「三島香奈さん、俺と付き合ってください」
そんなことを告げる目の前の青年に香奈は目を見開いた。
人気のない公園に呼び出された時はなにか因縁でもつけられるのかと警戒して望んだというのに、まったくもって予想外だ。
しかも相手は、あの篠宮彰。
篠宮彰といえば、学校では知らぬ者がいないほどの有名人。
親は大きな不動産会社の社長で御曹司。
彼自身も雑誌のモデルをするほど容姿端麗で、女子の熱視線を独り占めするような人だ。
そんな彼に告白されたのだから、驚くなというほうが難しいだろう。
告白された香奈はというと、目立つどころか地味すぎる容姿の上、性格も大人しく人見知りで、友達らしい友達もいないぼっちである。
そんな学校のアイドル的存在の彼から告白されるような人間ではない。
しかし、そのすぐ後には納得した。
近頃、学校では罰ゲームとして、人気のない女子生徒に告白するという遊びが流行っていた。
きっとこの告白もその罰ゲームによるものだろうと考えた。
とんでもなくくだらないお遊びだが、一時の流行りだろうと傍観していた香奈。
まさか自分がその餌食になるとは思いもしなかった。
標的になった女子達は、憤慨したり、一発お見舞いした子もいる。
怒れる子はまだいい。
オッケーを出した直後に罰ゲームだったとからかわれ泣いてショックのあまり学校を休んだ子もいて、本当に気の毒でならない。
そんな馬鹿な男達の中にこの篠宮彰がいたことには少しショックだった。
見ている限りでは、彰はとても好青年のように見えていたから。
さてどうしたものかと考える香奈。
あのゲームには香奈も思うところがあったので、知らぬフリをして断るという手もある。
そうすれば、こんな地味子にフラれた男として笑いものにすることができるだろう。
だが、そんなことをしたら地味子のくせにあの篠宮彰をフったとして、女子達から嫌がらせを受けないかと心配だった。
非常に気に食わないが、ここは大人しく受け入れて馬鹿にされる方が身のためかもしれないと、香奈は即座に計算する。
そして……。
「えっと、よろしくお願いします……」
少し棒読みになってしまったのは致し方ない。
演技などしたことがないのだから。
しかも、この直後にネタばらしをされからかわれるのかと思うと、怒りを抑えるので精一杯だ。
地味のなにが悪いのか。
友達がいなくて誰に迷惑をかけたというのか。
いろいろと言いたいことを飲み込み、次の言葉に備えると。
「本当に!?」
綺麗な顔に笑顔を浮かべて彰は嬉しそうに香奈の手を握った。
「ん?」
思っていた反応と違って、香奈は困惑する。
思わず彰の背後や、周囲をキョロキョロしてしまう。
どこからネタばらし要員が突入してくるのかと待っているが一向にやってこない。
こっちはネタばらしから馬鹿にされて泣きながらこの場を去る、までのイメージが完璧にできあがっているのだが。
さすがに涙を流すなどという女優のような芸当はできないので嘘泣きだが、準備万端でまっているのに、他に誰も来ない。
ネタばらしはいつなのか。
不思議に思っていると、ぐっと手を引き寄せられる。
見れば、彰がキラキラとした眼差しで香奈を見ているではないか。
なぜそんな目で見るのか分からず、香奈はたじろぐ。
「嬉しいよ、三島さん。あっ、付き合うんだったら他人行儀だよな。か、香奈……って呼んでもいいかな?」
恥ずかしそうに照れながら言う彰に、香奈は目を丸くする。
「や、やっぱり急に馴れ馴れしすぎたかな!?」
あたふたする彰。
反射的に香奈は「そんなことはないけど……」と口にすると、彰はぱあっと表情を明るくした。
それは香奈にとって予想外の反応である。
彰はどういうつもりなのか。
いつまでこの茶番を続けるのだろうかと困惑している香奈ははっとした。
これはきっとしばらく寝かせてからネタばらしをするつもりなのだろうと。
最近では、ゲームのことはある程度の女子の知ることとなっているので、警戒心が薄れたところでばらすつもりなのだと考えた。
なんて小癪なまねをするのかと、彰への好感度がどんどん下がっていく。
そっちがその気ならこの茶番に乗ってやろうと、香奈はなんだか分からない対抗心を燃やし始めた。
「篠宮君」
「なに?」
「私たちが付き合ってることは誰にも内緒にしてほしいの。できる?」
「えっ……。どうして?」
彰は不思議そうだが、香奈からしたら当然の処置である。
一時的とは言え、彰と付き合うことになるのなら、女子からの嫉妬は集中砲火されてしまう。
そんなのはごめんである。
内緒にしていれば、いざネタばらしされても香奈の被害は最小限で済む。
それに彰とて人前で地味子の香奈と恋愛の真似事などしたくはないだろうし、お互いにウィンウィンだ。
「人前でもただのクラスメイトでいてね?」
「えっ!?」
彰はどうも不服そうだったが、「それなら付き合うわけには……」と濁したら、すぐに了承した。
そこまで必死になるなんていったいどんなゲームの内容だったのだろうかと気になってくる。
ネタばらしが終わったら聞いてみてもいいかもしれない。
なにはともあれ、不本意ながら彰と秘密のお付き合いが始まった。
彰は最後に「せめて俺のことは彰って呼び捨てにしてくれないかな」というので、それぐらいならと香奈は頷いた。
それに対して大げさなほどに喜ぶ彰に、なんて演技がうまいんだと香奈は感心したのだった。
***
翌日、いつもと変わらぬ学校……とは違っていた。
しきりに彰から向けられる、なにか言いたげな視線を感じる。
だが、香奈は気付いていながら無視をした。
昨日ちゃんと釘を刺していたおかげだろう。チラチラと見てはいても、彰が香奈に話しかけてくることはなかった。
内緒にしておくように伝えていて本当によかったと心から思った。
今も彰の周りには人が絶えず、輪の中心にいる。
彰と親しくならんと奔走する女の子たちの姿が目に入ってくる。
どの子も自分に自信がある、かわいらしく美人な子ばかりだ。
校則に違反しないギリギリで着飾り、自分の見せ方を分かっている彼女たちは、地味子と揶揄されることもある香奈とは正反対。
もし彼女たちに彰から告白されたことを知られたら……。
断ったら身の程知らずと怒られ、受け入れても身の程知らずと嫉妬されることだろう。
それがゲームだと知っても、未だネタばらしがされていない以上、その不満の矛先はすべて香奈へと向かってくる。
まったくもって厄介事に巻き込まれてしまったものだと、思わず溜息が出てしまう。
別に自分でなくてもいいだろうにと、香奈は人知れず怒りを覚えるが、それに気付く者はいない。
いつもぼっちの香奈のことを気にする者がそもそもいないのだから。
彰もそんな中のひとりと思っていた。
香奈は密かに彰に好感を抱いていたのだが、そんなことは誰も知らないだろう。彰すら。
それはなんてことのない些細なことだった。
日直を押しつけられた時、手を貸してくれたこと。
体育の後の後片付けをひとりでしていたのを手伝ってくれたこと。
香奈を侮って提出物をあえて渡さないようにからかう男の子を、叱って提出物を渡してくれたこと。
それら全部、彰は気にもとめていないのだろうが、香奈は助かったし、その度に好感度が爆上がりしていたのだ。
それがまさかの裏切りのような昨日の告白。
彰だけはそんなお馬鹿で頭の悪いゲームに興じることはないだろうと思っていたのに……。
本当にがっかりである。
別に恋愛として好きだったわけではないが、一気に思いは冷めてしまった。
できれば早くこんな茶番は終わらせたいのだが、いつになったらネタばらしをしてくれるのか見当がつかない。
すると、教室に慌ただしく女の子が入ってきた。