親愛なる背中へ

 これで最後だなんて、嫌だ。さよならなんて、したくない。

 喪失感とともに浮き彫りになるのは、自分でも呆れるくらい、子供じみたわがままな思いだった。

 なにもなかったように自分の感情を押し込められる冷静さなんて、まだ全然大人になれていない私は持ち合わせていなかった。

 本当は、怖い。言ってしまえば、先生との楽しかった思い出さえ黒く塗り潰すことになりそうで。

 それでも私は……まだ言えてない一番大事な想いを、ちゃんと先生に伝えたいよ。

 きっと叶わないって、最初から知っていたとしても。先生を追い続けた想いを、なかったことにはできない。

 馬鹿みたいなわがままだけど、先生と出会って生まれた気持ちを、先生にも知ってもらいたかった。


「……山内先生っ!!」


 校内に戻ろうと私の横を通り過ぎた先生を、慌てて呼び止める。

 唇からはみっともないくらい必死な思いが今にも飛び出してしまいそうで、緊張と恐怖で制御できないほど全身が小刻みに震えていた。

 私が大好きな背中がゆっくりと振り返って、先生と目が合う。どんなに正面から目を見ても、なにを考えているのか私にはまったくわからない。


「あ、あの。私……私、ずっと先生のことが……っ!」

「――中西」


 言葉は、最後まで言えなかった。

 言わせて、もらえなかった。

 数歩ぶんの距離を長い脚で容易く詰めてきた山内先生の、その綺麗な指が、そっと私の唇に押し当てられたから。