私は鏡に映る自分の顔をまじまじと見る。
 いつもよりどこか大胆に、けれども落ち着きのある化粧が施されている。

 普段は、あまり気合を入れて化粧はしないのだが、今日は違う。
 そう、今日……2月29日は私にとって特別な日なのだ。

 2月29日は、4年に一度訪れる閏年。
 私はこの日にだけ、彼と会う事ができる。

 彼との待ち合わせ場所は決まっていつも同じ桜の木の下。
 まだ2月だから桜が咲くには早く、どこか寂しげな表情を浮かべているようだった。

「今年も来てくれたんだ。」
 彼はどこか恥ずかしそうに少年の様な笑顔を浮かべ言った。
「当たり前じゃない。」
 私もどこか恥ずかしく下を向きながら話す。

「4年ぶりだけど何か変わったことはあった?」彼は私の姿をまじまじと見ながら質問する。
「大学卒業して、就職したよ。」私がそう言うと彼は、「確かに大人の女性になった感じがする」と、どこか納得した風に言った。
 あの日から何も変わらない彼が。

「化粧の仕方とか、服にも気を使ってみたんだけどどうかな?」そう聞くと、彼は「うん、似合ってるよ。」そう言ってくれた。

 4年間の想いや言いたいことは沢山あるのだが、彼を目の前にすると用意していた話題が何も出てこない。
 それは、お互いに言えることなのだろう。
 互いに当たり障りのない会話しかできないまま時間だけが過ぎていく。

「ねぇ、また4年後も私ここにくるけど、次来るとき私どんなんなってるかな?」
「次来るときは28歳だからもっと大人になってるんじゃない?」彼はキャリアウーマンになってたりしてと付け加え笑う。
 私も一緒になって笑った。今私は24歳だが、4年前の二十歳だった頃に今の自分が想像できたかと言うとそんなこと全然なかった。元々やりたい仕事があり、漠然とその業界に入るのだとばかり思っていたのだが、蓋を開けてみると全く違う畑で仕事をしていた。要は人生何が起こるか分からないのだ。現在働いている仕事はやりがいがあり面白い。
 もし、二十歳の頃の私が今の私を見たらなんて言うだろうか。「夢を諦めたの?」はたまた「いい仕事見つけたね。」と褒めてくれるだろうか。分からない。分からないが人生は選択の連続だ。沢山の選択肢の中から一つを選ぶ。選択を続けた先に将来の自分があるのだ。

「それじゃあ、また4年後に会おうね。」
「うん。待ってる。4年後にまたここで。」
 私は振り返ることなく彼の元を後にした。

 ◇◇◇
 あれから4年の月日が流れる。
 私は鏡を見て自分の身嗜みを整えていた。
 彼との約束の日だ。

 あの場所へ私は向かった。

「今回も来てくれたんだ。」
「当たり前じゃない。」

「ねぇ、一つ聞いていい?」彼はそう言って質問してきた。「隣にいる子は誰?」私にくっ付いて離れない男の子のことを言っているのだろう。

「……私の子だよ。」
「え?」
「だから私の子供。私結婚したの。」
 彼はそれを聞いて小さく「そうなんだ。」と呟いた。

「お母さんになったんだ。……キャリアウーマンじゃなくて。」
「うん。そうみたい。4年の間に結婚して子供も出来た。」
「俺てっきり……」彼は歯切れ悪く言う。
「てっきり何?」
「いや、なんでもない。」
「好きだったよ。貴方のこと。」
 私は4年間……いや、ずっと秘めていた想いを彼にぶつける様に言った。
「え……」それを聞いて彼は嬉しさの中に戸惑いと困惑の表情を見せる。
「好きだった。いや、今でも貴方のことずっと好き。」
「なら、なんで?」

「貴方は私にとってかけがえのない人。忘れられない人。……でも貴方はもうこの世にいない。」

 12年前の2月29日。彼は事故でこの世を後にした。当時高校生だった私はその知らせを聞いてわんわんと泣いた。幼なじみだった彼が……想いを寄せていた彼が急にいなくなってしまった。
 けれど何故だろう?4年に一度訪れる彼の命日にだけ彼に出会うことができた。彼は当時のまま変わらない。高校の制服を来てどこか子供の様な顔を残してあの頃で時が止まっていた。

「私ね。この4年間……いいえ、貴方が居なくなってからずっと考えて分かったことがある。」
「分かったこと?」
「うん。人はさ、出会いと別れを繰り返すものなの。どんなに長く居たいと思っても必ず別れが訪れる。でも、その別れの先には新たな出会いが待ってるの。」
「それじゃあ、君は僕を置いて新しい場所へ行くっていうの?」
「そうじゃない。きっと出会いと別れを繰り返して巡り巡ってまた貴方に出会う。」
「……どう言うこと?分からないよ。」
「貴方も次に進むのよ。私がそうした様に。私は過去に囚われることをやめた。だから貴方も貴方の道を歩むの。」
「僕はもう死んでいるんだ。先なんかあるわけないだろ。」

「ううん。そうじゃない。……あのね。私今お腹の中にもう1人赤ちゃんがいるの。」
「……そうなんだ。」彼はよかったねと言う反面それで?と言う顔をした。

「この子の名前もう決めてあるの。祐って名前。」
「それって……」
「そう、貴方と同じ名前。」
「……そっか。」
「きっと私たちは、繋がってる。絶対どんな形でもまた出会うことができるはずよ。だから貴方も恐れないで新しい場所へ向かって。」

 それを聞いて彼の表情は今まで見たことない柔らかいものに変わった。

「いつのまにか君は大人になっていたんだね。僕はずっと16歳で時が止まったままだ。けど君の言う通り僕も新しい道を行く時が来たのかもしれない。」
「うん。ここで私達は、お別れ。……また新しく出会うためのお別れ。」私はそう言いながら目から涙がポロポロと溢れ落ちていた。

 最期に彼とハグをした。
 どれくらいの時間だったか分からないが気づけば目の前に彼の姿はなかった。彼とのハグはどこか暖かく、今なおそれをお腹の中で感じている。

 もう、4年後にここを訪れることはないだろう。
 明日から3月が始まる。チラホラと花が咲き始 め、新たな春が直ぐそこまで訪れていた。