親愛なる背中へ

 声を出せない。でも先生の言葉がちゃんと聞こえて心に届いてることはわかってほしくて、何度も頷いた。

 わかってた。痛いぐらい、わかってしまった。
 先生がどれだけ私を“生徒”として大事に思ってくれているのか。

 だって先生は私の気持ちに気付いていたのに、放課後のふたりの時間を避けたりはしなかった。

 ずっと“生徒の中西”に、他の生徒と分け隔てなく接してくれていた。

 それは特別感なんてなくて、先生を好きな私からすれば切ない現状だったけど……今ならわかる。それが先生の思いやりだったって。

 きっと、気持ちを言わせてくれないのもそう。

 自分のことはこれからの私に必要ない存在だって言うくせに、先生はきっと旅立つ私をこれからも大事な“生徒”でいさせてくれるのだろう。なにも言わせないで聞かないで、私たちの関係が“先生と生徒”のままで終わるからこそ。

 ……ずるいね、先生。嫌になるぐらいの優しさだね。

 私は結局、先生の背中をただ黙って見つめることしか許されないんだね。

 でも、もう、これ以上先生の願いを踏みにじるようなことも私にはできないから。だから……ちゃんと私が、終わらせなきゃいけないんだ。

 手のひらをぎゅっと顔に押し付けて、いつまでも溢れ出そうとしてくる熱い感情を自分の奥底へ隠した。

 ゆっくり顔を上げる。先生を見た。

 泣いてしまった私に申し訳なさそうに笑う彼に、私は今日ここに来たときと同じように、いつもと変わらない素振りを意識しながら声を出した。

 下手くそな笑みを浮かべて、もう私は大丈夫だと伝える。