真面目でやさしい天使――ルキが、魔界に墜ちてから、百年が経った。
 悪魔となってからは、後ろ暗いことにも手を染めるようになった。
 天界でまじめに生きてきた彼にとって、悪行をこなすことは、身を切られるように辛かった。いっそのこと、野垂れ死んだ方がマシだと、毎日のように思うくらい。
 それでも、死にそうになるたびに、ララの泣きそうな顔が頭をよぎるのだ。
 生きて、また会うのだと、約束をした。
 正直、穢れきってしまったこの身で、彼女にあわせられる顔なんてないのだけれど。安易にララとの約束を破る気には、どうしてもなれなくて。

 悪行を積み重ね、上級悪魔にのぼりつめたルキは、人間界にも顔を出せるようになった。
 そうして、ララが、人間として生まれ変わったことも無事に確認できた。
 彼女が、普通の人間の女の子として幸せに暮らしていけますように。
 祈ることが、ルキの心の支えとなった。
 たとえ、隣にいるのが、自分ではなくても。
 時々、人間界に顔を出し、遠くから見つめられさえすれば充分だ。
 絶対に、接触はしないと決めていた。人間として暮らしている彼女と、悪魔である自分は、あまりにも生きる世界が違うから。

 ルキの固い決意が覆ったのは、ある上級悪魔が、彼女をターゲットにしていることをたまたま知った時だった。

『人間界で、美味そうな人間を見つけてきた。人間だというのに、まるで、天使のように穢れのない魂を宿している娘だ』
 
 その上級悪魔は、たびたび人間界に訪れて、あどけない迷子の子供のフリをしながら美しい魂を物色し喰らうことを生き甲斐にしていた。

『次の満月の夜。あの娘の魂を喰らいにいく』

 彼が満月の夜を指定したのは、月の光が、悪魔の保有魔力を増幅させるからだろう。
 ララが、危ない。
 けれど、あの悪魔とまともに闘っても、絶対に勝てない。
 魔力の差で打ち負けることが、目に見えている。
 それでも、ララの危機を知りながら、何もせずにいることの方ができない。

 勝つことは、できないけれど。
 この命を懸けてぶつかれば、相打ちにすることならばできそうだ。
 
 ルキは、人間界へ行き、彼女の前に再び姿を現すことを決意した。
 全ては、ララを守り通すために。
 彼女と再会する時は、女にだらしないクズな男を演じよう。悪魔の魔力を使えば、彼女と周囲の人間の記憶と印象操作ぐらいは容易いはずだ。以前から、彼女と同じサークルに属していたことにすれば、怪しまれることもない。

 間違っても、ララが前世の記憶を、取り戻さないようにする。
 もしも彼女が自分を思い出してしまったら、命を落とすことが惜しくなりそうで。決心が揺らぐことが、一番、怖かった。

 最低な男を演じながら、軽率に彼女に近づくフリをして、どうにか満月の夜をやり過ごすこと。それこそが、彼女と再会する一番の目的だ。

 もし、それでも、ララが自分を思い出してしまうことがあったなら。
 その時は、この悪魔の唇で、彼女から記憶を奪い去ろう。
 彼女が、自分を思い出して、泣いたりしないように。
 そして、その美しすぎる魂を、少しだけ穢すのだ。
 もう二度と、悪魔に狙われて、危険な目に遭ったりしないように。

 ねえ、ララ。
 キミは、ボクにとっての全てだ。
 愛している。

【完】