副社長氏と相原さんって、本当に結婚してるんだよね?
晃は会社で社員たちが半信半疑に噂するのを知っていた。
麻衣子は帰国して半年入退院を経て、会社に復帰した。
前のように世界中を飛び回るには時間がかかると医者に言われている。でも麻衣子の仕事への熱意が体調を上向かせていた。晃はできる限りそれを応援してやりたいと思っていた。
「来たか」
「反田氏、プロジェクトを延長するとはどういうことですか」
ただ長年の関係が変わるかというと、実はまだ日々モニターごしに麻衣子と言い合う。
「空路輸送に耐えられる商品か、今一度検討が必要だろう」
「支社が何度も試験を行っています。私が試験場を見てきましょうか」
晃は内心舌打ちする。今の麻衣子の体でそんなことをされては、晃は明日から安心して眠ることもできない。
「とにかく、再レク案件だ。また日取りは追って連絡する」
多少自分の立場が弱くなった気もするが、麻衣子が元気ならまあいい。そう思いながら、晃は通信を切る。
そんな晃の背中越しに、出海が椅子を反転させて声をかける。
「心配だからもう政情不安なところに突っ込んでいくのはやめてくれってくらい、言ってもいいんじゃない?」
「政情不安じゃなきゃいいのかと言い返すだろう」
出海の言葉に、晃は憮然と返す。
どこにも行ってほしくない。離したくない。もちろんそういう思いはある。
でもタイを締めてこちらをちらと見た、その凛としたまなざしに一目ぼれした自分が、今更それを言ったら怒られるに違いない。
結局惚れたのは自分の方。どれだけ傷ついたってこの女でないと嫌だと十三年間だだをこねた結果が今だ。二度と麻衣子なしに暮らせない。
「あなた」
モニターの電源が入る。そこに映った不機嫌そうな麻衣子を見るだけで心が落ち着く自分は、本当にどうしようもない。
何だ、仕事中だぞ。晃が不愛想に返そうとしたら、麻衣子が言った。
「ごめん。……生まれそう」
瞬間、晃は椅子をはねとばして立ち上がった。
無理やり午後の仕事を出海に押し付けて、鞄を持ったのかも自信がないくらいに大急ぎで家に向かう。
麻衣子を車で病院に連れて行って、立ったまま診察の様子を見守る。
「あなたは出てて」
「嫌だ」
麻衣子の手をつかんだまま、晃はわがままのように言い返す。
「一人で苦しませるか。俺が父親だ」
この一年ずっと心に決めていたことだった。麻衣子は不安そうだった目に、ほっと安堵の光を浮かべた。
コウキのときは大変な難産だったと聞いた。混乱の中医療設備もそろわず、途中で電気も止まったという。
麻衣子の体はだいぶよくなったが、病気を抱えた身だ。二人目は難しいのではと夫婦で悩んだ夜もあった。
「コウキは?」
「さっき出海が幼稚園に迎えに行ってくれた。璃子が晩ごはんを食べさせてくれる」
でも同い年の子どもを持つ出海と璃子の手助けもあって、コウキは日本での生活になじみ始めている。
僕がお兄ちゃん? 目を輝かせたコウキの言葉に支えられて、二人はもう一人子どもを持つことを決めた。
幸い、二人目は安産だった。夕方には、元気な産声が二人の元にやって来た。
「男の子です」
新しい家族を見て、晃は笑う。
「そんな気がしてた」
「コウキも喜ぶかな」
麻衣子も小さな手をそっと包みながら、頬をほころばせる。
少しだけ目を伏せて麻衣子は思いを馳せる。
前は一人で、晃生という名前をつけた。
誰より好きな人との間に生まれた宝物が、どうか輝いて生きてほしいと願いをこめた。
「名前はコウキと相談の後、だからな」
今度は家族三人が話し合って、名前をつける。
「うん。……愛しているわ」
麻衣子は新しい家族に頬を寄せて、彼の幸せを願った。
晃は会社で社員たちが半信半疑に噂するのを知っていた。
麻衣子は帰国して半年入退院を経て、会社に復帰した。
前のように世界中を飛び回るには時間がかかると医者に言われている。でも麻衣子の仕事への熱意が体調を上向かせていた。晃はできる限りそれを応援してやりたいと思っていた。
「来たか」
「反田氏、プロジェクトを延長するとはどういうことですか」
ただ長年の関係が変わるかというと、実はまだ日々モニターごしに麻衣子と言い合う。
「空路輸送に耐えられる商品か、今一度検討が必要だろう」
「支社が何度も試験を行っています。私が試験場を見てきましょうか」
晃は内心舌打ちする。今の麻衣子の体でそんなことをされては、晃は明日から安心して眠ることもできない。
「とにかく、再レク案件だ。また日取りは追って連絡する」
多少自分の立場が弱くなった気もするが、麻衣子が元気ならまあいい。そう思いながら、晃は通信を切る。
そんな晃の背中越しに、出海が椅子を反転させて声をかける。
「心配だからもう政情不安なところに突っ込んでいくのはやめてくれってくらい、言ってもいいんじゃない?」
「政情不安じゃなきゃいいのかと言い返すだろう」
出海の言葉に、晃は憮然と返す。
どこにも行ってほしくない。離したくない。もちろんそういう思いはある。
でもタイを締めてこちらをちらと見た、その凛としたまなざしに一目ぼれした自分が、今更それを言ったら怒られるに違いない。
結局惚れたのは自分の方。どれだけ傷ついたってこの女でないと嫌だと十三年間だだをこねた結果が今だ。二度と麻衣子なしに暮らせない。
「あなた」
モニターの電源が入る。そこに映った不機嫌そうな麻衣子を見るだけで心が落ち着く自分は、本当にどうしようもない。
何だ、仕事中だぞ。晃が不愛想に返そうとしたら、麻衣子が言った。
「ごめん。……生まれそう」
瞬間、晃は椅子をはねとばして立ち上がった。
無理やり午後の仕事を出海に押し付けて、鞄を持ったのかも自信がないくらいに大急ぎで家に向かう。
麻衣子を車で病院に連れて行って、立ったまま診察の様子を見守る。
「あなたは出てて」
「嫌だ」
麻衣子の手をつかんだまま、晃はわがままのように言い返す。
「一人で苦しませるか。俺が父親だ」
この一年ずっと心に決めていたことだった。麻衣子は不安そうだった目に、ほっと安堵の光を浮かべた。
コウキのときは大変な難産だったと聞いた。混乱の中医療設備もそろわず、途中で電気も止まったという。
麻衣子の体はだいぶよくなったが、病気を抱えた身だ。二人目は難しいのではと夫婦で悩んだ夜もあった。
「コウキは?」
「さっき出海が幼稚園に迎えに行ってくれた。璃子が晩ごはんを食べさせてくれる」
でも同い年の子どもを持つ出海と璃子の手助けもあって、コウキは日本での生活になじみ始めている。
僕がお兄ちゃん? 目を輝かせたコウキの言葉に支えられて、二人はもう一人子どもを持つことを決めた。
幸い、二人目は安産だった。夕方には、元気な産声が二人の元にやって来た。
「男の子です」
新しい家族を見て、晃は笑う。
「そんな気がしてた」
「コウキも喜ぶかな」
麻衣子も小さな手をそっと包みながら、頬をほころばせる。
少しだけ目を伏せて麻衣子は思いを馳せる。
前は一人で、晃生という名前をつけた。
誰より好きな人との間に生まれた宝物が、どうか輝いて生きてほしいと願いをこめた。
「名前はコウキと相談の後、だからな」
今度は家族三人が話し合って、名前をつける。
「うん。……愛しているわ」
麻衣子は新しい家族に頬を寄せて、彼の幸せを願った。