これからのことを憂鬱に思っているわたしの隣で、大垣くんはワイシャツの端を雑巾みたいに絞っていた。
 わたしも真似して、セーターを絞ってみる。だけど濡れている見た目に対して、そんなに雨水は落ちてこなかった。


「美希、ありがとな」


 突然の言葉に何事かと思って顔を上げると、大垣くんがわたしを見て穏やかな表情をしていた。


「俺、美希が来てくれなかったら今もずっと雨に濡れてたと思う。でも美希のおかげで目が覚めた。だから……ありがとな」

「……お礼なんていいよ。大垣くんが悲しまないなら、わたしはそれだけでいいんだから」


 そう言いながら、気恥ずかしさで視線が足元を彷徨う。さっきは大胆に抱きついて、もっと偉そうなことを言っていたのだから、今さらなんだけど。


「ふは、わかった。じゃあ、もう悲しまないようにするわな」


 八重歯を出して、大垣くんは息をこぼすように笑っていた。でもその表情は言葉のわりに、心なしか無理をしているように見えて仕方がない。
 だけど大垣くんが笑ってそう言うから、わたしはそれ以上干渉するようなことは言えなかった。

 わたしが黙り込むと、大垣くんがぽつりと話し始めた。
 二人きりの静かな階段の踊り場に、彼の言葉は雨のように落とされる。


「なんとなく……だけどさ。美保に本気にされてないのはわかってたんだ。まあ、それは教師と生徒っていう関係のせいだと思ってたんだけど……。俺、自分でも驚くぐらい美保のことが好きなんだよ。だから俺に優しくしてくれる美保の気持ちは本気だって信じたくて、それには気付かないフリしてた。だから美希が忠告してくれても、別れるなんて答えは出したくなかったんだ」


 大垣くんは苦しそうに言って俯く。黒髪の毛先から、ポタポタと水が落ちた。


「……でも、バカだよな。美希が言ってくれることが一番正しかったのに、それを拒むなんて。おまけに美保は別のやつと結婚するしさ。俺は結局、美保の気持ちなんてなんにもわかってなかった。ほんと俺って、バカだよ。美希の言うこと聞いて早く別れておけば、こんなに傷付くこともなかったのに……」


 さっきまで浮かべていた笑顔はやっぱり無理していたものらしく、大垣くんが震えた言葉を発すれば発するほど、その表情は元通り苦しそうなものに変わっていく。

 それでも、涙が落ちないのが救いのように思えた。


「大垣くんは、バカなんかじゃないよ」


 首を横に振って、はっきりとそう言う。

 見えない涙を掬うように、言い聞かせるためにももう一度言ってから、ゆっくりと言葉を選んだ。