夏本番前の期末試験がようやく終わろうとしていた。これが終われば中学最後の夏休みが待っているわけだから、クラスのみんなはどことなく浮わついた雰囲気を隠しきれていなかった。

 そんな雰囲気の中、教室の中央で必死に鉛筆を転がしている田村一希を見て、我慢できずに小さく吹いてしまった。少し茶色に染めた髪にだらしなく着こなした制服。長身で体躯に恵まれてる点は僕とは正反対だ。

 その後ろの席では、長い黒髪の毛先をいじっている篠田ありさが、眠そうな目で僕を見ていた。目が合うと、ありさが笑顔で手を振ってきた。ちょっと大人びて顔立ちも抜群にいいありさは、学年で一番を争う人気の女子だ。ただ、ありさに欠点があるとしたら、彼氏が僕だということだ。

 終了のチャイムが鳴ると同時に、試験から解放された空気が一気に広がっていく。視線を一番前の席に向けると、試験開始から爆睡していた白金由紀が、猫のように起き上がってノビをしていた。

「賢ちゃん、おつかれ。できはどう?」

 終了と同時に僕のもとに来るありさを、刺すような周りの視線を感じながら受け止める。遅れて田村が加わってきたことで、これでいつものあべこべコンビが完成した。

 いつものように密着してくるありさに動揺しながらも、視界の隅で由紀の姿を探してみる。由紀はさっきまで友達と談笑していたけど、迎えにきた彼氏に手を引かれて教室を出ていくところだった。

 その背中を見送ると、僕は息もできないほどの嫉妬心に襲われた。ありさという彼女がいるのに、未だに心の中では由紀の姿を追い続けている自分がいた。

「ねえ、聞いてる?」

 不意に響いたありさの声で、霞がかっていた景色に色がじわりと戻った。ありさが眉間に皺をよせていたので、慌てて作り笑いで誤魔化した。

「もう、その様子だと、キャッスルに行く計画も忘れてたでしょ?」

 少しむくれた顔でぼやくと、ありさはさらに僕の腕に絡みついてきた。はっきり言って女子に免疫のない僕は、ありさの大胆さには振り回されっぱなしだった。

 ありさの言う『キャッスル』とは、この町に昔からある古い塔のことで、特殊な存在であることからこの町のちょっとした名物にもなっていた。

 これまで幾多の調査チームがキャッスルの解明に乗り出したけど、未だにキャッスルが何の素材でできているのかさえわかっていない。地上五メートルほどの煙突形で、中は空洞になっている。わかっているのはそれだけで、いつ頃、どんな目的で建てられたのかも依然として不明なままになっている。

 そのキャッスルに、ありさが入る計画を立てた。中学最後の夏の思い出作りとして、入ってみたいというのがありさの希望だった。

「そうと決まれば、打ち上げついでにいつもの所で計画を練るとしようぜ」

 ありさの話に乗り気だった田村が、誘いの提案をしてきた。いつもの所とは、この町の中高生がたまり場にしているファーストフード店のことで、そこに行くということは、必然的に帰りが遅くなることになる。

「あ、いや、今日は――」

 用事があると言いかけた僕を、ありさが更に腕に絡みついてきて阻止してきた。鋭い瞳が理由を尋ねていたけど、理由を言うわけにはいかなかった。

 なぜなら、今日は由紀の誕生日だからだ。小学四年生の時に出会ってから、互いの誕生日は欠かさず決まった場所を訪れていた。僕も由紀も恋人がいるけど、できればこの習慣だけは続けていたかった。

 でも、結局押しきられて、ありさたちに付き合うことになった。本当は、互いに恋人ができてからの初めての誕生日だったから、余計に由紀が来てくれるのかどうか知りたかった。

 なのに、僕は結局一言も言えずに流されるまま、田村とありさについていくことしかできなかった。