「ねえ、真凛。マジで三坂さんと付き合うことにしたの? サークル内でも、かなりウワサになってるみたいだけど」
「いや。付き合ってはないよ」
「ふぅん。まだ、付き合ってはないんだ」
「まだ、って何!? 付き合うかどうかもわかんないってば」

 絵里は、ビールをあおりながら、機嫌良さそうにニタリと口元をゆがめた。

「でもさぁ、考えてみれば、真凛が現実の男に気をゆるすなんて初めてのことじゃん? 真凛が男を知るって意味では、この際、三坂さんが相手でも良いのかなぁって」
 
 今夜も、絵里は絶賛失礼だ。サシ飲みが始まって早々にぶっちゃけすぎだと思う反面、そういえば最近は、ルキの夢を見なくなっていた。

 三坂さんとわたしの奇妙な関係が始まってから、早いもので、もうすぐ一ヶ月が経とうとしている。
 
 わたしが、大胆にも、三坂さんのことをもっと知りたいと申し出たあの日。
 彼からの返答は、謎に満ちていた。
 『じゃあ、夜に必ず、キミのことを送り迎えさせてほしい』と頼まれたのだ。
 正直、まったく意味がわからなかった。
 なぜかと問いつめてみても、『キミのことが心配だから』の一点張り。
 疑問しかわかなかったけれど、三坂さんに向き合うと決めたから、分からないままに受け入れたんだよね。

 三坂さんは、バンドの練習やバイトの帰りに連絡をすると、本当に迎えにきてくれるようになった。送り迎えをしてくれるようになった最初の内こそ、警戒心も抱いていたっけ。わたしが気をゆるしてきた頃に、やっぱり送り狼になる気なんじゃないかって。
 でも、その心配は、恥ずかしく思うほど杞憂に終わった。

『じゃあね、真凛ちゃん。良い夢を』

 三坂さんは、最初にわたしを自宅まで送ってくれたあの日から変わらず、マンションのエントランスにすら足を踏みいれようとはしなかったから。

「ねえ。実際のところ、三坂さんと、どこまでいったの?」
「な、なに言ってるの!?」
「だってさぁ、三坂さんって、いかにも手早そうじゃん? 付き合ってはいなくても、チューぐらいはしたんでしょ?」 
 
 絵里を含め、サークル内での彼のイメージは、やっぱり女を泣かせまくる最低の色男だ。
 だけど、わたしは……彼に、キスどころか、指一本すら触れられたことがない。
 三坂さんは、あくまでも、本当にただ送り迎えしてくれるだけ。
 最近は、あの節くれだった大きな手を、つい見つめてしまうことがある。
 ベースを奏でるあの手に触れられたら、どんな感じがするんだろうって。

『真凛ちゃん。物欲しそうな目でオレの手を見つめて、どうかした?』

 心の奥底を見すかされたようにくすりと笑われて、恥ずかしかったな。
 いつの間にか、こんなにも三坂さんに気をゆるしつつある。
 彼と肩を並べて歩く時間は、意外なほど心地が良かったから。
 もっと、近づきたいと願ってしまうぐらいに。
 ねえ、三坂さん。
 あなたは、何者なの?