「大垣くんがバカなわけないよ。ただ、一途にお姉ちゃんが好きだっただけだもん。わたしは大垣くんにお姉ちゃんと別れるように散々言ったけど、大垣くんはそれでもお姉ちゃんのこと諦めなかった。それだけの覚悟を持ってお姉ちゃんを好きになった自分のことを、バカだなんて思わないでよ。わたしは大垣くんのこと……すごいと思うよ」


 大垣くんの友達として、大垣くんの好きな人の妹として。ずっと、きみのそばにいたから。
 その気持ちが生半可なものじゃないって、ちゃんと知っている。

 優しい瞳でお姉ちゃんのことを話してくれる幸せに満ちた姿に、何度も嫉妬したり羨ましくなったりもした。それぐらい、気持ちの大きさは理解してるつもりだよ。


「結果的に大垣くんが傷付いてしまったけど、それは大垣くんのせいじゃない。だから、そんなに後悔しないで……」


 大垣くんをこんなにも悲しませているのは、お姉ちゃんのせいでもあるけれど。
 ……きっとわたしも、彼を傷付けた人になるのだろう。

 いくらお姉ちゃんに口止めされていたとはいえ、真実を教えてあるべきだった。

 本当に大垣くんのことを大切に思うのなら、最悪な結末を迎えるのを少しでも避けてあげるべきだったのかもしれない。

 今となってはもう、叶わない願いだけれど……。


「……うん」


 納得するように頷いてからわたしと目を合わせた大垣くんの瞳はいつの間にか潤んでいて、瞬きとともに涙が生み落とされる。丸い粒がなだらかな頬を静かに滑り落ちる様は、雨の一生を見ているようで不思議な気分になった。

 大垣くんが抱える様々な気持ちが、流したたくさんの涙が、いつか形を変えてでも報われてほしい。そう、願わずにはいられなかった。

 落ちた雫の跡を手の甲で乱暴に拭うと、大垣くんは切り替えるように口角を上げてから意思がこもった声で言う。


「……大丈夫だよ、美希。俺、美保を好きになったことは後悔してないから」

「……そっか」


 清々しさを含んだ表情を向けられて、安堵する反面、やっぱり複雑だった。
 後悔していないという言葉の裏側で今もなお、お姉ちゃんへの気持ちが燻っているのが垣間見えたような気がしたから。


「……なあ、美保の旦那さんってどんな人? 昨日、結婚式だったんだろ?」


 意を決した声での突然の質問に、戸惑いと驚きで声が出なかった。
 その話は避けた方がいいと思っていたから、余計に。

 確かに昨日は、お姉ちゃんの挙式だったけど……。
わざわざ、自分を捨てて選んだ人との話を聞きたいの?