「俺、男が好きなんよ」
突然の告白だった。
放課後。部活動が終わった薄暗い帰り道。俺の親友である今田拓斗は軽いノリでそんなことを口にした。
あまりにも軽すぎて俺からしたら「今から小テストがあるらしいぜ」くらいの衝撃しか来なかった。
なんて返せば正解なのかわからない。別に俺の事を好きだとは言ってるわけじゃないから変に身構えなくていい気がする。
でも、恋愛対象として見られてたら? もしかしたら、好きだからカマをかけて来たかもしれないし。
なんて、変に自意識過剰になってしまう。
「そっか」
考えに考え抜いた結果俺はそんな冷たい返事しか出てこなかった。
「気持ち悪いと思った?」
「いや、別に思わんけど」
無意識にそう返すが、正直なところはわからない。
まぁ、俺には最近付き合ったばかりの彼女がいる。だから、好かれることはないだろうし、狙われたとしても断る理由がある。
そういう形の恋愛もある。わかってはいるが、理解はしてないし、するつもりもなかった。
だって、俺は女の子が好きだから。それに、今まで身近にいなかったし。
拓斗と俺は中学で出会った。一緒のサッカー部に家も近所。仲良くなるのに時間はかからなかった。
そのため、高校も一緒のところへ行き、サッカー部も続け俺たちは2年になった。
この約5年間拓斗はそんな事を一切打ち明けなかった。それは俺を信用してなかったからだろうか。
そんな風に思うとなんとなく腹立たしく思えてくる。
お互いの家付近の分かれ道にさしかかったとき、拓斗は足を止めた。
「どしたん?」
「あ、いや。その……」
歯切れの悪い返事。
その様子からだとまだ何か言い足りないか隠し事をしている気がする。
拓斗は俺の方を見ては気まずそうに下を向き、サッカーボールの入ったネットの紐をネジネジと捻っている。
そんな拓斗の姿は告白前の俺の姿に重なるものがあった。
彼女には俺からの告白でオッケーを貰った。しかも、2日前。記憶はまだ新しくあの時のことを今も鮮明に覚えてる。
いや、拓斗に限ってんな事ねぇよな。
「早く帰らないとご飯冷めんぞ?」
軽い感じで帰るよう誘導すると、覚悟を決めたかのように俺の方を見た。
「好きだ。陸」
初めて自分の名前を嫌いになった。
告白されたら、とか、狙われたら、とか考えてたのに一気に頭が真っ白になった。
それと同時に裏切られた気がして寒気も感じた。
「冗談はよせよ」
この一言は今出せる精一杯の優しい言葉だった。ヘラッと笑いこの話を流せたらいい。その思いだった。
よくよく考えてみれば勇気を振り絞って告白してくれた相手にこんなことを言うのはとても最低だと思う。
でも、そこまで完璧ないい人を演じていられる余裕はなかった。
「冗談じゃない。本気だ。陸に彼女がいるのは知ってる。それでも、陸が好きだ」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
同性から好かれるってこんなにも気持ち悪いのか。気持ち悪いとは思わないと言ったものの実際体験すると嫌でも思ってしまう。
あんなに親友だと思ってたのに、今までそんな目で見られてたかと思うとショックと嫌悪でいっぱいになる。
「ごめん。やっぱ無理だわ」
ハッキリとした拒絶。
その時の拓斗の表情は一言で言ったら“絶望”していた。真っ白でまるで死人のような顔をしていた。
泣きもしないし、逃げ出しもしない。ただ、時間が止まったかのようにそこに立ち尽くしている。
「ごめん」
耐えられなくなった俺は、それだけ告げると逃げ出した。
本格的に夜になった。早く帰らないとお袋と親父に怒られる。そう自分に言い聞かせて小走りで帰った。
俺はこの日。5年間を共にした親友を失った。
でも、拓斗からしたら親友と好きな人を同時に失ったことになったんだ。
あぁ。そうか。拓斗は俺を信用してなかったんじゃない。
自分の気持ちと失うものの多さを天秤にかけて俺の方を大切だと判断してくれたんだ。
それが、とある理由で自分の気持ちを優先して告白したんだな。
ここまで心に余裕をもって考えることが出来た時にはもう遅く、俺は喪服を着ていた。
「ーー自殺らしいよ」
「ーーいじめられてたんだってね」
「ーーでも、同性愛者でしょ? 気持ち悪いわね」
お経を聞いている中、ひそひそとそんな言葉が耳に入った。
スマホを見ると昨日から丸一日経っていた。
顔を前に向けると満面の笑みを浮かべている拓斗の写真がデカデカと飾ってある。
あれ? なにこれ? サプライズ? ドッキリ?
思考が追いつかず周りをキョロキョロしてしまう。
「こら。じっとしなさい」
泣き腫らして目を真っ赤にしたお袋が小声で俺を叱る。訳が分からなかった。今日1日をどうやって過ごしたのかも分からない。
学校は? 部活は? そいや、今日テストあったよな。俺ちゃんと受けた? あんな話したあとだけど、拓斗とはうまくやれた?
拓斗……拓斗……
「拓斗はどこ? あいつはどこいった?」
小声でお袋に聞くと、目に涙をためて首を横に振る。
「もうこの世にはいないのよ。あんた、1番身近にいといて何しとんよ……なんでいじめから守らんかったの」
焼香のため親族や列の前の人から順番に拓斗の写真の方へと行っている。
拓斗はこの世にいない? いじめ?
何も知らない。拓斗が死んだことも、いじめられてたことも。
俺と拓斗は学科が違うため部活以外で会うことが少ない。そのため学校生活をどうやって過ごしてるかなんて知らなかった。それに最近までの俺は恋する乙女モードに入っていたため好きな人しか興味がなく、正直に言うと拓斗の事に関心も興味もなかった。
なんで気づかなかったんだ。なんで言ってくれなかったんだよ。言ってくれれば俺がどうにか……
俺はどうにかしただろうか?
俺のくだらない恋バナをマシンガンの如く聞かせ、話す隙を与えなかった。
俺は俺のことしか見えてなかった。そんな中、いじめを止めようとか、策を練ろうとか拓斗に寄り添おうとするだろうか。否。するわけない。
昨日の帰り。拓斗が同性愛を告白した時を思い出した。
いつもみたいな軽いノリ。何ら変わらない拓斗。
あの言葉は本当に軽いノリだった? 違う。今考えるとあんなのノリで言えるような事じゃない。もしかしたら、わざと軽く言ってダメージを受けないようにしてたかもしれないけど、拓斗はなんか違かった。考えすぎかもしれないが、人生どうでもよくなったような感じがする。
そんな事、今更考察しても遅いよな。
焼香の順番がまわってきた。
見様見真似でやっていると、後ろから噂好きのおばさんが、いじめだの、同性愛だのと口にしている。
多くの人が同性愛を気持ち悪がった。
それがかなり気に触り怒りが込み上げてきた。
俺もおばさん達もいじめっ子も。拓斗に対する扱いはなにも変わらないというのに。
それなのに一丁前に正義のヒーロー面して心の中で怒っていた。
拓斗の遺体はとても綺麗だった。睡眠薬を大量に摂取しての自殺らしい。
ほっぺを叩けばいつもみたいに少しウザそうな顔しながら起きてきそうな気がする。
不思議と涙が出ない。
拓斗の死体を前にしてもまだ生きてると勘違いしている俺がいる。
「拓斗……ごめん……俺、何もしてやれなかった」
絞り出すような謝罪。
はたから見たらただの責任感の強いいい人。
その証拠におばさん達は「いいこだね」とか、「優しい子だね」とか薄っぺらい賞賛を送っている。
そんなんじゃない。俺自身の評価を下げないと気が済まない。
みんなから嫌われないと拓斗に懺悔した気がしない。
俺はぎゅっと唇を噛み締め、拓斗の唇にキスをした。
呼吸の音も聞こえないような静寂が漂う。
「俺、拓斗のことが好きだ。愛してる」
みんなに聞こえるようにハッキリと伝え、また席に戻った。
これから近所でなんて言われるんだろう。悪口を言われるだろうな。親のことも言われたらやだな。
「お袋。ごめん」
俺がお袋に謝るとお袋は首を横に振った。
「それでこそ私の息子よ」
意外にもお袋は俺の行動を褒めてくれた。
本当は叱って欲しかったけど、お袋から久々に褒められて嬉しくなってしまった。
勢いで言ってしまった「愛してる」は心からの言葉ではない。
まだ俺の気持ちはあの日の放課後と変わらない。それでも拓斗への感謝の気持ちと友達として好きだと言う気持ちは本当だ。
俺はあれから拓斗のお通夜に来ていた俺の彼女に振られた。
二股かけてたなんて酷いと言われた。
2年越しの恋。ようやっと叶ったと思ったら数日でお別れしてしまった。
いじめにあうことは無かった。
その代わり、誰ひとりとして俺と話す人もいなかった。
部活は続けた。
レギュラーをとろう。拓斗のぶんまで頑張ろう。という気持ちで練習を乗り越えてきた。
拓斗が死んでから数日が経ったある日、家に一通の手紙が届いた。
この時にはもう拓斗が死んだという事実を段々と受け止められてきていた。
それは拓斗からの最後の手紙だった。
なんだ? 最後に文句でも書きまくったか?
なんて書いてあるかはわからないし、想像できない。読んでみたいと思うけど、怖くて読めない。
手紙を開くことが出来たのは届いてから1週間後になった。
勇気を出して開いた封筒の中には薄っぺらい紙。何の変哲もない紙相手にこんなに手が震えるなんてなんだかバカバカしく思えてくる。
丁寧に2つに折られてる紙を汗でびっしょりになった手で開いた。
『陸へ。
この手紙を読んでるって事は俺はもうこの世にはいないと思う。
なんてテンプレみたいなセリフだけど、まじでもういないや。
俺、陸には言ってなかったけどいじめられてたんだ。
同性愛がバレて。
俺本当はお前が彼女さんに告る前に俺がお前に告るつもりだった。
でも、直接なんて怖くて言えないからメールで送ろうとしたんだけど、後ろの席の奴に見られてたみたい。
すぐにその事は広まって教室に居ずらくなった。初めはそのことでのいじめだったけど、徐々に関係ないことで勝手に理由づけられては暴力を受け、日々味方のいない孤独と戦った。
陸に告白した今日。受け入れてもらっても、拒絶されても、俺は死ぬつもりだった。
陸には迷惑かけたくないから。
でも、どっちみち陸には迷惑かけちゃったな。ごめん。あんなに拒絶するとは思わなかった。
もしさ、来世俺がお前好みの超巨乳で背が低くてロリ系の女に生まれてきて陸の目の前に現れたら告白くらいは受け止めてくれよな。
それじゃあ、サッカー頑張れよ。彼女さんと幸せにな。
拓斗より』
俺は拓斗が死んでから初めて泣いた。
そして、後悔した。
なんで親身に受け止められなかったんだ。と。
いつから存在してることが当たり前になってたんだろう。人間誰しも永遠なんて存在しないのに。
恋のカタチは人それぞれ違う。
太ってる人が好きな人もいれば細い人の方がいいと言う人もいる。
かっこいい人が好きな人もいれば可愛い人が好きだという人もいる。
異性を好きな人をいれば同性を好きな人だっている。
それを否定してはいけない。
すぐには無理でもそれぞれの恋のカタチを受け入れていこう。
そう心に誓った。
突然の告白だった。
放課後。部活動が終わった薄暗い帰り道。俺の親友である今田拓斗は軽いノリでそんなことを口にした。
あまりにも軽すぎて俺からしたら「今から小テストがあるらしいぜ」くらいの衝撃しか来なかった。
なんて返せば正解なのかわからない。別に俺の事を好きだとは言ってるわけじゃないから変に身構えなくていい気がする。
でも、恋愛対象として見られてたら? もしかしたら、好きだからカマをかけて来たかもしれないし。
なんて、変に自意識過剰になってしまう。
「そっか」
考えに考え抜いた結果俺はそんな冷たい返事しか出てこなかった。
「気持ち悪いと思った?」
「いや、別に思わんけど」
無意識にそう返すが、正直なところはわからない。
まぁ、俺には最近付き合ったばかりの彼女がいる。だから、好かれることはないだろうし、狙われたとしても断る理由がある。
そういう形の恋愛もある。わかってはいるが、理解はしてないし、するつもりもなかった。
だって、俺は女の子が好きだから。それに、今まで身近にいなかったし。
拓斗と俺は中学で出会った。一緒のサッカー部に家も近所。仲良くなるのに時間はかからなかった。
そのため、高校も一緒のところへ行き、サッカー部も続け俺たちは2年になった。
この約5年間拓斗はそんな事を一切打ち明けなかった。それは俺を信用してなかったからだろうか。
そんな風に思うとなんとなく腹立たしく思えてくる。
お互いの家付近の分かれ道にさしかかったとき、拓斗は足を止めた。
「どしたん?」
「あ、いや。その……」
歯切れの悪い返事。
その様子からだとまだ何か言い足りないか隠し事をしている気がする。
拓斗は俺の方を見ては気まずそうに下を向き、サッカーボールの入ったネットの紐をネジネジと捻っている。
そんな拓斗の姿は告白前の俺の姿に重なるものがあった。
彼女には俺からの告白でオッケーを貰った。しかも、2日前。記憶はまだ新しくあの時のことを今も鮮明に覚えてる。
いや、拓斗に限ってんな事ねぇよな。
「早く帰らないとご飯冷めんぞ?」
軽い感じで帰るよう誘導すると、覚悟を決めたかのように俺の方を見た。
「好きだ。陸」
初めて自分の名前を嫌いになった。
告白されたら、とか、狙われたら、とか考えてたのに一気に頭が真っ白になった。
それと同時に裏切られた気がして寒気も感じた。
「冗談はよせよ」
この一言は今出せる精一杯の優しい言葉だった。ヘラッと笑いこの話を流せたらいい。その思いだった。
よくよく考えてみれば勇気を振り絞って告白してくれた相手にこんなことを言うのはとても最低だと思う。
でも、そこまで完璧ないい人を演じていられる余裕はなかった。
「冗談じゃない。本気だ。陸に彼女がいるのは知ってる。それでも、陸が好きだ」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
同性から好かれるってこんなにも気持ち悪いのか。気持ち悪いとは思わないと言ったものの実際体験すると嫌でも思ってしまう。
あんなに親友だと思ってたのに、今までそんな目で見られてたかと思うとショックと嫌悪でいっぱいになる。
「ごめん。やっぱ無理だわ」
ハッキリとした拒絶。
その時の拓斗の表情は一言で言ったら“絶望”していた。真っ白でまるで死人のような顔をしていた。
泣きもしないし、逃げ出しもしない。ただ、時間が止まったかのようにそこに立ち尽くしている。
「ごめん」
耐えられなくなった俺は、それだけ告げると逃げ出した。
本格的に夜になった。早く帰らないとお袋と親父に怒られる。そう自分に言い聞かせて小走りで帰った。
俺はこの日。5年間を共にした親友を失った。
でも、拓斗からしたら親友と好きな人を同時に失ったことになったんだ。
あぁ。そうか。拓斗は俺を信用してなかったんじゃない。
自分の気持ちと失うものの多さを天秤にかけて俺の方を大切だと判断してくれたんだ。
それが、とある理由で自分の気持ちを優先して告白したんだな。
ここまで心に余裕をもって考えることが出来た時にはもう遅く、俺は喪服を着ていた。
「ーー自殺らしいよ」
「ーーいじめられてたんだってね」
「ーーでも、同性愛者でしょ? 気持ち悪いわね」
お経を聞いている中、ひそひそとそんな言葉が耳に入った。
スマホを見ると昨日から丸一日経っていた。
顔を前に向けると満面の笑みを浮かべている拓斗の写真がデカデカと飾ってある。
あれ? なにこれ? サプライズ? ドッキリ?
思考が追いつかず周りをキョロキョロしてしまう。
「こら。じっとしなさい」
泣き腫らして目を真っ赤にしたお袋が小声で俺を叱る。訳が分からなかった。今日1日をどうやって過ごしたのかも分からない。
学校は? 部活は? そいや、今日テストあったよな。俺ちゃんと受けた? あんな話したあとだけど、拓斗とはうまくやれた?
拓斗……拓斗……
「拓斗はどこ? あいつはどこいった?」
小声でお袋に聞くと、目に涙をためて首を横に振る。
「もうこの世にはいないのよ。あんた、1番身近にいといて何しとんよ……なんでいじめから守らんかったの」
焼香のため親族や列の前の人から順番に拓斗の写真の方へと行っている。
拓斗はこの世にいない? いじめ?
何も知らない。拓斗が死んだことも、いじめられてたことも。
俺と拓斗は学科が違うため部活以外で会うことが少ない。そのため学校生活をどうやって過ごしてるかなんて知らなかった。それに最近までの俺は恋する乙女モードに入っていたため好きな人しか興味がなく、正直に言うと拓斗の事に関心も興味もなかった。
なんで気づかなかったんだ。なんで言ってくれなかったんだよ。言ってくれれば俺がどうにか……
俺はどうにかしただろうか?
俺のくだらない恋バナをマシンガンの如く聞かせ、話す隙を与えなかった。
俺は俺のことしか見えてなかった。そんな中、いじめを止めようとか、策を練ろうとか拓斗に寄り添おうとするだろうか。否。するわけない。
昨日の帰り。拓斗が同性愛を告白した時を思い出した。
いつもみたいな軽いノリ。何ら変わらない拓斗。
あの言葉は本当に軽いノリだった? 違う。今考えるとあんなのノリで言えるような事じゃない。もしかしたら、わざと軽く言ってダメージを受けないようにしてたかもしれないけど、拓斗はなんか違かった。考えすぎかもしれないが、人生どうでもよくなったような感じがする。
そんな事、今更考察しても遅いよな。
焼香の順番がまわってきた。
見様見真似でやっていると、後ろから噂好きのおばさんが、いじめだの、同性愛だのと口にしている。
多くの人が同性愛を気持ち悪がった。
それがかなり気に触り怒りが込み上げてきた。
俺もおばさん達もいじめっ子も。拓斗に対する扱いはなにも変わらないというのに。
それなのに一丁前に正義のヒーロー面して心の中で怒っていた。
拓斗の遺体はとても綺麗だった。睡眠薬を大量に摂取しての自殺らしい。
ほっぺを叩けばいつもみたいに少しウザそうな顔しながら起きてきそうな気がする。
不思議と涙が出ない。
拓斗の死体を前にしてもまだ生きてると勘違いしている俺がいる。
「拓斗……ごめん……俺、何もしてやれなかった」
絞り出すような謝罪。
はたから見たらただの責任感の強いいい人。
その証拠におばさん達は「いいこだね」とか、「優しい子だね」とか薄っぺらい賞賛を送っている。
そんなんじゃない。俺自身の評価を下げないと気が済まない。
みんなから嫌われないと拓斗に懺悔した気がしない。
俺はぎゅっと唇を噛み締め、拓斗の唇にキスをした。
呼吸の音も聞こえないような静寂が漂う。
「俺、拓斗のことが好きだ。愛してる」
みんなに聞こえるようにハッキリと伝え、また席に戻った。
これから近所でなんて言われるんだろう。悪口を言われるだろうな。親のことも言われたらやだな。
「お袋。ごめん」
俺がお袋に謝るとお袋は首を横に振った。
「それでこそ私の息子よ」
意外にもお袋は俺の行動を褒めてくれた。
本当は叱って欲しかったけど、お袋から久々に褒められて嬉しくなってしまった。
勢いで言ってしまった「愛してる」は心からの言葉ではない。
まだ俺の気持ちはあの日の放課後と変わらない。それでも拓斗への感謝の気持ちと友達として好きだと言う気持ちは本当だ。
俺はあれから拓斗のお通夜に来ていた俺の彼女に振られた。
二股かけてたなんて酷いと言われた。
2年越しの恋。ようやっと叶ったと思ったら数日でお別れしてしまった。
いじめにあうことは無かった。
その代わり、誰ひとりとして俺と話す人もいなかった。
部活は続けた。
レギュラーをとろう。拓斗のぶんまで頑張ろう。という気持ちで練習を乗り越えてきた。
拓斗が死んでから数日が経ったある日、家に一通の手紙が届いた。
この時にはもう拓斗が死んだという事実を段々と受け止められてきていた。
それは拓斗からの最後の手紙だった。
なんだ? 最後に文句でも書きまくったか?
なんて書いてあるかはわからないし、想像できない。読んでみたいと思うけど、怖くて読めない。
手紙を開くことが出来たのは届いてから1週間後になった。
勇気を出して開いた封筒の中には薄っぺらい紙。何の変哲もない紙相手にこんなに手が震えるなんてなんだかバカバカしく思えてくる。
丁寧に2つに折られてる紙を汗でびっしょりになった手で開いた。
『陸へ。
この手紙を読んでるって事は俺はもうこの世にはいないと思う。
なんてテンプレみたいなセリフだけど、まじでもういないや。
俺、陸には言ってなかったけどいじめられてたんだ。
同性愛がバレて。
俺本当はお前が彼女さんに告る前に俺がお前に告るつもりだった。
でも、直接なんて怖くて言えないからメールで送ろうとしたんだけど、後ろの席の奴に見られてたみたい。
すぐにその事は広まって教室に居ずらくなった。初めはそのことでのいじめだったけど、徐々に関係ないことで勝手に理由づけられては暴力を受け、日々味方のいない孤独と戦った。
陸に告白した今日。受け入れてもらっても、拒絶されても、俺は死ぬつもりだった。
陸には迷惑かけたくないから。
でも、どっちみち陸には迷惑かけちゃったな。ごめん。あんなに拒絶するとは思わなかった。
もしさ、来世俺がお前好みの超巨乳で背が低くてロリ系の女に生まれてきて陸の目の前に現れたら告白くらいは受け止めてくれよな。
それじゃあ、サッカー頑張れよ。彼女さんと幸せにな。
拓斗より』
俺は拓斗が死んでから初めて泣いた。
そして、後悔した。
なんで親身に受け止められなかったんだ。と。
いつから存在してることが当たり前になってたんだろう。人間誰しも永遠なんて存在しないのに。
恋のカタチは人それぞれ違う。
太ってる人が好きな人もいれば細い人の方がいいと言う人もいる。
かっこいい人が好きな人もいれば可愛い人が好きだという人もいる。
異性を好きな人をいれば同性を好きな人だっている。
それを否定してはいけない。
すぐには無理でもそれぞれの恋のカタチを受け入れていこう。
そう心に誓った。