「冬の夜道を一人で歩くのは危険だよ」
「……とか、紳士的なことを言いながら、送り狼になる気なんじゃないですか」
「うん? 期待してるなら、応えてあげてもいいけど」
「っ。ぜっっったいに、お断りです!」
「真凛ちゃん。実は、ケッコー酔ってるでしょ? 足、フラフラだよ」

 三坂さんは、わたしが背負っていったギターケースを簡単にさらってしまった。 

「ちょっとっ! ギター、返してください!」
「心配しなくても、キミの家に着いたら返してあげるから」
「はあ? 家まで着いてくる気なんですか?」
「キミのことが心配だからね」

 飲み会が解散になってからすぐに帰宅路についたはずなのに、いつの間にか、三坂さんに追いつかれていた。送ってほしいと頼んだ覚えもないのに、なんて、強引な人なのだろう。

「三坂さんに心配される筋合いはありませんけど」

 こんなに素っ気なくあしらっているのに、三坂さんは、全然めげない。マイペースに話を続けてくる。

「真凛ちゃんってさ、歌上手いよね。オレ、キミの歌を聴くのが好きだな」

 そういえば、夢の中で、ルキにも言われたことがある。
 運命の彼が気恥ずかしそうに褒めてくれるのは甘い気持ちになるけれど、チャラ男が同じ台詞を口にしても癪にさわるだけのようだ。

「……それも、お得意の口説き文句ですか?」
「ふふっ、辛辣だな。キミにしか言っていないよ」
「どうだか。口ではなんとでも言えますから」
「そうだね。ところで、真凛ちゃん。最近……身近で、変わったことは起こらなかった?」

 白い吐息を含んだその言葉は、これまでの調子と違ってどこか真剣に聞こえて。軽々しくあしらうのは、なんだか、ためらわれた。

 でも、変わったことだなんて……特に、思い当たらない。落とし物の財布を交番に届けたり、ショッピングモールで迷子を助けたり。強いて言うなら、人のためになるようなことはしたけれど。

「別に……これといって、ないです。三坂さんに絡まれるようになったことぐらいですかね」
「そっか。それなら、良かったよ」

 結局、彼は、わたしが一人暮らしをしているマンションの前まで着いてきた。

「じゃあ、またね」

 でも、拍子抜けするほどあっさりとギターを返して、エントランスに足を踏み入れることすらなく、そのまま踵を返してしまった。黒いロングコートの背中が、冬の宵闇の中に小さくなって消えていく。

 アルコールの回っている頭で、ぼんやりと彼の姿を見送った。
 一体、なんだったんだろう。
 三坂玲という人のことが、よく分からなくなった瞬間だった。