桜舞い散るうららかな春。
私はいたいけな少女のように胸の前で手をぎゅっと握る。精一杯の勇気を振り絞っていますよというパフォーマンスだ。
場所も状況も完璧。あとは言うべき台詞を言うのみだ。小さく息を吸って、吐き出す空気に言葉を乗せる。
「先生、私と付き合ってください」
私の一世一代の告白を受けても荻野先生は顔色一つ変えない。
そういうところも私は好きだ。
「お前は俺を犯罪者にしたいのか」
私が通う塾の講師、荻野要先生は推定だが四十歳を超えている。だからこの反応は想定済みで弁護士サイトで未成年との交際は犯罪になるのか、という相談ページを何件も見て知識を得ていた。実際の相談者はおじさんばかりで若干引いたけど。
「私はもう十七なので、真摯な交際であれば犯罪にはなりません。また性交渉をしなければ……」
なぜ今まで気がつかなかったのだろう。頭の中の想定も、実際に口に出したことで一つの可能性が見つかった。
「もしかして先生、私とエッチしたいってことですか?」
荻野先生は明らかに呆れのこもったため息をついたが、私に届く頃には春の爽やかなそよ風となって胸を高鳴らせる要因の一つに早変わりだ。
「先生と生徒という立場を使って無理やり強制をしたり、金銭の授受があれば犯罪になりますが私にそのつもりはありません。それでも心配であれば私、一筆書かせていただきます」
「さようなら」
急いで一筆書くためのボールペンを取り出している間に荻野先生は去ってしまった。
あーあ。やっぱりダメか。
私はフライドポテトを口に放り、ふと周りに意識を向ける。人々の話し声、咀嚼音、ベルの呼び出し音。それらが乾いて聞こえるばかり。
「遥、脳内桃色すぎ」
ドリンクバーから帰ってきた友人、山本まりの一声で我に帰りすぐに笑顔を取り繕う。
「そりゃあそうでしょ。好きなんだから」
「てか告白より先にデートとかでしょ普通」
「デートかぁ。確かに」
まりはあきれながら、ホットのミルクティーをゆっくりと啜る。
窓の外では寂しげな街路樹が冷たい風に晒され葉を落としていた。
今は春じゃなくてほとんど冬な秋だし、ここはただのファミレスで荻野先生はいない。全部は私の妄想だ。
「てかさ、なんで好きなの?」
「え?」
「あんまり友達の好きな人のことディスりたくないけどさ、あの荻野先生でしょ」
まりも私と同じ塾に通っている。つまり実際に荻野先生を見たことがあるということだ。
私とまりはそれぞれ頭上に荻野先生のイメージを浮かべる。
「確かに身長は高いけど痩せすぎでヒョロヒョロだし」
「スレンダーでいいじゃん。モデル体型」
「髪型もボサボサで白髪もあるし」
「無造作ヘアー。シルバーのメッシュ」
「愛想ないし、笑ったところなんて見たことないし」
「ミステリアスで孤高な人」
だめだこりゃ、とまりは笑い、私も得意げに笑った。
どうやらみんなが見ている先生と私の頭の中の先生は大きく乖離しているらしい。というか、無理やり私が好意的にとらえようとしている節も大いにあるけれど。
「最近出てないね、クセ」
え? ととぼけると机叩くやつ、とまりは指先でリズミカルにトントンと机の縁を叩く。
「あー、それね」
私のクセは、ずっと子どもの頃からのものだ。日常で聞こえてくる音を頭の中でメロディに変換して、指先で奏でる。
タンタタン。タタタンタン。
今だって私の周りには音が溢れている。頭の中には音楽がある。
だけど……。
思考にモヤがかかるがすぐに「あれうざかったからよかった」とまりはいたずらっぽく言い放つ。
「ひどくない?」
そう言うとまりはまた笑い、私もつられて笑う。箸が転んでもおかしくない時期とはよくいうが私はまりといるとなんでもおかしくて笑ってしまう。
私の妄想に付き合ってくれたり、時には遠慮がなかったり。
まりには随分と救われている。だからこそ、言えないこともある。
「それで結局、遥はなんで荻野先生のこと好きなの?」
「別に、ただの一目惚れだよ」
私はいたいけな少女のように胸の前で手をぎゅっと握る。精一杯の勇気を振り絞っていますよというパフォーマンスだ。
場所も状況も完璧。あとは言うべき台詞を言うのみだ。小さく息を吸って、吐き出す空気に言葉を乗せる。
「先生、私と付き合ってください」
私の一世一代の告白を受けても荻野先生は顔色一つ変えない。
そういうところも私は好きだ。
「お前は俺を犯罪者にしたいのか」
私が通う塾の講師、荻野要先生は推定だが四十歳を超えている。だからこの反応は想定済みで弁護士サイトで未成年との交際は犯罪になるのか、という相談ページを何件も見て知識を得ていた。実際の相談者はおじさんばかりで若干引いたけど。
「私はもう十七なので、真摯な交際であれば犯罪にはなりません。また性交渉をしなければ……」
なぜ今まで気がつかなかったのだろう。頭の中の想定も、実際に口に出したことで一つの可能性が見つかった。
「もしかして先生、私とエッチしたいってことですか?」
荻野先生は明らかに呆れのこもったため息をついたが、私に届く頃には春の爽やかなそよ風となって胸を高鳴らせる要因の一つに早変わりだ。
「先生と生徒という立場を使って無理やり強制をしたり、金銭の授受があれば犯罪になりますが私にそのつもりはありません。それでも心配であれば私、一筆書かせていただきます」
「さようなら」
急いで一筆書くためのボールペンを取り出している間に荻野先生は去ってしまった。
あーあ。やっぱりダメか。
私はフライドポテトを口に放り、ふと周りに意識を向ける。人々の話し声、咀嚼音、ベルの呼び出し音。それらが乾いて聞こえるばかり。
「遥、脳内桃色すぎ」
ドリンクバーから帰ってきた友人、山本まりの一声で我に帰りすぐに笑顔を取り繕う。
「そりゃあそうでしょ。好きなんだから」
「てか告白より先にデートとかでしょ普通」
「デートかぁ。確かに」
まりはあきれながら、ホットのミルクティーをゆっくりと啜る。
窓の外では寂しげな街路樹が冷たい風に晒され葉を落としていた。
今は春じゃなくてほとんど冬な秋だし、ここはただのファミレスで荻野先生はいない。全部は私の妄想だ。
「てかさ、なんで好きなの?」
「え?」
「あんまり友達の好きな人のことディスりたくないけどさ、あの荻野先生でしょ」
まりも私と同じ塾に通っている。つまり実際に荻野先生を見たことがあるということだ。
私とまりはそれぞれ頭上に荻野先生のイメージを浮かべる。
「確かに身長は高いけど痩せすぎでヒョロヒョロだし」
「スレンダーでいいじゃん。モデル体型」
「髪型もボサボサで白髪もあるし」
「無造作ヘアー。シルバーのメッシュ」
「愛想ないし、笑ったところなんて見たことないし」
「ミステリアスで孤高な人」
だめだこりゃ、とまりは笑い、私も得意げに笑った。
どうやらみんなが見ている先生と私の頭の中の先生は大きく乖離しているらしい。というか、無理やり私が好意的にとらえようとしている節も大いにあるけれど。
「最近出てないね、クセ」
え? ととぼけると机叩くやつ、とまりは指先でリズミカルにトントンと机の縁を叩く。
「あー、それね」
私のクセは、ずっと子どもの頃からのものだ。日常で聞こえてくる音を頭の中でメロディに変換して、指先で奏でる。
タンタタン。タタタンタン。
今だって私の周りには音が溢れている。頭の中には音楽がある。
だけど……。
思考にモヤがかかるがすぐに「あれうざかったからよかった」とまりはいたずらっぽく言い放つ。
「ひどくない?」
そう言うとまりはまた笑い、私もつられて笑う。箸が転んでもおかしくない時期とはよくいうが私はまりといるとなんでもおかしくて笑ってしまう。
私の妄想に付き合ってくれたり、時には遠慮がなかったり。
まりには随分と救われている。だからこそ、言えないこともある。
「それで結局、遥はなんで荻野先生のこと好きなの?」
「別に、ただの一目惚れだよ」