親愛なる背中へ

 でも、こんな義理チョコめいたものでも、受け取ってくれなかったらどうしよう……。

 無理矢理手の中に押し込んでしまったけど、こんなものでも私の気持ちを知っているなら受け取れないと、返されてしまう可能性もなくはなかった。

 先生がそろりと振り返る。
 手のひらのチョコレートを確認すると、私の予想に反して穏やかな笑みを向けてくれた。

 それだけで私は、先生の背中を追いかけてよかったと思えるぐらい、幸せだった。


「ありがとうは、こっちの台詞だ。ありがとな、中西。大事に食べるよ」

「大事にしすぎて、食べ忘れないでくださいよ? ……あ、そうだ。煙草を吸いたくなったら、代わりにそれでも舐めてくださいよ。煙草ばっかり吸うよりは、身体にいいと思うし」

「たったのチョコレート5個で煙草代わりとか……。1日ももたないな、いや、1回分もないか……」

「いやいや、そこは頑張って禁煙にもっていってくださいよ」

「まあ、ぼちぼちな」


 いつものように笑い合って、先生と煙草の話をする。先生と出会った場所で、出会った日と同じように。

 相変わらずなその会話が、私たちのちょっとだけ特別な放課後の、山内先生との最後の時間だった。


【END】