たくさんのチューブに繋がれて病室のベッドに横たわる、痩せ衰えた女の子。それが、あたし。本当の、あたし。
りるりるの魔法が解けて、あたしは身体に戻ってきた。
枕元に家族が集まっている。パパ、ママ、お兄ちゃん。みんな、泣いている。
先天性の病気で、徐々に衰えた。
幼稚園までは、休みながらも通えたけれど、小学校は、３年生まで通うのにかなり無理をした。それからは、入院ばかり。
でも。小学校にあがれないかも知れないと言われていたあたしが、１３年も生きる事が出来た。家族とお医者さんと、それから色んな人のおかげで。
ママは最近、あたしの枕元で泣いていた。
『……女の子らしい幸せも何ひとつ知らないで、本当にこの子が不憫で……』
そんな事ないよ、ってママに知らせたい。
あたしは、白瀬さんに恋をした。幸せな恋をした。彼の姿を垣間見るだけで幸せで。
白瀬さんは看護師さん。２０代後半、色黒で優しげな、長身の素敵な人。
あたしは彼の受け持ち患者じゃなかったけど、小児科勤務だから、時々はあたしの所に廻ってきて、血圧を測ったり、採血したり。
『今日は気分はどうかな？』
って聞かれても、あたしは小さな声で『すこしいいです』なんて返すのが精いっぱい。看護師さんには慣れているのに、何故だか緊張してしまって。でも、いつだって彼は、優しく笑いかけてくれた。
あたしは、彼に一目惚れをした。こんな素敵な男の人は見た事ない、って思った。
骨張ったあたしの身体に触れても、彼は、女の子の肌に触れているなんて微塵も思わなかっただろう。でも、あたしの心はその都度わななき、ときめいたのだ。
小学校に通えてた頃、憧れの男の子はいた。彼は優しかった。
でも、あの頃、難病のあたしにみんなが優しくて、みんな遠くからおずおずと手を差し伸べてくれていた。彼も同じだった。
居心地は良かったけど、心からの友達なんて存在は、あまり想像できなかった。
……りるりる。
本当は、りるりるなんて、いないのかも知れない。
全ては、死を目前にしたあたしの、夢の中の出来事なのかも知れない。
……そうだ。りるりるは、ずっと、あたしの友達だった。自由に外に遊びに行けなかった幼いあたし。りるりるは、鏡に向かえばいつでも会える、あたしの親友だった。
小２くらいまでの頃、りるりるは、色んな所にあたしを連れて行ってくれた。テレビや本やマンガで見た、素敵な場所に。あたしの望む場所に、あたしは動かない身体を脱ぎ捨てて、りるりるに導かれて飛んで行けたのだ。
でも段々、あたしはりるりるを呼ばなくなった。だって、他のみんなは、りるりるみたいな存在がなくても楽しく元気に過ごしている。ある時、あたしは自分が悲しくなって、りるりるに、もう来なくていいよ、って言ったんだ。りるりるは寂しそうに笑ってたっけ。
でも、あたしがほんとうに苦しくなった時、りるりるは来てくれた。そして今日、彼の家へ連れて行ってくれた。
告白をして、キスをしてもらった。
りるりるにもう一度ありがとうを言いたい。あたしは幸せだ。例え、あたしの妄想でもいい。どうせ、叶えようのない恋。白瀬さんには、婚約者がいるのだから。同僚の看護師さんが、からかって言っているのを聞いた。
彼の婚約者を、妬ましいと思う気力はない。例えあたしの妄想だとしても、彼にキスしてもらって申し訳ない気はする。
枕元に、家族が集まっている。パパ、ママ、お兄ちゃん。みんな、泣いている。
そうか、あたしは今、死ぬんだ。今朝までは、ひどく苦しくて、痛くて、痛くて、もう何も考えられない程だったけど、白瀬さんの家へ行って戻ってからは、とても穏やかだ。りるりるの魔法のおかげかも知れない。
みんなにありがとうを言いたい。ママに、あたしは恋をして幸せだと言いたい。でも、呼吸の管が入っていて、もう何も伝える事が出来ない……。
半開きのあたしの瞳は、ある筈のないものを見た。
「あら、白瀬くん？ 今日は非番でしょう？」
「いや……ちょっと……」
病室の入口に、彼が立っている。
「留里ちゃんは……」
「ちょっと……もう……」
師長さんと、家族に聞こえないように交わす言葉。
「白瀬くん、留里ちゃんは担当じゃないよね」
「そうですけど……」
動かないあたしの瞳から涙がこぼれ落ちる。
白瀬さんの目が赤い。あたしの為に泣いてくれている。
パパが、ママが、お兄ちゃんがあたしの手を握る。
あたしは、白瀬さんに一目惚れをして、幸せだった。
生まれてきてよかった、と思った。
光が、見える。光の中で、りるりるが呼んでいる。
あたしは、今、そこへ行く。
そこでは、愛する家族を、彼を、永遠に穏やかに優しく、見つめ続ける事ができるのだ。
りるりるの魔法が解けて、あたしは身体に戻ってきた。
枕元に家族が集まっている。パパ、ママ、お兄ちゃん。みんな、泣いている。
先天性の病気で、徐々に衰えた。
幼稚園までは、休みながらも通えたけれど、小学校は、３年生まで通うのにかなり無理をした。それからは、入院ばかり。
でも。小学校にあがれないかも知れないと言われていたあたしが、１３年も生きる事が出来た。家族とお医者さんと、それから色んな人のおかげで。
ママは最近、あたしの枕元で泣いていた。
『……女の子らしい幸せも何ひとつ知らないで、本当にこの子が不憫で……』
そんな事ないよ、ってママに知らせたい。
あたしは、白瀬さんに恋をした。幸せな恋をした。彼の姿を垣間見るだけで幸せで。
白瀬さんは看護師さん。２０代後半、色黒で優しげな、長身の素敵な人。
あたしは彼の受け持ち患者じゃなかったけど、小児科勤務だから、時々はあたしの所に廻ってきて、血圧を測ったり、採血したり。
『今日は気分はどうかな？』
って聞かれても、あたしは小さな声で『すこしいいです』なんて返すのが精いっぱい。看護師さんには慣れているのに、何故だか緊張してしまって。でも、いつだって彼は、優しく笑いかけてくれた。
あたしは、彼に一目惚れをした。こんな素敵な男の人は見た事ない、って思った。
骨張ったあたしの身体に触れても、彼は、女の子の肌に触れているなんて微塵も思わなかっただろう。でも、あたしの心はその都度わななき、ときめいたのだ。
小学校に通えてた頃、憧れの男の子はいた。彼は優しかった。
でも、あの頃、難病のあたしにみんなが優しくて、みんな遠くからおずおずと手を差し伸べてくれていた。彼も同じだった。
居心地は良かったけど、心からの友達なんて存在は、あまり想像できなかった。
……りるりる。
本当は、りるりるなんて、いないのかも知れない。
全ては、死を目前にしたあたしの、夢の中の出来事なのかも知れない。
……そうだ。りるりるは、ずっと、あたしの友達だった。自由に外に遊びに行けなかった幼いあたし。りるりるは、鏡に向かえばいつでも会える、あたしの親友だった。
小２くらいまでの頃、りるりるは、色んな所にあたしを連れて行ってくれた。テレビや本やマンガで見た、素敵な場所に。あたしの望む場所に、あたしは動かない身体を脱ぎ捨てて、りるりるに導かれて飛んで行けたのだ。
でも段々、あたしはりるりるを呼ばなくなった。だって、他のみんなは、りるりるみたいな存在がなくても楽しく元気に過ごしている。ある時、あたしは自分が悲しくなって、りるりるに、もう来なくていいよ、って言ったんだ。りるりるは寂しそうに笑ってたっけ。
でも、あたしがほんとうに苦しくなった時、りるりるは来てくれた。そして今日、彼の家へ連れて行ってくれた。
告白をして、キスをしてもらった。
りるりるにもう一度ありがとうを言いたい。あたしは幸せだ。例え、あたしの妄想でもいい。どうせ、叶えようのない恋。白瀬さんには、婚約者がいるのだから。同僚の看護師さんが、からかって言っているのを聞いた。
彼の婚約者を、妬ましいと思う気力はない。例えあたしの妄想だとしても、彼にキスしてもらって申し訳ない気はする。
枕元に、家族が集まっている。パパ、ママ、お兄ちゃん。みんな、泣いている。
そうか、あたしは今、死ぬんだ。今朝までは、ひどく苦しくて、痛くて、痛くて、もう何も考えられない程だったけど、白瀬さんの家へ行って戻ってからは、とても穏やかだ。りるりるの魔法のおかげかも知れない。
みんなにありがとうを言いたい。ママに、あたしは恋をして幸せだと言いたい。でも、呼吸の管が入っていて、もう何も伝える事が出来ない……。
半開きのあたしの瞳は、ある筈のないものを見た。
「あら、白瀬くん？ 今日は非番でしょう？」
「いや……ちょっと……」
病室の入口に、彼が立っている。
「留里ちゃんは……」
「ちょっと……もう……」
師長さんと、家族に聞こえないように交わす言葉。
「白瀬くん、留里ちゃんは担当じゃないよね」
「そうですけど……」
動かないあたしの瞳から涙がこぼれ落ちる。
白瀬さんの目が赤い。あたしの為に泣いてくれている。
パパが、ママが、お兄ちゃんがあたしの手を握る。
あたしは、白瀬さんに一目惚れをして、幸せだった。
生まれてきてよかった、と思った。
光が、見える。光の中で、りるりるが呼んでいる。
あたしは、今、そこへ行く。
そこでは、愛する家族を、彼を、永遠に穏やかに優しく、見つめ続ける事ができるのだ。
