「……ひとりじゃ、ないよ」

「……」

「大垣くんは、ひとりじゃないよ。大垣くんがお姉ちゃんをどれだけ好きで、どれだけ今、傷付いているのかも……。全部、わたしは知ってるよ。だから……」


 名残惜しい気持ちを抱えながらも、そっと大垣くんから離れて顔を見上げた。
 驚いて泣きやんだ彼が、わたしを見つめる。

 大垣くんの瞳に映っているのは、わたしだけ。

 些細な独占に少し嬉しさも感じてしまうなんて……わたしも、相当残酷なのかもしれない。


「……その悲しい気持ち、ひとりで抱え込んで泣かないで。その悲しみ、わたしにも背負わせてよ」


 ――大垣くんが、好きだから。

 だから、あんな最低な人のせいでいつまでも悲しまないで。

 大垣くんがどれだけお姉ちゃんを好きだったとしても、それで笑えるなら、幸せだと思ってくれているのなら。わたしの気持ちに気付いてもらえなくても、別にそれでよかった。

 だって、大垣くんの笑った顔が何よりもが好きだったから……。

 でも大垣くんは今、つらい思いをしてこんなにも悲しんでいる。

 そんなの、嫌だよ。だったらいっそ、わたしにもその悲しみを分かち合わせて。

 ひとりで全部を、抱え込もうとしないでよ……。

 頬に温かい雫が流れ始める。
 冷たくないそれはわたしが大垣くんを思う気持ちで、雨粒よりも大きな粒となって何度も生み出される。

 顔に降り注ぐ雨よりも主張しているそれに、大垣くんも気付いたらしい。驚いたように瞳を丸くして言った。


「……なんで、美希が泣くんだよ」

「だ、だってっ……」


 理由なんて言えるわけない。大垣くんの気持ちを考えると、自然と流れるのだから。

 泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、隠すように慌てて手のひらで顔を拭う。それでも雨のせいで未だに濡れたままのわたしの顔を見て、大垣くんがふっと息を漏らした。

 まだ悲しそうだったけど、やっと微かに笑みを向けてくれた瞬間だった。





「あーあ、二人ともびしょ濡れだな」

「本当だね。見事に濡れちゃった」


 屋上から校舎の中に入り、お互いの姿を見て苦笑いした。

 二人とも、頭のてっぺんからつま先まで至るところが見事に濡れてしまっている。ずっと前から雨の中にいた大垣くんは、もはやシャワーを浴びたみたいだ。

 途中から傘を落として濡れ始めたわたしでさえも、よく見ると結構濡れていた。あれほど広がっていたわたしの天然パーマの髪の毛も、雨水を吸い込んで真っ直ぐに伸びている。

 あいにくカバンは教室に置いてきてしまったので、拭くものが手元になかった。

 こんな状態のままで教室に帰るの、大変だろうなぁ。途中で誰かに会わなきゃいいけど……。