「あぁ!!!ロミオ、どうしてあなたはロミオなの!!憎いのはその名だけ。お父様と縁を切り、その名をお捨てになって。それが無理なら、せめて私を愛すると誓って」

今のは少し悲劇的過ぎたな……それに『その名』の滑舌がどうしても甘くなってしまう。な行を鍛えよう。あとセリフが走り過ぎてしまった。ここはロミジュリでは見せ場なんだから、しっかりお客さんに伝わるように演技をしないと。恋に少し溺れてしまっているジュリエットを表現しつつ、私自身は自分の演技に酔ってしまうのはダメだ。心は恋に溺れて、頭の中は冷静にーー。
 
自分の演技の課題点をメモに書き留めていく。こうして一人で自主練習をしていると冷静に自分の演技と向き合えるから良い。最初は七海と一緒に練習をしていたけど、彼女が大手芸能事務所のオーデション準備で忙しくなってからは、一人で練習することの方が多くなった。

もう一回、と立ち上がりレッスンルームの壁に貼り付けられている大きな鏡に向かう。さっきの課題点を活かしてーー。
ゆっくりと瞳を閉じて、意識を集中させる。
目の前の景色をーー変えた。

「あぁ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの。憎いのはその名だけ。お父様と縁を切り、その名をお捨てになって。それが無理なら、せめて私を愛すると誓って」

ジュリエットはうっとりしてしまうその綺麗な瞳を見つめて、ロミオに語りかける。

あぁ、今の演技は最高に楽しかった。私は演劇が好きだ。小さい頃、お姫様になりたいと思ったことがあった。だけど、大きくなってその夢は叶わないことだと知った。それでも、たとえ一瞬だったとしてもーー、演劇の世界なら何にでもなれる。お姫様にだって、パン屋さんなどの憧れの職業にも、勇猛果敢な性格のキャラクターにだってなれる。魔法が存在する世界や戦国時代の世界だったり、どこへでも行ける。演劇は物語に深くダイブできる。
だから、周囲の人にどんな言葉を言われても、私は演技を仕事にするんだ。

チャイムが校内に鳴り響く。凛は急いで教室から出て、次の授業へと向かった。



「あなたのことが好きです!!」
「はい、ストップ。今はどんな気持ちでそのセリフを言った?」
「えっと……何となくです……」

一人の女子生徒が「あはは……」と頭をかいて困っていた。

「もっと演技を言語化できるように。情報が少ない中でも数パターンの演技を考えられるようにした方が良い」
「ありがとうございます」

なるほど……演技は言語化できるように。情報が少ない中でも数パターンの演技を……。凛はノートに演技のポイントを書き留めていく。

「次、中嶋の番だーー」
「あ、はい!!」

椅子に座り右手でペン回しをしている尾崎冬夜(おざきとうや)先生の前に立つと凛は一つ深呼吸をした。
よし、腹式呼吸を大切に……気持ちを込めてーー。

「あなたのことが好きです!!!!!」

思いっきり愛の言葉を叫んだ。あまりの声量に俳優専攻の同期は目を驚かせている。
尾崎先生は苦笑いをしながら、「迫力はあるね」と言った。

「今はどんな気持ちで言った」
「さ、最大限の愛を込めてみました……」

先ほどの女子生徒と同様に「あはは……」と頭をかく凛。
そして声のボリュームが途端に小さくなる。

「確かに愛の大きさは伝わってきたが、今はどんな相手にどんなシチュエーションで演技をしたんだ?」
「え、えと……考えてませんでした……」
「じゃあ、次はそこの情報もすぐにまとめられると良いな。あとは中嶋は元から発声がしっかりしているんだから、そんな頑張って声を出さなくても良いと思うぞ?」
「はい。ありがとうございます」

同期たちが座っている方へ向かうと凛はすぐにノートを取り出し、メモをする。
無理をしない。無理をしないーー!!
横に居た七海に「お疲れ」と言われ、ニコッと微笑んだ。

「次は旗本ーー」
「はい!」

呼ばれた七海は尾崎先生の前に立つと静かに瞼を閉じて、一呼吸を置いた。
来るぞ来るぞ……と凛は胸を躍らせ始めた。
スッと長いまつ毛が上に揺れると彼女の瞳は硝子細工のように繊細に光り輝き、そして透明な雫を目元に湛えていた。

「あなたのことが好きです……」

見事に涙が彼女の両目からスーッと流れ落ち顎に伝う。
凄い……凄い!!やっぱり七海は天才で凄い!

「ストップ。今はどんな気持ちで言ってくれたんだ?」
「はい。ずっと両思いで付き合っていた男性が海外に転勤してしまうので、別れの悲しさと改めて男性への愛を伝える為に好きと言いました」
「なるほどな。確かに気持ちや言いたいことは伝わったが、決して泣きには逃げないようにな。独りよがりで泣く場面ももちろんあるが、それ以外でそう泣いてしまうと、観客は冷めてしまう」
「ありがとうございます」

やっぱり、旗本七海は誰にも太刀打ちできないほどのレベルの高い存在だった。
でも、彼女は才能だけじゃなく、努力もしっかりしているのを凛は知っている。
だから、私も彼女を見習い、努力をして一歩前進するのだ。
私は演じることが大好きだ。だから、大きな舞台に立つためにこれからも頑張っていく。