私も何度か本を貸してもらったことがあり、懐かしくなってつい手が伸びてしまう。


本を開こうとした時後ろから「焼香してやってね」と言われて手を引っ込めた。


ここでやる葬儀らしいことと言えば焼香くらいなものなのだ。


私は丁寧に焼香を済ませると、リビングに通された。


麦茶を出してくれた信行のお母さんにお礼を言って一口飲むと、緊張がほぐれていくようだった。


「信行の本はもう図書館に?」


「えぇ。昨日のうちに持っていったの。見ているとつい探してしまうから」


探すとは、本の中の誤字、または本の虫のことだ。


同じ本を何度か読んでいると明らかに誤字の場所が移動しているときがある。


それはその誤字が人間だったことを物語っていて、今は本の虫として縦横無尽に本の中を動き回っているということだった。


信行のお母さんと会話している最中にまた冷や汗が出てきて、私は慌ててポケットサイズの本を取り出した。