さよならの涙は優しい君のために

私は生徒会だから演劇部の部長である藍とは関わりがあった。

彼女は演技が上手く、顔も可愛い。

だから、当然モテるし、いつも周りには人が集まっていたが、女子たちの中ではすこぶる評判が悪かった。

一時期5股してるだとかそういう噂が絶えない時期もあった。

私もほかの女子と同じようにはっきり言って彼女のことが嫌いだ。
去年の夏休み前だっただろうか、彼女が部長になって最初の部長会議。

副会長さんがかなりのイケメンで藍は一目惚れしたらしい。

その時、彼女も副会長も付き合ってる人がいて、それは誰でも知っている事だった。

なのに、藍は副会長に擦り寄って行った。

彼氏と別れたと嘘をついて。

その時から私は彼女に明確な嫌悪感を抱いている。

なのに.......
『なんであいと付き合ったの?』

『告られたから』

『それだけ?』

『それで好きになった』

すぐ別れるだろうと思ってしまった。

どうせ浅い考えで告白したんでしょ。

そんなの長く続くはずない。

.......なんて。
次の日、煌は時間になっても家から出てこなかった。

おそらく、先に家を出たのだろう。

いつも登校中に見ていた花壇の花が、昨日よりも咲いているのに元気がないように見えた。

学校に着くと、教室の前に人が集まっている。

その中心には今1番会いたくない人がいた。

「滝沢藍...」

煌が6組、私が3組、藍は2組。

わざわざここを訪ねる理由はないだろう。

昨日の今日なら多分あのことだろう。

私に気づいた藍が取り巻きとの雑談をやめてこっちに来た。

「さくらちゃんおはよ!ちょっといい?」

はぁ、やっぱりか。

「うん、向こうで話そっか」
「こうくんと離れてくれた?」
張り付いたような笑顔で藍が言った。

「こうが離れようって言ったからね」

「そっかー、良かった!」

やっぱり嫌なやつだ、嫌い。

「なんで離れなきゃいけないの?別に私と話しててもいいでしょ」

「は?何言ってんの」

いきなり声が冷たく尖った。藍の顔から笑みが消え、心からの憎しみをまとった言葉で私をまくし立てる。

「あんたがこうくんと話してるせいで私は惨めな思いをしなきゃいけないの。ほんとに付き合ってるの?とか言われることもしょっちゅうだった。でも、もう言われることは無い。あんたがいなくなればこうくんの周りには私しかいないんだから」
私と煌は仲がよかったからそんな関係に勘違いされることもしばしばあった。


ああ、そっか、私は邪魔者だったんだ。


藍にとっても、




煌に、とっても。
「正直、あんたみたいなやつがこうくんと幼なじみとか嫌なんだよね。」

分かってる。

私が煌と一緒にいるのはだめなことなんだ。

煌は私より藍を選んだ。現状がそれを物語っている。

でも、

そんなにはっきり言わなくてもいいじゃないか。

私だって煌にすがりたいんだ。

もしできることならずっと一緒にいたいんだよ。

だって私は、煌のことが......
「だってあんたさ、」

藍が私の思考を全て見通すような目つきで言った。

ドクン、と心臓が音を立てる。

だんだんと早くなる心音をBGMに藍が綺麗な声でつづけた。

「あんた、こうくんと仲良いじゃん……」

「...え」

そう言った藍の顔には少しの憎しみと、大きな恥ずかしさが滲み出ていた。

思いもよらない表情で思いもよらない言葉を発した藍にあっけに取られる。

「こうくんが他の女の子と仲良くしてるのが嫌なの。私以外の女の子と楽しそうに話してるのが嫌。それに、あんたはいちばんこうくんといた時間が長いから。ずるいじゃない、そんなの……」
まるでただ私に対して嫉妬しているかのようじゃないか。

違う。嫉妬しているかのようじゃない、ただ、嫉妬している。この私に。

煌のそばにずっといただけのこんな私に。

それを意識した瞬間、自分が醜くなった。

昔の印象だけ、噂だけで藍の性格を判断していたこと。

何より、藍から煌への好きという気持ちを信じていなかったことが。

藍は、煌のことをちゃんと想っているんだ。

そんなの当たり前じゃないか。そうじゃなかったら煌は藍を好きになんてならない。

煌はそういう人なのに。

私は、煌のことも信じてなかったんだ。