眠らない私は彼が寝ている間に家中の家事をすませる。起こさないように静かに行われる掃除は、なかなかスリルがあって楽しい。掃除機が使えないのが難点だが、そんなもの彼の休日に彼と一緒にすませればいいだけだ。
 夜に輝く星に向かって祈る。あまりにも近くてひときわ大きいあの星も、あまりにも小さくて消えてしまいそうなあの光も、私にはあまりにも眩しい。どの星が、あの人なんだろう。人は死んだら星になると言うが、それは本当だろうか。いつも見守ってくれているというのがもしも本当なら、どうか彼を助けてやってほしい。私にはできないから。
 きらきら、キラキラ。あのきれいな星が私達の家に落ちてきたらどうしよう。そんなことあり得ないとわかっているのに、ついつい考えてしまう。その時は、全力で彼を守らないと。だって、あの人が嫉妬して落ちてくるかもしれないから……。

 目覚めると、まながいる。そんな生活に、彼は憧れていたらしい。2人は恋人同士だった。駆け落ちしようか、何て真面目に話すくらい、二人は中が良くて。それでもやっぱり、叶わなくて、敵わなくて。
「おはよう、まな」
 正人は優しい笑顔で、キッチンに立つ私のもとへやってきた。もう何年も見てきた光景なのに、毎朝正人の笑顔に惚れ直してしまいそうになる。
「おはよ。朝御飯できてるよ」
 私も精一杯の笑顔で返す。朝日の眩しさに勝てるくらい、明るい笑顔で。
「いつもありがとう、まな」
 愛おしそうに名前を呼ぶ正人。けれど、わかっているからこそ辛かった。正人の目にうつっているのは、私であって私ではないのだと。
「今日、さ。昔行った水族館に行かないか。期間限定で特別なイルカショーをやっているみたいなんだ」
 正人は真っ白なお米を頬張りながら、楽しそうに話す。私の黒く染まっていく心とは、真逆の笑顔で。
「あれ、今日仕事じゃなかったっけ」
 驚いたような、嬉しいようなふりをして。でも、正人はいつも気づかない。そもそもが違うのだから、仕方がないけれど。
「おいおい、前に話しただろ。休みがとれたって」
 もちろん、覚えている。けれど、記憶力の悪いまなは覚えていられなかっただろうから。
「えっ、そうだっけ」
「ははっ、まなは忘れっぽいなあ」
 一瞬だけでいいから、私を見て。高い能力をもったアンドロイドの私は、感情なんて余計なものも搭載されているせいで、いつも余計なことを考えてしまう。でも、それでも私に気づいてほしかった。私は、マナは、まなじゃないのに。

 まなさんはもう何年も前に、病気でなくなったらしい。とても重い病気で、両親の反対もあり2人は結婚すら許されなかった。駆け落ちなんて話が出たのも、そのせいだ。けれど、まなさんの治療にはお金がかかることもあり、駆け落ちしてもすぐに死んでしまうであろうことは目に見えていた。そうこうしているうちに、病気が悪化し、まなさんは亡くなった。
 そうして私が作り出された。人間らしい感情、顔、形、行動。マナと名付けられた私は、アンドロイドが当たり前にいるこの世界に落とされた。
まなそっくりの容姿に性格。首の後ろにある充電器の差し込み口とナンバー以外は、完全にまなそのものだった。
 そんな私が水族館に行ったことなんてもちろんなく。私はあくまで代わりでしかないのだとおもい知らされる。
 私が製造されてこの家にやってきたのはつい最近だ。それでも私は製造段階で主人に好意を持つように作られているから、この身を削る思いで尽くしてきた。大好きな主人から、彼が愛しているのはお前ではないと、悟らされ続けながら。
 私はまなじゃない。マナだ。私はまなの代わりにはなれないし、なりたくもない。けれど、それで貴方の不安定な心が静まるなら。そう思っているのに、つらい。
 ねえ、正人。私は君のために頑張ってみたけど、やっぱり無理なんじゃないかな。だってさ、私は。