「さいってー!!」

 先日の飲み会から、数日後。
 大学の講義が終わって、サークルの練習部屋を訪れたら、いきなり修羅場に遭遇した。
 三坂さんは、無表情で、女の子から投げつけられたドラムスティックに冷たい視線を落としている。
 荒ぶっている彼女はドラムセットから立ち上がると、最悪のタイミングで現れたわたしをすごい剣幕で睨みながら、部屋を出て行った。

 ……ひたすらに、気まずい。
 なんて、間が悪いんだろう。
 わたしはただ、この部屋に、バンドスコアを取りに来ただけなのに。
 三坂さんの視線が、ぎこちなく、わたしへと向けられる。

「真凛ちゃん。……オレに、失望した?」

 とっさに答えられずに口ごもると、彼は、口元に自嘲気味な笑みをのせた。

「キミの認識は、間違っていないよ。オレは、キミが思ってくれている通りのクズ人間だ。……女の子なら、誰でも良いと思っているんだよ」

 胸の中に、ひそかな違和感が芽生える。
 いま、彼の言葉を鵜呑みにして、このまま踵を返すのは簡単だ。
 けれども、いちど抱いてしまった疑問を、無視したくはなかった。

「それ、本当ですか?」
「……は? 何言ってんの、真凛ちゃん。キミも、さっきの見てたでしょ」

 たしかに、さっきの場面は、三坂さんが彼女を泣かせているようにしか見えなかった。だけど、彼が正真正銘のクズ男なのだとしたら、さっきの発言は腑に落ちないところがある。

「本当にクズだったら、自分から、バラさないんじゃないかと思うんです」
「……そうかな。オレが自棄になっているという可能性もあると思うけれど?」
「そうだとしても、諦めるのが早すぎませんか? 事情をのみこめていないわたし相手なら、いくらでも弁解の余地があったと思いますが」

 彼の顔を、射貫くように、見つめかえす。
 普段は軽薄そうな笑みが浮かんでいるその顔が、どこか焦っているように見えた。

「三坂さん。ただ、わたしを弄びたいだけなら、どうして自分から嫌われるような言動をとるんですか?」

 彼が、困ったように口ごもった瞬間に、確信した。
 三坂さんは、気まぐれで、わたしにちょっかいをかけてきたわけではなさそうだ。
 目的は分からない。何を考えているのかも、さっぱりだ。
 
「三坂さん。わたし、気が変わりました。あなたのことを、もっと知りたいです」

 だからこそ、彼のことを、もっと知りたくなった。
 ぽかんとしてわたしを見つめかえすその瞳は、子供のようにあどけなかった。