親愛なる背中へ

「卒業しても、元気でな」


 ふわりと鼻に届く苦い匂い。どこかもの悲しそうな笑みとともにこぼされた、まるで最後の別れのような言葉。

 ……息が止まるんじゃないかっていうぐらいに、胸が苦しくなった。


「……っ、はい」


 この時間が終わるとわかっていた。

 それでもまだ続くんじゃないかって夢心地に期待している自分も確かにいたから、先生の口から現実を突きつけられてつらくなる。

 2月半ばの今日は、高校3年生の私にとって、最後の登校日だった。

 正確に言うとまだ2月末日に卒業式の予行練習だってあるし、その翌日の卒業式の日が本当の意味での最後の登校日になる。

 まだ2回、学校には来る。でもその2日間は、きっとここで先生と会うこともないだろう。

 先生はもう会う気がないのだろうと、ふたりだけの些細な時間はこれで最後だと、さっきの言葉で感じとってしまった。

 先生が突如醸し出してきた別れの気配に、まだ受け入れる準備をできていなかった心が怯えて震え出す。

 山内先生は今年度も、隣のクラスの担任だった。
 黒板の前に立つ背中も、教室でホームルームを行う先生の姿も、私はもう見られない。卒業式で、名前を読んでもらうことさえ叶わない。

 今が終われば、本当にもう、終わってしまう。

 今が本当に、最後なの……?

 認めたくない終わりが、嫌でも私の心に浸透してくる。それと同時に、急速に喪失感に襲われるような気がした。