
わたしは本を盾にまじまじと凝視するが、彼は一向に気づかない。いや、すでに気づいているが、眼中に無いのだろう。
彼の関心は、今、一冊の本へ一心に注がれていた。
むむむっと眉間にしわが寄っていく。うなるように息を吸い、それでもたしかにゆっくりと黄ばんだ和紙をめくる。
わたしも自然と手元の小説に視線を戻した。
コの字に囲われたカウンターの中、座り心地のわるい木製の椅子に深く座り、硬い表紙を指の腹でなぞりながら本の匂いに酔いしれる。
ページをめくる感触と音。窓の外から響く野球部のかけ声。水に溶けたような淡いオレンジの薄明かりが、わたしをここの住人にしてくれる。
秋めいた温度がまたいい。
図書委員には自分から立候補した。
大好きな本を読めるなら、放課後の仕事も苦ではない。むしろ天国だ。
傷みを放置したひっつめ髪と黒縁メガネという古くさい見た目から、委員会決めのとき、お世辞なのか揶揄なのかわからない言葉をもらった。
『まさに図書委員!』
『お似合いだね』
どちらにしろ似合ってるのはふつうにうれしい。
好きなものには染まっていたい。できることならずっと。
だからわたしはよろこんで言葉を抱きしめるのだ。
……あ、100ページ目。
ようやく波乱万丈な2章を読み終えた。おもしろかった。3章で謎がわかるのかな。また謎が増えるのかな。
そういえば、野球のかけ声が聞こえない。
いつの間にか空が暗くなっていた。ちらほらと星がまたたいている。
「えっ、うそ」
あわてて時計を確認すれば、下校時間を過ぎてる。
うわあ、もうこんな時間。やっちゃった。
司書の先生はわたしを信用して図書室を任せてくれているからこういうことはままあるけれど、これは最高記録。
あの金髪の彼もきっともう帰って────
「んん……」
────なかった。
見開きのページに頬をくっつけて眠っていた。
おずおずと近寄ってみる。
くるんくるんとした細い髪。ムラのない金色があまりに鮮やかで、心音をくすぐる。
かわいい寝顔。犬みたい。
……って、ずっと盗み見てちゃいけない。
「あ、あのお……」
軽く体をゆすると、ぐずったようにうなられた。本当に犬っぽい。
下敷きになった本を覗いてみる。
────ロミオとジュリエット。
ずいぶんロマンチックなお話を読んでるんだなあ。
横に積まれてる分厚い本たちは、最近のから昔、平安のものから外国のものまである。
ちょっとチャラけた印象があったけど偏見だったかな。
「……ふへ」
間の抜けた息が耳にかかった。
ロミオとジュリエットから金髪に向けると、金色ではなく焦げ茶色が留まった。
ぱちくりと大きな瞳がまばたいてる。