「成田くん、これ、ありがと!」
次の休み時間。そう言ってノートを返しにきたのは、宇佐美だった。
俺の机の前に立った宇佐美は、八重歯をのぞかせて明るく笑いながら、
「やっぱりきれいでわかりやすかったー、成田くんのノート。ほんとに助かりました!」
「どういたしまして」
俺も愛想良く笑って、返されたノートを受け取る。
それで宇佐美の用事は終わりかと思ったけれど、ノートを渡したあとも彼女はなぜか立ち去ろうとしない。その場に立ったまま、どこか落ち着かない仕草で前髪を軽くいじっている。
なんだろう、と思っていると、
「……あのさ、成田くん」
しばし迷うような間を置いてから、宇佐美がおずおずと切り出してきた。
「さっき成田くん、久世さんにノート貸してなかった?」
「ああ、うん。貸したよ」
宇佐美の強張った口調は気になったけれど、嘘をつく理由もないので正直に頷けば、
「え……成田くんって、久世さんと仲良いの?」
「仲良いってほどじゃないけど。あんまり話したことないし」
「じゃあなんでノート貸したの?」
「なんでって、久世、さっきの授業のノート取り損ねてたみたいだったから。困ってるんじゃないかと思って」
いかにも優等生らしい笑顔を浮かべて、いかにも模範的な、思っていない理由を並べる。
「そ、そっか」と宇佐美はあいかわらずどこか強張った声で相槌を打って、
「やっぱり優しいよね、成田くん」
「……そうかな」
呟くように宇佐美が続けた言葉に、一瞬だけ、口元が引きつりそうになった。
だけどなんとか優等生らしい笑みは崩さないようにして、そんな適当な相槌を打ったとき、
「――あ」
「え?」
ふいに宇佐美が声を上げると同時に、眼前に白い手のひらが現れた。
思わず間の抜けた声が漏れる。
宇佐美の手だと理解した次の瞬間には、それは俺の前髪に触れようとしていた。俺の額を覆う、長めの前髪に。
途端、心臓が跳ね上がり、息が止まる。背中に冷たい汗が噴きだす。
咄嗟に、俺は身体を後ろへ引いていた。
宇佐美の手が俺の髪から離れる。それに反射的に安堵していたら、
「え……ご、ごめん」
宇佐美の驚いたような声が聞こえて、はっとした。
宇佐美のほうを見ると、彼女は右手を宙ぶらりんに浮かせたまま、困惑した顔で俺を見ていた。
「髪に糸くずがついてたんだ。だからとろうかと思ったんだけど……ごめんね、急に触ったらびっくりするよね」
「い、いや、俺こそごめん」
まだ心臓はばくばくと落ち着かない。だけどなんとか落ち着いた表情を作ろうと、必死に努めた。
宇佐美が申し訳なさそうな顔をしていることに心苦しくなる。
なにをしているのだろう。べつに宇佐美は悪くない。彼女の言うように、髪についていた糸くずをとろうとしてくれただけだ。なのに。
「ごめん、ほんと。ちょっとびっくりしただけで」
「ううん、あたしこそ。いきなりごめんね」
お互いなんとなくバツの悪い感じになってしばらく謝り合う。そこで助け船のように、始業を告げるチャイムが鳴った。
宇佐美があわてて自分の席を戻る。その背中を見送りながら、俺はゆっくりと息を吐いた。大丈夫だ、と心の中で呟く。長めに伸ばした前髪に、指先で触れる。
大丈夫、宇佐美には見えていない。
俺はちゃんと、隠せているはずだから。
次の休み時間。そう言ってノートを返しにきたのは、宇佐美だった。
俺の机の前に立った宇佐美は、八重歯をのぞかせて明るく笑いながら、
「やっぱりきれいでわかりやすかったー、成田くんのノート。ほんとに助かりました!」
「どういたしまして」
俺も愛想良く笑って、返されたノートを受け取る。
それで宇佐美の用事は終わりかと思ったけれど、ノートを渡したあとも彼女はなぜか立ち去ろうとしない。その場に立ったまま、どこか落ち着かない仕草で前髪を軽くいじっている。
なんだろう、と思っていると、
「……あのさ、成田くん」
しばし迷うような間を置いてから、宇佐美がおずおずと切り出してきた。
「さっき成田くん、久世さんにノート貸してなかった?」
「ああ、うん。貸したよ」
宇佐美の強張った口調は気になったけれど、嘘をつく理由もないので正直に頷けば、
「え……成田くんって、久世さんと仲良いの?」
「仲良いってほどじゃないけど。あんまり話したことないし」
「じゃあなんでノート貸したの?」
「なんでって、久世、さっきの授業のノート取り損ねてたみたいだったから。困ってるんじゃないかと思って」
いかにも優等生らしい笑顔を浮かべて、いかにも模範的な、思っていない理由を並べる。
「そ、そっか」と宇佐美はあいかわらずどこか強張った声で相槌を打って、
「やっぱり優しいよね、成田くん」
「……そうかな」
呟くように宇佐美が続けた言葉に、一瞬だけ、口元が引きつりそうになった。
だけどなんとか優等生らしい笑みは崩さないようにして、そんな適当な相槌を打ったとき、
「――あ」
「え?」
ふいに宇佐美が声を上げると同時に、眼前に白い手のひらが現れた。
思わず間の抜けた声が漏れる。
宇佐美の手だと理解した次の瞬間には、それは俺の前髪に触れようとしていた。俺の額を覆う、長めの前髪に。
途端、心臓が跳ね上がり、息が止まる。背中に冷たい汗が噴きだす。
咄嗟に、俺は身体を後ろへ引いていた。
宇佐美の手が俺の髪から離れる。それに反射的に安堵していたら、
「え……ご、ごめん」
宇佐美の驚いたような声が聞こえて、はっとした。
宇佐美のほうを見ると、彼女は右手を宙ぶらりんに浮かせたまま、困惑した顔で俺を見ていた。
「髪に糸くずがついてたんだ。だからとろうかと思ったんだけど……ごめんね、急に触ったらびっくりするよね」
「い、いや、俺こそごめん」
まだ心臓はばくばくと落ち着かない。だけどなんとか落ち着いた表情を作ろうと、必死に努めた。
宇佐美が申し訳なさそうな顔をしていることに心苦しくなる。
なにをしているのだろう。べつに宇佐美は悪くない。彼女の言うように、髪についていた糸くずをとろうとしてくれただけだ。なのに。
「ごめん、ほんと。ちょっとびっくりしただけで」
「ううん、あたしこそ。いきなりごめんね」
お互いなんとなくバツの悪い感じになってしばらく謝り合う。そこで助け船のように、始業を告げるチャイムが鳴った。
宇佐美があわてて自分の席を戻る。その背中を見送りながら、俺はゆっくりと息を吐いた。大丈夫だ、と心の中で呟く。長めに伸ばした前髪に、指先で触れる。
大丈夫、宇佐美には見えていない。
俺はちゃんと、隠せているはずだから。