「えっ、うそ!」
そうして迎えた放課後。空き教室で顔を合わせた久世は、俺が鞄から取りだした大量のメイク用品を見るなり、すっとんきょうな声を上げた。
「成田くん、そんなに買ってきたの?!」
「うん」
「えっ、なんで? 私、欲しいのは水色のアイシャドウだけだって……」
「わかってる。俺が買いたかっただけ」
じゃあ明日までにアイシャドウを用意してくるね、と。
昨日の別れ際、意気揚々と告げた久世を、俺は止めた。俺が用意してくるからいい、と。
久世のセンスは不安だから、なんて適当な理由をつけたけれど、本当のところは俺が自分で選びたかったのだ。ちゃんと、久世に似合いそうなものを。
「あ、じゃあ私、お金を……」
「いい。いらない」
あわてたように鞄から財布を取りだそうとした久世を、俺はすぐに制する。
「いやいや」と久世はぎょっとしたように首を振り、
「そうはいかないよ! だって私のだし!」
「違う。俺が欲しかったから、勝手に買っただけ」
そうだ。べつに久世のため、だとか思って買ったわけではなかった。
ただ俺が、久世にこれを使いたかったから。これでメイクした久世の顔を、見たいと思ったから。
「で、でも」
「いいから、早く始めよう。早く終わらせて帰りたいし」
はしゃいでいる感を出さないよう気をつけて、素っ気ない調子で告げる。内心本当に、早く始めたくてたまらなかった。久世の顔がどう変わるのか、早く見たかった。
「あっ、う、うん。そうだよね」
久世はおずおずと、俺の用意してきたメイク用品へ手を伸ばす。やはりというか、彼女が真っ先に手に取ろうとしたのは水色のアイシャドウだった。
だけど途中で、彼女はふと手を止めた。
数秒、なにか考え込むようにそのアイシャドウを見つめる。それからゆっくり、俺のほうへ視線を移して、
「……あの、成田くん」
「なに」
「やっぱり成田くんが、してくれないかな? メイク。朝みたいに」
「……は?」
急になにを言いだしたのか。
ぽかんとして久世を見ると、彼女はちょっと照れたような笑顔で軽く首を傾げ、
「自分で自分の顔に色を塗るって、すごーく難しそうだなあと思って。私、本当にめちゃくちゃ不器用なの。びっくりするぐらい。だからぜったいうまくできないし、成田くんにしてもらったほうが、ぜったいきれいになれそうだから」
「……いや、だから練習するんだろ。自分でできないままじゃ困るじゃん、この先」
昨日交わしたのは、そういう約束だったはずだ。メイク初心者の久世が、メイクをできるようにするため、俺が教える。女子なら皆、きっとそう遠くない将来に、メイクが必要になるのだから。
久世自身の腕が上達しなければ、なにも意味がない。
「うん、そうなんだけど……あっ、じゃあ最初だけ。最初のうちだけでいいから、成田くんがして? 私も最初は、見て覚えるから。ね、ねっ、お願い!」
ぱんっ、と顔の前で手を合わせて、久世が頭を下げる。
なんだそれ、と思いながらも、内心、その提案には惹かれていた。ものすごく。
一度でいいから自分の手で久世にメイクをしてみたいと、密かに思っていたから。
俺の手で変わる、久世を見てみたい、なんて。
「……じゃあ」
渋々という口調を意識しながら、俺は口を開く。仕方ないな、という風に顔もしかめておいた。
「最初だけ、な」
「うん! やったあ、ありがとう!」
ぱっと顔を上げた久世が、両手を天井へ向かって挙げる。心底うれしそうな笑みだった。
そうして迎えた放課後。空き教室で顔を合わせた久世は、俺が鞄から取りだした大量のメイク用品を見るなり、すっとんきょうな声を上げた。
「成田くん、そんなに買ってきたの?!」
「うん」
「えっ、なんで? 私、欲しいのは水色のアイシャドウだけだって……」
「わかってる。俺が買いたかっただけ」
じゃあ明日までにアイシャドウを用意してくるね、と。
昨日の別れ際、意気揚々と告げた久世を、俺は止めた。俺が用意してくるからいい、と。
久世のセンスは不安だから、なんて適当な理由をつけたけれど、本当のところは俺が自分で選びたかったのだ。ちゃんと、久世に似合いそうなものを。
「あ、じゃあ私、お金を……」
「いい。いらない」
あわてたように鞄から財布を取りだそうとした久世を、俺はすぐに制する。
「いやいや」と久世はぎょっとしたように首を振り、
「そうはいかないよ! だって私のだし!」
「違う。俺が欲しかったから、勝手に買っただけ」
そうだ。べつに久世のため、だとか思って買ったわけではなかった。
ただ俺が、久世にこれを使いたかったから。これでメイクした久世の顔を、見たいと思ったから。
「で、でも」
「いいから、早く始めよう。早く終わらせて帰りたいし」
はしゃいでいる感を出さないよう気をつけて、素っ気ない調子で告げる。内心本当に、早く始めたくてたまらなかった。久世の顔がどう変わるのか、早く見たかった。
「あっ、う、うん。そうだよね」
久世はおずおずと、俺の用意してきたメイク用品へ手を伸ばす。やはりというか、彼女が真っ先に手に取ろうとしたのは水色のアイシャドウだった。
だけど途中で、彼女はふと手を止めた。
数秒、なにか考え込むようにそのアイシャドウを見つめる。それからゆっくり、俺のほうへ視線を移して、
「……あの、成田くん」
「なに」
「やっぱり成田くんが、してくれないかな? メイク。朝みたいに」
「……は?」
急になにを言いだしたのか。
ぽかんとして久世を見ると、彼女はちょっと照れたような笑顔で軽く首を傾げ、
「自分で自分の顔に色を塗るって、すごーく難しそうだなあと思って。私、本当にめちゃくちゃ不器用なの。びっくりするぐらい。だからぜったいうまくできないし、成田くんにしてもらったほうが、ぜったいきれいになれそうだから」
「……いや、だから練習するんだろ。自分でできないままじゃ困るじゃん、この先」
昨日交わしたのは、そういう約束だったはずだ。メイク初心者の久世が、メイクをできるようにするため、俺が教える。女子なら皆、きっとそう遠くない将来に、メイクが必要になるのだから。
久世自身の腕が上達しなければ、なにも意味がない。
「うん、そうなんだけど……あっ、じゃあ最初だけ。最初のうちだけでいいから、成田くんがして? 私も最初は、見て覚えるから。ね、ねっ、お願い!」
ぱんっ、と顔の前で手を合わせて、久世が頭を下げる。
なんだそれ、と思いながらも、内心、その提案には惹かれていた。ものすごく。
一度でいいから自分の手で久世にメイクをしてみたいと、密かに思っていたから。
俺の手で変わる、久世を見てみたい、なんて。
「……じゃあ」
渋々という口調を意識しながら、俺は口を開く。仕方ないな、という風に顔もしかめておいた。
「最初だけ、な」
「うん! やったあ、ありがとう!」
ぱっと顔を上げた久世が、両手を天井へ向かって挙げる。心底うれしそうな笑みだった。