「……は?」
返された言葉の意味は、よくわからなかった。
どういう意味? と俺が聞き返しかけたとき、
「それでね、やっぱり高校生といえば青春でしょ、恋でしょ。それで恋をするためには、学校に来なくちゃ出会いもないし」
「え……なに? まさか」
おそろしく頭の悪い答えを聞いた気がして、ぎょっとしながら、
「そのために、学校に来てるって?」
「そう! 恋をするために!」
力強く言い切ってみせた久世の顔を、あっけにとられてまじまじと見つめる。
「……マジで言ってんの?」
「もちろん!」
そりゃ、その願望自体はなにもおかしなものではないけれど。
それが高校生活のメインテーマになっているのは、さすがにバカだと思った。
だけど久世が言うと、あながち冗談にも聞こえないのが怖い。
だって彼女は、たしかになにもしていない。本来のメインであるはずの勉強は、ハナからやる気もないようだし。
けれど思えば、そのわりに彼女は学校を休むことは少なかった。授業を受けもしないくせに、きっちり始業時間には登校していた。今日だって、ぎょっとするほど顔色が悪かったというのに、遅刻することなく教室に現れたし。
よく考えると奇妙な生活態度だった。言われてみればたしかに、授業ではなくなにかべつの目的のために、毎日登校していたかのような――。
「だからね、かわいくしてもらえてうれしい! このほうが、すてきな恋が近づきそうだし。ね、だからこれからもよろしくね、成田くん!」
満面の笑みで、さらにそんな頭の悪い言葉を続ける彼女に、あきれてしばし言葉が出なかった。
たぶん、本気なのだと思った。
だって久世だし。
久世なら、これぐらいバカな理由で高校に通っていても、おかしくない気がする。してしまう。
「……本気で、恋がしたいって思ってんの?」
「うん! 本気、超本気!」
「じゃあ、いっこ真面目なアドバイスするけど」
「え! なになに?!」
思いがけない言葉に驚いたように、勢いよく身を乗りだしてきた彼女に、
「授業は、もっとちゃんと受けたほうがいいと思います」
「へ、なんで?」
「なんでって」
純粋にわけがわからない、といった調子で聞き返され、俺はまたあきれながら、
「いくらかわいくても、授業もまともに受けないような女子は嫌だろ。不良っぽいし」
「そうなの?」
「少なくとも俺はそうです」
彼女にするなら、真面目で、ちゃんと努力しているような子がいい。あきらめず、卑屈にならず、何事も前向きに頑張っているような。――俺と違って。
「そっかあ……うーん、なるほど。たしかに……」
思わぬ発見だったのか、久世は真剣な顔で顎に手をやって、ひとりでうんうんと頷いていた。
「授業を真面目に受けない女の子は、男の子から見てもあんまり魅力的じゃないよね」
「うん、間違いない」
「そっかそっか、うん、なるほど……」
納得したように深く頷いて、久世はなにか考え込むようにうつむいた。
その顔から笑みが消えてるのを見て、思わずどきりとする。
ちょっと、ストレートに言い過ぎたかもしれない。伏せられた目はなんだか落ち込んでいるようにも見えて、俺はあわてて口を開くと、
「せっかくさ、久世、見た目は悪くないんだし」
「へ」
「もったいないって言ったんだよ。授業中あんな感じだと、敬遠する男子も多そうだし。せっかくのチャンスをつぶしてんじゃないかって」
早口に続けると、久世は顔を上げ、しばし無言で俺の顔を見つめた。
「え、あ……ありがと」
やがてふわりと表情をほころばせ、うれしそうに笑う。いつの間にか教室には夕陽が差し込んでいて、そんな久世の顔を赤く染めていた。
「うん、そうだね。成田くんの言うとおり、これからは勉強ももっと頑張るよ。せっかく成田くんがノートも貸してくれたことだし!」
「……俺のノートでよければ、いつでも貸すから」
「え、ほんとに?」
「メイクも、俺でよければいつでもする。協力するよ、久世が恋できるように。だから」
言いながら、ふと瞼の裏に、机に突っ伏して眠る久世の姿が浮かんだ。
誰からもあきらめられて、自分自身もあきらめてしまったかのように、毎日眠る彼女が。
いつからか、そんな彼女の丸まった背中を、よく見ていた。
苦々しさと、ほんの少しの――優越感を、噛みしめながら。
「もっと……頑張ってみれば」
呟いたのは、彼女へ向けた言葉だったのか、よくわからなかった。
返された言葉の意味は、よくわからなかった。
どういう意味? と俺が聞き返しかけたとき、
「それでね、やっぱり高校生といえば青春でしょ、恋でしょ。それで恋をするためには、学校に来なくちゃ出会いもないし」
「え……なに? まさか」
おそろしく頭の悪い答えを聞いた気がして、ぎょっとしながら、
「そのために、学校に来てるって?」
「そう! 恋をするために!」
力強く言い切ってみせた久世の顔を、あっけにとられてまじまじと見つめる。
「……マジで言ってんの?」
「もちろん!」
そりゃ、その願望自体はなにもおかしなものではないけれど。
それが高校生活のメインテーマになっているのは、さすがにバカだと思った。
だけど久世が言うと、あながち冗談にも聞こえないのが怖い。
だって彼女は、たしかになにもしていない。本来のメインであるはずの勉強は、ハナからやる気もないようだし。
けれど思えば、そのわりに彼女は学校を休むことは少なかった。授業を受けもしないくせに、きっちり始業時間には登校していた。今日だって、ぎょっとするほど顔色が悪かったというのに、遅刻することなく教室に現れたし。
よく考えると奇妙な生活態度だった。言われてみればたしかに、授業ではなくなにかべつの目的のために、毎日登校していたかのような――。
「だからね、かわいくしてもらえてうれしい! このほうが、すてきな恋が近づきそうだし。ね、だからこれからもよろしくね、成田くん!」
満面の笑みで、さらにそんな頭の悪い言葉を続ける彼女に、あきれてしばし言葉が出なかった。
たぶん、本気なのだと思った。
だって久世だし。
久世なら、これぐらいバカな理由で高校に通っていても、おかしくない気がする。してしまう。
「……本気で、恋がしたいって思ってんの?」
「うん! 本気、超本気!」
「じゃあ、いっこ真面目なアドバイスするけど」
「え! なになに?!」
思いがけない言葉に驚いたように、勢いよく身を乗りだしてきた彼女に、
「授業は、もっとちゃんと受けたほうがいいと思います」
「へ、なんで?」
「なんでって」
純粋にわけがわからない、といった調子で聞き返され、俺はまたあきれながら、
「いくらかわいくても、授業もまともに受けないような女子は嫌だろ。不良っぽいし」
「そうなの?」
「少なくとも俺はそうです」
彼女にするなら、真面目で、ちゃんと努力しているような子がいい。あきらめず、卑屈にならず、何事も前向きに頑張っているような。――俺と違って。
「そっかあ……うーん、なるほど。たしかに……」
思わぬ発見だったのか、久世は真剣な顔で顎に手をやって、ひとりでうんうんと頷いていた。
「授業を真面目に受けない女の子は、男の子から見てもあんまり魅力的じゃないよね」
「うん、間違いない」
「そっかそっか、うん、なるほど……」
納得したように深く頷いて、久世はなにか考え込むようにうつむいた。
その顔から笑みが消えてるのを見て、思わずどきりとする。
ちょっと、ストレートに言い過ぎたかもしれない。伏せられた目はなんだか落ち込んでいるようにも見えて、俺はあわてて口を開くと、
「せっかくさ、久世、見た目は悪くないんだし」
「へ」
「もったいないって言ったんだよ。授業中あんな感じだと、敬遠する男子も多そうだし。せっかくのチャンスをつぶしてんじゃないかって」
早口に続けると、久世は顔を上げ、しばし無言で俺の顔を見つめた。
「え、あ……ありがと」
やがてふわりと表情をほころばせ、うれしそうに笑う。いつの間にか教室には夕陽が差し込んでいて、そんな久世の顔を赤く染めていた。
「うん、そうだね。成田くんの言うとおり、これからは勉強ももっと頑張るよ。せっかく成田くんがノートも貸してくれたことだし!」
「……俺のノートでよければ、いつでも貸すから」
「え、ほんとに?」
「メイクも、俺でよければいつでもする。協力するよ、久世が恋できるように。だから」
言いながら、ふと瞼の裏に、机に突っ伏して眠る久世の姿が浮かんだ。
誰からもあきらめられて、自分自身もあきらめてしまったかのように、毎日眠る彼女が。
いつからか、そんな彼女の丸まった背中を、よく見ていた。
苦々しさと、ほんの少しの――優越感を、噛みしめながら。
「もっと……頑張ってみれば」
呟いたのは、彼女へ向けた言葉だったのか、よくわからなかった。