「真凛ってば。なーんで、弘樹からの告白、断っちゃったの?」
「なんで、って言われても」
絵里は、運ばれてきたレモンサワーを早速飲みほした。
毎度のことながら、彼女はいつも良い飲みっぷりだ。
「アイツ、良い奴だよ? ちょっとヘタれてるとこあるけど、顔もイケてるし、ギターも上手いし、真凛の初めての彼氏に推せるんだけどなぁ」
「ちょっと、絵里。本人、同じ空間にいるから」
今は、所属しているバンドサークルのライブ後、打ち上げの飲み会中だ。当然、サークル仲間の弘樹くんもこの場に来ている。彼からの告白を断ってまだ日も浅いし、本人にこの会話を聞かれるのはさすがに気まずい。
「まーまー。違う卓だし、聞こえてないっしょ。んで? 真凛。今度は、なんで振っちゃったの?」
「……絵里には、なんども言ってるでしょ。わたしには、運命の——」
「出た! 真凛の運命の相手話!!」
酒気を帯びた大きな声で、食い気味にさえぎられてしまった。
「ちょっと、絵里。声、大きいって」
「今更、隠さなくていいっしょ。あんたが運命の相手を信じてる話は、今やサークル中の周知の事実なんだから」
「周知の事実!?」
「そーだよ。あんた、軽く有名人だからね? 野々宮真凛といえば、我がサークル内でも断トツで可憐な美少女! しかーし、その実態は、大学生にもなって運命の相手を待っているからだなんていうファンシーな理由で数多の告白を蹴りまくる痛い女だった、ってね」
「……絵里。もうちょっとオブラートに包もうね?」
多少の脚色はあるにせよ、おおむね事実なので、強くは言い返せない。
わたしは、絵里の言う通り、運命の相手という存在を信じている。
名前だって知っているもん。彼の名前は、ルキ。金髪に蒼い瞳の、やさしい男の子だ。
幼いころから見続けている不思議な夢の中で、わたしと彼は、双子のようにくっついて遊んでいるの。
きっとわたしは、現実でルキに出会うことができたら、一目で彼だとわかる。
そして、その時を、待ち焦がれているんだ。
絵里は、彼を想いながらうっとりするわたしに冷めた視線をよこしながら、枝豆をつまんだ。
「その、夢に出てくるってゆー、運命の王子さまってやつは、いつになったら真凛の前に現れるわけ? 夢じゃなくて、現実で!」
「……それは、わからないけど」
「あのねぇ。あたし、これでも真凛のこと心配してるんだよ? あたしらもう大学生なんだし、いつまでも夢見る女子ぶってるわけにはいかないでしょ」
ひどい言われようだけど、絵里の言いたいことも分からなくはない。
大学二年生にもなると、今まで一度も恋人がいたことがないという方が少数派になってくる。もちろん、そもそも恋愛に興味がないという人もいるだろうけど、そうではなくて運命の相手を待っているからだというと、とたんに残念な顔をされる。
「放っておいてよ。別に、誰かに迷惑をかけてるわけでもないでしょ」
たとえこの先、現実で、ルキに出会えなかったとしても。
運命の相手だなんてバカらしい、とみんなにけなされても。
信じて待ち続ける時間は、苦ではないんだ。
「そう言わずにさぁ。とりあえず、一度でも、告ってきた誰かと付き合ってみればいーのに」
「好きでもない人と付き合う方が、考えられない」
「……真凛って、見た目は儚げな美少女のくせに、意外と頑固だよねぇ」
「頑固で結構だもん」
なんて言われようと、ルキのことだけは、どうしても譲れないから。
むーっとふくされて、カシスオレンジをあおろうとしたその時だった。
「真凛ちゃんは健気だねぇ。運命の男だなんて曖昧なものを信じるのはやめて、オレにしておけばいいのに」
お腹の底に響くような、甘く低い声。
声の主の方へと視線を向ければ、今日も隙のない美貌を誇る彼が、にっこりと笑いかけてきた。いつの間にか、空いていた目の前の席に、長い脚を組んで腰かけている。
「ああっ! 三坂さんが、まーた真凛を毒牙にかけようとしてる!」
艶のある黒い髪に、どこか憂いのある切れ長の瞳。
Vネックの白いセーターに黒のスキニージーンズというシンプルな服装を着こなしている彼は、ベース担当の三坂玲さん。
大学三年生とは思えぬ妖しげな色気を放つ彼は、サークル内でも有名人だ。
主に、悪い方の意味で。
「三坂さーん。遊ぶなら、ほかの子にしてくださいよ。真凛は、大学生にもなって、彼氏の一人すらいたことない超超超箱入り娘なんですからね!」
「へえ。それは、ますますそそるね」
「真凛、今すぐ逃げて!!」
三坂さんは、とにかくチャラい。
サークル内でも、彼に泣かされたという女の子の話は後を絶えない。
わたしは、こういう人種が、世の中で最も嫌いだ。
真面目なルキとは、対極にいるように思えるから。
できれば、関わりたくない。
「真凛ちゃんは、冷たいなぁ。そんなに不機嫌そうな顔しなくても良いじゃない」
それなのに、最近、妙にこの人に絡まれる。
どこか楽しげに形の良い唇をつりあげる三坂さんには、軽薄という言葉が似つかわしい。不誠実の極み、という感じがする。
「オレに口説かれて、こんなにキョーミがなさそうな子は初めてだよ」
「はい。ですから、今すぐに、他をあたってください」
「燃えてきちゃった」
「…………。は?」
聞き間違い、だろうか。
席を立ち上がった三坂さんが近づいてきて、じいっと、わたしを見つめてくる。いつの間にか、頼みの綱の絵里も他の卓へいなくなってしまっていた。
間近で見ても、憎らしいほどに整った顔だ。
この美しい顔に、今まで、何人の女子が騙されてきたのだろう。
「決めたよ。次の満月の夜まで、キミを口説きつづけることにする」
三坂さんは、わたしを捕らえるように、濡れたような瞳を細めた。
「なんで、って言われても」
絵里は、運ばれてきたレモンサワーを早速飲みほした。
毎度のことながら、彼女はいつも良い飲みっぷりだ。
「アイツ、良い奴だよ? ちょっとヘタれてるとこあるけど、顔もイケてるし、ギターも上手いし、真凛の初めての彼氏に推せるんだけどなぁ」
「ちょっと、絵里。本人、同じ空間にいるから」
今は、所属しているバンドサークルのライブ後、打ち上げの飲み会中だ。当然、サークル仲間の弘樹くんもこの場に来ている。彼からの告白を断ってまだ日も浅いし、本人にこの会話を聞かれるのはさすがに気まずい。
「まーまー。違う卓だし、聞こえてないっしょ。んで? 真凛。今度は、なんで振っちゃったの?」
「……絵里には、なんども言ってるでしょ。わたしには、運命の——」
「出た! 真凛の運命の相手話!!」
酒気を帯びた大きな声で、食い気味にさえぎられてしまった。
「ちょっと、絵里。声、大きいって」
「今更、隠さなくていいっしょ。あんたが運命の相手を信じてる話は、今やサークル中の周知の事実なんだから」
「周知の事実!?」
「そーだよ。あんた、軽く有名人だからね? 野々宮真凛といえば、我がサークル内でも断トツで可憐な美少女! しかーし、その実態は、大学生にもなって運命の相手を待っているからだなんていうファンシーな理由で数多の告白を蹴りまくる痛い女だった、ってね」
「……絵里。もうちょっとオブラートに包もうね?」
多少の脚色はあるにせよ、おおむね事実なので、強くは言い返せない。
わたしは、絵里の言う通り、運命の相手という存在を信じている。
名前だって知っているもん。彼の名前は、ルキ。金髪に蒼い瞳の、やさしい男の子だ。
幼いころから見続けている不思議な夢の中で、わたしと彼は、双子のようにくっついて遊んでいるの。
きっとわたしは、現実でルキに出会うことができたら、一目で彼だとわかる。
そして、その時を、待ち焦がれているんだ。
絵里は、彼を想いながらうっとりするわたしに冷めた視線をよこしながら、枝豆をつまんだ。
「その、夢に出てくるってゆー、運命の王子さまってやつは、いつになったら真凛の前に現れるわけ? 夢じゃなくて、現実で!」
「……それは、わからないけど」
「あのねぇ。あたし、これでも真凛のこと心配してるんだよ? あたしらもう大学生なんだし、いつまでも夢見る女子ぶってるわけにはいかないでしょ」
ひどい言われようだけど、絵里の言いたいことも分からなくはない。
大学二年生にもなると、今まで一度も恋人がいたことがないという方が少数派になってくる。もちろん、そもそも恋愛に興味がないという人もいるだろうけど、そうではなくて運命の相手を待っているからだというと、とたんに残念な顔をされる。
「放っておいてよ。別に、誰かに迷惑をかけてるわけでもないでしょ」
たとえこの先、現実で、ルキに出会えなかったとしても。
運命の相手だなんてバカらしい、とみんなにけなされても。
信じて待ち続ける時間は、苦ではないんだ。
「そう言わずにさぁ。とりあえず、一度でも、告ってきた誰かと付き合ってみればいーのに」
「好きでもない人と付き合う方が、考えられない」
「……真凛って、見た目は儚げな美少女のくせに、意外と頑固だよねぇ」
「頑固で結構だもん」
なんて言われようと、ルキのことだけは、どうしても譲れないから。
むーっとふくされて、カシスオレンジをあおろうとしたその時だった。
「真凛ちゃんは健気だねぇ。運命の男だなんて曖昧なものを信じるのはやめて、オレにしておけばいいのに」
お腹の底に響くような、甘く低い声。
声の主の方へと視線を向ければ、今日も隙のない美貌を誇る彼が、にっこりと笑いかけてきた。いつの間にか、空いていた目の前の席に、長い脚を組んで腰かけている。
「ああっ! 三坂さんが、まーた真凛を毒牙にかけようとしてる!」
艶のある黒い髪に、どこか憂いのある切れ長の瞳。
Vネックの白いセーターに黒のスキニージーンズというシンプルな服装を着こなしている彼は、ベース担当の三坂玲さん。
大学三年生とは思えぬ妖しげな色気を放つ彼は、サークル内でも有名人だ。
主に、悪い方の意味で。
「三坂さーん。遊ぶなら、ほかの子にしてくださいよ。真凛は、大学生にもなって、彼氏の一人すらいたことない超超超箱入り娘なんですからね!」
「へえ。それは、ますますそそるね」
「真凛、今すぐ逃げて!!」
三坂さんは、とにかくチャラい。
サークル内でも、彼に泣かされたという女の子の話は後を絶えない。
わたしは、こういう人種が、世の中で最も嫌いだ。
真面目なルキとは、対極にいるように思えるから。
できれば、関わりたくない。
「真凛ちゃんは、冷たいなぁ。そんなに不機嫌そうな顔しなくても良いじゃない」
それなのに、最近、妙にこの人に絡まれる。
どこか楽しげに形の良い唇をつりあげる三坂さんには、軽薄という言葉が似つかわしい。不誠実の極み、という感じがする。
「オレに口説かれて、こんなにキョーミがなさそうな子は初めてだよ」
「はい。ですから、今すぐに、他をあたってください」
「燃えてきちゃった」
「…………。は?」
聞き間違い、だろうか。
席を立ち上がった三坂さんが近づいてきて、じいっと、わたしを見つめてくる。いつの間にか、頼みの綱の絵里も他の卓へいなくなってしまっていた。
間近で見ても、憎らしいほどに整った顔だ。
この美しい顔に、今まで、何人の女子が騙されてきたのだろう。
「決めたよ。次の満月の夜まで、キミを口説きつづけることにする」
三坂さんは、わたしを捕らえるように、濡れたような瞳を細めた。