それは今意識が朦朧としてきている彼が両手で胸に抱きかかえている。


どれだけ弱ろうが意識がなくなろうが、これだけは絶対に手から離してはいけないものだ。


なにせ活字中毒者は活字に変化したときに、持っている本に入り込む。


そのために入院前には必ず自分にとって最上の本を選んで持ち込むことになっているのだ。


そうこうしている間に横たわっている信行が目を閉じてしまった。


あのギョロ目がちゃんとまぶたの内側に収まってしまうことが不思議で、私は少し身を乗り出して信行の顔を確認した。


「信行、信行!」


信行の母親が信行の体にすがりついて泣き始めたので、私は一歩ベッドから遠ざかった。


死ぬわけじゃない。


大好きな活字になるのだ。