高校時代からギターに興味を持ち、自作ソングを作って遊んでいた俺は、高校卒業と同時に事務所から「歌をやらないか」と正式に持ち掛けられた。メンバーは全員、同じ事務所で高校時代一緒の寮で生活していた同期の俳優たち。
今音楽業界はCDが売れない、CDが売れないと嘆いているが、三年前にデビューした俺たちのバンド「バージンブレイカー」のデビューシングルはオリコン初登場一位、百万枚のヒットを叩き出した。
購入者全員にサイン入り生写真をプレゼントするという企画がウケたのだ。あれだけの量のサインを書くのは初めてで、一週間事務所に泊まり込み、ろくに睡眠もとれない生活で、大変だったけど。
今日ライブをやるハコは新木場(しんきば)にある。駅前や会場周辺には早くも物販に並ぶ女の子たちの姿が目立ち、俺は櫛笥に連れられて関係者入り口から中に入った。控室でメンバーが寛(くつろ)いでいる。
「夏樹、お前、夕べもろくに寝てねぇだろ? すげぇ隈(くま)だぞ」
ギターの市原(いちはら)瑛士(えいじ)が言ってくる。瑛士は寮の仲間で一番気が合って、高校時代は寮にこっそり持ち込んだ酒や煙草で一緒に飲み会をしていた。ギターも一緒に弾いていた。もともと音楽の素質があって、ギターの腕前は俺よりずっとハイレベルだ。
「後でメイクで隠すので大丈夫です。それよりリハーサルを」
櫛笥が言う。ちゃんとしたバンドなら本番の一日前にたっぷり時間をとってリハーサルをやるが、なんせ俺たちは本業は俳優、音楽はファンサービス。リハーサルに一日時間を割くほどスケジュールに余裕はない。
「ジーンズに穴開いてるぞ」
ベースの奥村(おくむら)和樹(かずき)が言ってくる。和樹は舞台の仕事が多く、公演で全国を飛び回る生活だ。
「煙草の火種が落ちたんだよ」
「うあっ、マジうけるわそれ。夏樹って時々、そういうドジやらかすよなー!」
ドラムの曽野(その)恵介(けいすけ)が言った。恵介は一年前に俺が主演を務めた映画に助演として起用されて以来、少しずつドラマや映画のオファーが来るようになっている。
「笑うなよ。もうちょっとで手に落ちるところだったんだぜ?」
「俳優、しかもギタリストが手を火傷したりしたら笑えないもんな」
そう言うのはピアノの古市(ふるいち)琢也(たくや)。三歳の頃からピアノをやっていたという彼の演奏は見事で、俳優なんかよりピアニストになった方がいいんじゃないかと俺はひそかに思っている。
「機材の調整がまだ完全に終わってないんですが、リハーサルはあらかじめ決めたスケジュール通りに進めさせてもらいます。一曲目はこれ」
櫛笥が五人にA4用紙を手渡して回ってる。今日の曲順に加え、どこでMCを入れるか、なんてところまできれいに書き込まれている。櫛笥の仕事は丁寧だ。
リハーサルが終わり、スタイリストが用意した服に着替え、メイクをして本番。開場されると、そこまで大きくないハコの中にぎゅうんと熱気がこもる。この中の女の子の九十九パーセントは俺を見に来ている。
瑛士も和樹も恵介も琢也もイケメンだが、この中で一番格好いいのは俺。知名度があるのも俺。「バージンブレイカー」は俺のためのバンドなのだ。
会場が暗くなり、うあああっ、と女の子たちの波のような嬌声(きょうせい)が上がる。俺たちは順番に登場する。瑛士。和樹。恵介。琢也。最後に俺。俺が一歩ステージに歩み出た途端、嬌声は悲鳴に変わる。なつきー。なつきくーん。女の子たちの恋よりも愛よりも強い思いがこもった叫び声に、笑顔で応え、マイクを握る。
「今日は外めっちゃ寒いけど、そんなこと関係なしに歌うからなー! お前らも楽しんでけよ!!」
うああああぁ、と歓声が上がる。ギターが吠え、ベースがリズムを刻み出し、ドラムが轟音を立て、ピアノが叫ぶ。「バージンブレイカー」の代表曲であり、俺が作詞した歌。九十年代の洋モノのロックを彷彿(ほうふつ)とさせるメロディに乗せ、大人に反抗する若者の怒りを書いた曲。
演技をするのもインタビューに答えるのもテレビに出るのも面白いけれど、なんだかんだで一番、ライブが好きだ。オレンジのスポットライトを浴び、女の子の歓声に満ちたステージで歌う時、誰よりも世の中に必要とされている、そんな気がする。
何千もの目が、俺を見ている。俺だけを。
その瞳は、俺の金と、地位と、名声とイコールだ。俺を見る瞳の数だけ、俺は大きくなれる。この瞳たちを、もっともっと熱くさせて、潤ませて、輝かせて、増やして。そして俺はいつか豪邸に住み、三十代後半くらいできれいな若手女優と結婚し、一生舞台の上で活躍し続けるのだ。
だから、俺を見ているキャーキャー喚(わめ)く女共、そのままでいいんだ。願わくば永遠に俺を見続けていてほしい。おばさんになっても、おばあちゃんになっても。
今音楽業界はCDが売れない、CDが売れないと嘆いているが、三年前にデビューした俺たちのバンド「バージンブレイカー」のデビューシングルはオリコン初登場一位、百万枚のヒットを叩き出した。
購入者全員にサイン入り生写真をプレゼントするという企画がウケたのだ。あれだけの量のサインを書くのは初めてで、一週間事務所に泊まり込み、ろくに睡眠もとれない生活で、大変だったけど。
今日ライブをやるハコは新木場(しんきば)にある。駅前や会場周辺には早くも物販に並ぶ女の子たちの姿が目立ち、俺は櫛笥に連れられて関係者入り口から中に入った。控室でメンバーが寛(くつろ)いでいる。
「夏樹、お前、夕べもろくに寝てねぇだろ? すげぇ隈(くま)だぞ」
ギターの市原(いちはら)瑛士(えいじ)が言ってくる。瑛士は寮の仲間で一番気が合って、高校時代は寮にこっそり持ち込んだ酒や煙草で一緒に飲み会をしていた。ギターも一緒に弾いていた。もともと音楽の素質があって、ギターの腕前は俺よりずっとハイレベルだ。
「後でメイクで隠すので大丈夫です。それよりリハーサルを」
櫛笥が言う。ちゃんとしたバンドなら本番の一日前にたっぷり時間をとってリハーサルをやるが、なんせ俺たちは本業は俳優、音楽はファンサービス。リハーサルに一日時間を割くほどスケジュールに余裕はない。
「ジーンズに穴開いてるぞ」
ベースの奥村(おくむら)和樹(かずき)が言ってくる。和樹は舞台の仕事が多く、公演で全国を飛び回る生活だ。
「煙草の火種が落ちたんだよ」
「うあっ、マジうけるわそれ。夏樹って時々、そういうドジやらかすよなー!」
ドラムの曽野(その)恵介(けいすけ)が言った。恵介は一年前に俺が主演を務めた映画に助演として起用されて以来、少しずつドラマや映画のオファーが来るようになっている。
「笑うなよ。もうちょっとで手に落ちるところだったんだぜ?」
「俳優、しかもギタリストが手を火傷したりしたら笑えないもんな」
そう言うのはピアノの古市(ふるいち)琢也(たくや)。三歳の頃からピアノをやっていたという彼の演奏は見事で、俳優なんかよりピアニストになった方がいいんじゃないかと俺はひそかに思っている。
「機材の調整がまだ完全に終わってないんですが、リハーサルはあらかじめ決めたスケジュール通りに進めさせてもらいます。一曲目はこれ」
櫛笥が五人にA4用紙を手渡して回ってる。今日の曲順に加え、どこでMCを入れるか、なんてところまできれいに書き込まれている。櫛笥の仕事は丁寧だ。
リハーサルが終わり、スタイリストが用意した服に着替え、メイクをして本番。開場されると、そこまで大きくないハコの中にぎゅうんと熱気がこもる。この中の女の子の九十九パーセントは俺を見に来ている。
瑛士も和樹も恵介も琢也もイケメンだが、この中で一番格好いいのは俺。知名度があるのも俺。「バージンブレイカー」は俺のためのバンドなのだ。
会場が暗くなり、うあああっ、と女の子たちの波のような嬌声(きょうせい)が上がる。俺たちは順番に登場する。瑛士。和樹。恵介。琢也。最後に俺。俺が一歩ステージに歩み出た途端、嬌声は悲鳴に変わる。なつきー。なつきくーん。女の子たちの恋よりも愛よりも強い思いがこもった叫び声に、笑顔で応え、マイクを握る。
「今日は外めっちゃ寒いけど、そんなこと関係なしに歌うからなー! お前らも楽しんでけよ!!」
うああああぁ、と歓声が上がる。ギターが吠え、ベースがリズムを刻み出し、ドラムが轟音を立て、ピアノが叫ぶ。「バージンブレイカー」の代表曲であり、俺が作詞した歌。九十年代の洋モノのロックを彷彿(ほうふつ)とさせるメロディに乗せ、大人に反抗する若者の怒りを書いた曲。
演技をするのもインタビューに答えるのもテレビに出るのも面白いけれど、なんだかんだで一番、ライブが好きだ。オレンジのスポットライトを浴び、女の子の歓声に満ちたステージで歌う時、誰よりも世の中に必要とされている、そんな気がする。
何千もの目が、俺を見ている。俺だけを。
その瞳は、俺の金と、地位と、名声とイコールだ。俺を見る瞳の数だけ、俺は大きくなれる。この瞳たちを、もっともっと熱くさせて、潤ませて、輝かせて、増やして。そして俺はいつか豪邸に住み、三十代後半くらいできれいな若手女優と結婚し、一生舞台の上で活躍し続けるのだ。
だから、俺を見ているキャーキャー喚(わめ)く女共、そのままでいいんだ。願わくば永遠に俺を見続けていてほしい。おばさんになっても、おばあちゃんになっても。



