白いパーテーション越しに見える白金由紀の姿は、金髪のショートカットに派手な化粧、小豆色の上下ジャージという女子中学生とは思えない姿だった。
法律事務所の応接用ソファーに座っている由紀は、現れた俺を見るなり強張った顔に見慣れた笑顔を浮かべて迎えてくれた。
「待たせたね」
対面に座りながら、由紀の様子をそれとなく伺ってみる。前回受けた相談内容から考えると、その結果は決して由紀にとっていいものではなかったはず。にもかかわらず、由紀は落ち込んでいるようには見えなかった。
「藤本さん、迷惑かけてすみません」
口を開くなり、由紀は深く頭を下げた。さすがは白金家の長女というだけあり、見た目を除けば、その立ち振舞いから育ちの良さが伝わってくる。
白金由紀から相談を持ちかけられたのは、三日前のことだった。本来なら、中学生から単独で相談など受けることはない。だが、不動産業で成り上がった白金家の長女であることと、弟の賢一から猛烈にお願いされたこともあって渋々引き受けることにした。
相談内容は、相続に関することだった。二ヶ月前に、由紀の父親が交通事故により急死した。遺言書はなく、作成した記録もなかったことから、法定相続人による遺産分割協議が行われたという。
資産家の相続という話に幾分か興味を持ったが、由紀の話を聞いた途端に激しく後悔することになった。
由紀の相談内容は、法定相続人による遺産分割協議に、自分は参加していないというものだった。弟と妹は代理人が選任されて参加したが、どうして自分だけが外されたのかを知りたいというのが由紀の望みだった。
通常、法定相続人は法律の規定に従って選ばれる。今回の由紀のケースでは、妻と子供が選ばれているから、由紀が入っていなければ遺産分割協議は成立しない。
だが、遺産分割協議自体は弁護士立ち会いのもとで成立していた。このことから導かれる結論は一つ。由紀と父親の間には、血縁上も法律上も親子関係はなかったということになる。
遺産分割協議に立ち会った弁護士に確認したところ、由紀の父親と母親は再婚関係にあり、由紀は母親の連れ子だった。再婚の際に、由紀と父親が親子関係を築くには養子縁組が必要なのだが、その手続きをやっていなかったようだ。
その事実を由紀に告げたのが前回のことで、おそらく半分も理解していない感じの由紀だったが、親子関係にないとわかった時には表情に暗い影を落としていた。
「少しは気分が良くなった?」
それとなく尋ねてみると、由紀は困ったような顔で笑ってくれた。別に困っているわけではないらしいが、これが由紀の普段の笑顔だった。
「まあ、仕方ないかなって思えるようになりました」
前回の帰り際、由紀の肩が気丈に震えていたことを思い出した。が、今はその華奢な肩は震えていない。しかし、その代わりに髪の毛は金髪になり化粧は色濃くなった。
「で、今日の相談ってのは?」
昨日の夜、もう一度だけ相談にのってほしいと連絡があった。断るには偲びなかったので引き受けることにした。
「実は、遺言書の件なんです」
由紀はそう呟くと、ポケットから小さな白い封筒を取り出し、テーブルにそっと置いた。
「父は遺言書を書いてませんでした。でも――」
由紀はゆっくりと用件を口にした。
聞き終えた瞬間、由紀と瞳が重なった。
少女にしては大人びた黒い瞳には、確かにはっきりと、由紀の信念を裏付けるような炎が見て取れた。
法律事務所の応接用ソファーに座っている由紀は、現れた俺を見るなり強張った顔に見慣れた笑顔を浮かべて迎えてくれた。
「待たせたね」
対面に座りながら、由紀の様子をそれとなく伺ってみる。前回受けた相談内容から考えると、その結果は決して由紀にとっていいものではなかったはず。にもかかわらず、由紀は落ち込んでいるようには見えなかった。
「藤本さん、迷惑かけてすみません」
口を開くなり、由紀は深く頭を下げた。さすがは白金家の長女というだけあり、見た目を除けば、その立ち振舞いから育ちの良さが伝わってくる。
白金由紀から相談を持ちかけられたのは、三日前のことだった。本来なら、中学生から単独で相談など受けることはない。だが、不動産業で成り上がった白金家の長女であることと、弟の賢一から猛烈にお願いされたこともあって渋々引き受けることにした。
相談内容は、相続に関することだった。二ヶ月前に、由紀の父親が交通事故により急死した。遺言書はなく、作成した記録もなかったことから、法定相続人による遺産分割協議が行われたという。
資産家の相続という話に幾分か興味を持ったが、由紀の話を聞いた途端に激しく後悔することになった。
由紀の相談内容は、法定相続人による遺産分割協議に、自分は参加していないというものだった。弟と妹は代理人が選任されて参加したが、どうして自分だけが外されたのかを知りたいというのが由紀の望みだった。
通常、法定相続人は法律の規定に従って選ばれる。今回の由紀のケースでは、妻と子供が選ばれているから、由紀が入っていなければ遺産分割協議は成立しない。
だが、遺産分割協議自体は弁護士立ち会いのもとで成立していた。このことから導かれる結論は一つ。由紀と父親の間には、血縁上も法律上も親子関係はなかったということになる。
遺産分割協議に立ち会った弁護士に確認したところ、由紀の父親と母親は再婚関係にあり、由紀は母親の連れ子だった。再婚の際に、由紀と父親が親子関係を築くには養子縁組が必要なのだが、その手続きをやっていなかったようだ。
その事実を由紀に告げたのが前回のことで、おそらく半分も理解していない感じの由紀だったが、親子関係にないとわかった時には表情に暗い影を落としていた。
「少しは気分が良くなった?」
それとなく尋ねてみると、由紀は困ったような顔で笑ってくれた。別に困っているわけではないらしいが、これが由紀の普段の笑顔だった。
「まあ、仕方ないかなって思えるようになりました」
前回の帰り際、由紀の肩が気丈に震えていたことを思い出した。が、今はその華奢な肩は震えていない。しかし、その代わりに髪の毛は金髪になり化粧は色濃くなった。
「で、今日の相談ってのは?」
昨日の夜、もう一度だけ相談にのってほしいと連絡があった。断るには偲びなかったので引き受けることにした。
「実は、遺言書の件なんです」
由紀はそう呟くと、ポケットから小さな白い封筒を取り出し、テーブルにそっと置いた。
「父は遺言書を書いてませんでした。でも――」
由紀はゆっくりと用件を口にした。
聞き終えた瞬間、由紀と瞳が重なった。
少女にしては大人びた黒い瞳には、確かにはっきりと、由紀の信念を裏付けるような炎が見て取れた。