駅へと向かう人の波に抗い、私は先ほど荻野先生と歩いてきた道を一人で引き返す。黙って足を動かすが、頭の中は騒がしい。
意味がわからない。わけがわからない。荻野先生が好きだった人が、私のパパ?そりゃあ私に似てるでしょうね。だって私のパパなんだから。
私が好きな荻野先生はパパに惚れてて。パパは荻野先生と不倫して。
なんだよそれ。それじゃあ私は、誰からも想われていない、邪魔者じゃないか。
このぐじゃぐじゃとした感情を誰かと分かち合いたいと思いながら、誰の顔も思い浮かばないまま、気づけば私は塾まで戻っていた。すでに電気が消え、誰もいない真っ暗な塾はとても寂しく思えた。
「君、ここの塾の生徒?」
影の中から声が聞こえ、目をこらすと輪郭がうっすらと見える。声は中年のそれなのに顔は大学生くらいにも見える。
ナンパ、いや不審者か、と身構えたが、私はすぐに体の力を抜いた。普段なら無視をしたり、すぐに走って逃げるが今はもうどうでもいい。
だって私は誰からも想われていない、一人だから。
「そうですけど」
「荻野って講師知らない? 関係者なんだけど」
荻野? 今一番聞きたく名前だっつーの。
「知りません」
「マジかー」
どうしよっかなー、と身体をさすっている男の人。
あれ? もしかして荻野先生と一緒に住んでる……。
「草野さん、ですか?」
「そうだけど、なんで名前……」
やっぱりそうだ、と目の前の男が不審者ではないことを無意識に安心すると同時に、一つの疑問が浮かぶ。パパのことが好きだと言う荻野先生と今現在一緒に住んでる、ってことは。
「もしかして、荻野先生の彼氏とかですか?」
「きもっ」
「え」
「俺ホモとか無理だから」
草野さんはケラケラと笑う。軽い調子でいっているが、本心なのだとわかった。だからこそわからない。
「じゃあなんで荻野先生と一緒に住んでるんですか?」
「それは別に、あいつがホモになる前から知り合ってたからセーフ、みたいな」
「セーフ……」
「てかあんまり関係ないから。俺に手出してこない限りは。出してきたら殴るけど」
関係、ないのかな。
でも不思議と草野さんの言葉には説得力があった。実際に一緒に住んでいるわけだし。何より男を好きになるとかよりも、荻野先生個人を見ているように感じた。
そう言う意味だったのか。
私は少し前の荻野先生との会話を思い出す。
『え?! 荻野先生一人暮らしじゃないんですか?』
『そうだけど』
『彼女ですか? お嫁さんですか? 先生指輪してないですよね?』
『お、男だよ。ただの友達』
『よかったー』
『いや……あぁ、やっぱいいや』
『いや? なんですか?』
『いや、ただの友達じゃなくて、大切な友達だよ……』
『うわ、先生照れてる! 可愛いね』
『そうですか』
恥ずかしそうな荻野先生の表情を思い出すと自然と笑みがこぼれた。そして私の頭にはまりの顔が思い浮かんだ。いつもの笑っている顔だ。
そうだ。そうだった。私は一人じゃない。
私にも、大切な友達がいる。
「荻野先生、駅の方にいますよ」
「もう帰ったか。じゃあいいや」
草野さんはそばに立ててあった自転車にまたがると「どうもね」と一瞥してふらつきながら夜の闇へと消えていった。
私はかじかむ指をカイロで温めながらスマートフォンを操作し、まりへ通話をかける。通話は一度のコールでつながったが、私は声が出せなかった。
今までごめん。本当はずっと謝りたかった。都合が良すぎるけど私の話を聞いて欲しい。
まりに言いたいこと、言うべきことがありすぎて喉の奥でつっかえる。すると、通話の向こうで上着を羽織る音が聞こえた。
「いつものファミレスでいい?」
私は小さく、そして強く頷いた。
意味がわからない。わけがわからない。荻野先生が好きだった人が、私のパパ?そりゃあ私に似てるでしょうね。だって私のパパなんだから。
私が好きな荻野先生はパパに惚れてて。パパは荻野先生と不倫して。
なんだよそれ。それじゃあ私は、誰からも想われていない、邪魔者じゃないか。
このぐじゃぐじゃとした感情を誰かと分かち合いたいと思いながら、誰の顔も思い浮かばないまま、気づけば私は塾まで戻っていた。すでに電気が消え、誰もいない真っ暗な塾はとても寂しく思えた。
「君、ここの塾の生徒?」
影の中から声が聞こえ、目をこらすと輪郭がうっすらと見える。声は中年のそれなのに顔は大学生くらいにも見える。
ナンパ、いや不審者か、と身構えたが、私はすぐに体の力を抜いた。普段なら無視をしたり、すぐに走って逃げるが今はもうどうでもいい。
だって私は誰からも想われていない、一人だから。
「そうですけど」
「荻野って講師知らない? 関係者なんだけど」
荻野? 今一番聞きたく名前だっつーの。
「知りません」
「マジかー」
どうしよっかなー、と身体をさすっている男の人。
あれ? もしかして荻野先生と一緒に住んでる……。
「草野さん、ですか?」
「そうだけど、なんで名前……」
やっぱりそうだ、と目の前の男が不審者ではないことを無意識に安心すると同時に、一つの疑問が浮かぶ。パパのことが好きだと言う荻野先生と今現在一緒に住んでる、ってことは。
「もしかして、荻野先生の彼氏とかですか?」
「きもっ」
「え」
「俺ホモとか無理だから」
草野さんはケラケラと笑う。軽い調子でいっているが、本心なのだとわかった。だからこそわからない。
「じゃあなんで荻野先生と一緒に住んでるんですか?」
「それは別に、あいつがホモになる前から知り合ってたからセーフ、みたいな」
「セーフ……」
「てかあんまり関係ないから。俺に手出してこない限りは。出してきたら殴るけど」
関係、ないのかな。
でも不思議と草野さんの言葉には説得力があった。実際に一緒に住んでいるわけだし。何より男を好きになるとかよりも、荻野先生個人を見ているように感じた。
そう言う意味だったのか。
私は少し前の荻野先生との会話を思い出す。
『え?! 荻野先生一人暮らしじゃないんですか?』
『そうだけど』
『彼女ですか? お嫁さんですか? 先生指輪してないですよね?』
『お、男だよ。ただの友達』
『よかったー』
『いや……あぁ、やっぱいいや』
『いや? なんですか?』
『いや、ただの友達じゃなくて、大切な友達だよ……』
『うわ、先生照れてる! 可愛いね』
『そうですか』
恥ずかしそうな荻野先生の表情を思い出すと自然と笑みがこぼれた。そして私の頭にはまりの顔が思い浮かんだ。いつもの笑っている顔だ。
そうだ。そうだった。私は一人じゃない。
私にも、大切な友達がいる。
「荻野先生、駅の方にいますよ」
「もう帰ったか。じゃあいいや」
草野さんはそばに立ててあった自転車にまたがると「どうもね」と一瞥してふらつきながら夜の闇へと消えていった。
私はかじかむ指をカイロで温めながらスマートフォンを操作し、まりへ通話をかける。通話は一度のコールでつながったが、私は声が出せなかった。
今までごめん。本当はずっと謝りたかった。都合が良すぎるけど私の話を聞いて欲しい。
まりに言いたいこと、言うべきことがありすぎて喉の奥でつっかえる。すると、通話の向こうで上着を羽織る音が聞こえた。
「いつものファミレスでいい?」
私は小さく、そして強く頷いた。