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先ほど見た小さな建物のある場所に、俺たちはやってきた。
1918年から断壁に建っているその建物は『クラウン・ポイント・ビスタ・ハウス』といい、八角形の石造りの展望台で、中は資料館にもなっていて観光客がひっきりなしに訪れる。
形は二段重ねの大きなホールケーキみたいだ。
見かけは小さいけど、地下にも見学するところは続いて、下が広くなっている。
ここにきたら必ず立ち寄る場所だった。
ここも映画の撮影があったらしく、俺は知らないが「ショート・サーキット」の一場面に出てくるらしい。
「2006年に修復工事が終わって、新しくなったけど、その映画には昔の姿が出てくるの」
ジェナは建物に入るまでの数段ある階段を上って、新しくなった石壁に優しく触れた。
そこには愛が見えるようだった。
オレゴン出身者または住んでる人たちをオレゴニアンと言うらしい。
ジェナはそれを誇りに思ってるくらいに、オレゴンを愛していた。
「ジェナはオレゴンLOVEだね」
「そうそう、LOVEと言えば、80年代に日本人がオレゴンでドラマ撮ってたんだって。『オレゴンから愛』、知ってる?」
「知らないな」
「私もママから聞いただけなんだけど、オレゴン州が日本にドラマ作って欲しいって頼んだんだって。それが功を奏して宣伝となって、あの頃は日本人観光客が多かったって。ホームステイプログラムも盛んで、夏に学生が一杯来て、アメリカン家族と数週間一緒に過ごしてたんだって」
「へー」
「私のママもその時、一回だけ学生を受け入れたって言ってた。いい経験になって楽しかったらしいよ」
「今もその日本人と連絡ある?」
「ううん、次第にフェードアウトって感じだった。でもね、ママが言うには、日本人はスウィートだって。私もそれは思う」
ジェナは意味ありげにニッコリと微笑んで俺を見た。
なんだか、照れてしまって、もぞもぞしてたら、階段踏み外しそうになった。
「オー、ジャック! 大丈夫」
「アイム、OK、OK。アハハハ」
80年代の日本はバブル経済があった頃だ。
円高も影響して、海外に行く人が多かったに違いない。
今はあまり海外に出たがらない若者が多いらしいと聞く。
俺はそんな中でアメリカ留学を選んだ人間だ。
英語もしゃべれるし、こうやってかわいいアメリカンの女の子と旅行までして、なんと恵まれてることやら。
俺は普通の日本人とは違うんだと思った時、観光で来ているらしい日本人がかたまってここにやって来た。
恥ずかしげもなく日本語を話して、ワイワイしている。
つい蔑んで見てしまった。
「どうしたの、ジャック?」
俺はなんだか英語を話せることを自慢するように、声が少し尖ってかっこつけてジェナに話す。
まるで自分は特別だと見せつけるかのように。
俺はこの時、調子に乗っていた。
ジェナは俺のおかしな態度に首を傾げるも、日本人観光客を見て嬉しそうにしていた。
「あの人たち日本人なんだ。ママはめっきり少なくなったって言ってたけど、ちゃんと日本人は来てくれるんだね」
ジェナは日本人の観光客に向かって『ハーイ』とフレンドリーに声を掛ける。
一斉にみんなこっち見て、戸惑って固まっていた。
でも一人が、勇気を出して『ハロー』と恥かしげに答えると、ジェナは愛想よく手を強く振り返した。
それを機に連鎖反応して誰もがジェナに『ハロー』と言い出した。
同じ日本人なのに俺だけが溶け込めず、自分だけが嫌な奴に思えてならず、後退していじける。
ジェナのくったくのないその行動に、俺はなんだかズキンとして、恥ずかしくてたまらなくなった。
「日本人の方ですか?」
ジェナに声を掛けられたことで、気が緩んだ日本人女性が、俺を目ざとく見つけた。
「……はい」
「どちらから来られたんですか」
話したくないのに、馴れ馴れしく質問してきた。
「その、カリフォルニアです」
「えっ、あっ、アメリカに住んでらっしゃるんですか」
「はい」
もうすぐ帰るけど、自分の事をあまり話したくなかった。
よそよそしい俺の態度に気が付いたのか、その女性はそれ以上質問してこなかった。
気まずく微笑んで、そそくさと建物の中に入って行った。
視界から見えなくなったら、俺の悪口を言ってるような気がした。
「ジェナ、行こうか」
「中に入らなくていいの? 展望台もあるけど」
たかが一階分高くなったところから見下ろしても、この壮大な景色が変わるとも思えなかった。
周りを見れば、恐ろしいほどに広がる雄大な自然。
自分がゴミのように感じて、情けない。
意気消沈して前屈みに歩いていると、ジェナがピッタリと横について来た。
「ジャック、ちょっとだけ『smug』だったね。なんかわかるよ、その気持ち」
スマッグ? 知らない単語だ。
だけど俺にはなんとなく分かった。
えらっそうにしたい自惚れた態度。
そっかスマッグか。
「うん、スマッグだった」
俺が認めると、ジェナは優しく微笑んで、こんな俺でも優しく受け入れてくれた。
先ほど見た小さな建物のある場所に、俺たちはやってきた。
1918年から断壁に建っているその建物は『クラウン・ポイント・ビスタ・ハウス』といい、八角形の石造りの展望台で、中は資料館にもなっていて観光客がひっきりなしに訪れる。
形は二段重ねの大きなホールケーキみたいだ。
見かけは小さいけど、地下にも見学するところは続いて、下が広くなっている。
ここにきたら必ず立ち寄る場所だった。
ここも映画の撮影があったらしく、俺は知らないが「ショート・サーキット」の一場面に出てくるらしい。
「2006年に修復工事が終わって、新しくなったけど、その映画には昔の姿が出てくるの」
ジェナは建物に入るまでの数段ある階段を上って、新しくなった石壁に優しく触れた。
そこには愛が見えるようだった。
オレゴン出身者または住んでる人たちをオレゴニアンと言うらしい。
ジェナはそれを誇りに思ってるくらいに、オレゴンを愛していた。
「ジェナはオレゴンLOVEだね」
「そうそう、LOVEと言えば、80年代に日本人がオレゴンでドラマ撮ってたんだって。『オレゴンから愛』、知ってる?」
「知らないな」
「私もママから聞いただけなんだけど、オレゴン州が日本にドラマ作って欲しいって頼んだんだって。それが功を奏して宣伝となって、あの頃は日本人観光客が多かったって。ホームステイプログラムも盛んで、夏に学生が一杯来て、アメリカン家族と数週間一緒に過ごしてたんだって」
「へー」
「私のママもその時、一回だけ学生を受け入れたって言ってた。いい経験になって楽しかったらしいよ」
「今もその日本人と連絡ある?」
「ううん、次第にフェードアウトって感じだった。でもね、ママが言うには、日本人はスウィートだって。私もそれは思う」
ジェナは意味ありげにニッコリと微笑んで俺を見た。
なんだか、照れてしまって、もぞもぞしてたら、階段踏み外しそうになった。
「オー、ジャック! 大丈夫」
「アイム、OK、OK。アハハハ」
80年代の日本はバブル経済があった頃だ。
円高も影響して、海外に行く人が多かったに違いない。
今はあまり海外に出たがらない若者が多いらしいと聞く。
俺はそんな中でアメリカ留学を選んだ人間だ。
英語もしゃべれるし、こうやってかわいいアメリカンの女の子と旅行までして、なんと恵まれてることやら。
俺は普通の日本人とは違うんだと思った時、観光で来ているらしい日本人がかたまってここにやって来た。
恥ずかしげもなく日本語を話して、ワイワイしている。
つい蔑んで見てしまった。
「どうしたの、ジャック?」
俺はなんだか英語を話せることを自慢するように、声が少し尖ってかっこつけてジェナに話す。
まるで自分は特別だと見せつけるかのように。
俺はこの時、調子に乗っていた。
ジェナは俺のおかしな態度に首を傾げるも、日本人観光客を見て嬉しそうにしていた。
「あの人たち日本人なんだ。ママはめっきり少なくなったって言ってたけど、ちゃんと日本人は来てくれるんだね」
ジェナは日本人の観光客に向かって『ハーイ』とフレンドリーに声を掛ける。
一斉にみんなこっち見て、戸惑って固まっていた。
でも一人が、勇気を出して『ハロー』と恥かしげに答えると、ジェナは愛想よく手を強く振り返した。
それを機に連鎖反応して誰もがジェナに『ハロー』と言い出した。
同じ日本人なのに俺だけが溶け込めず、自分だけが嫌な奴に思えてならず、後退していじける。
ジェナのくったくのないその行動に、俺はなんだかズキンとして、恥ずかしくてたまらなくなった。
「日本人の方ですか?」
ジェナに声を掛けられたことで、気が緩んだ日本人女性が、俺を目ざとく見つけた。
「……はい」
「どちらから来られたんですか」
話したくないのに、馴れ馴れしく質問してきた。
「その、カリフォルニアです」
「えっ、あっ、アメリカに住んでらっしゃるんですか」
「はい」
もうすぐ帰るけど、自分の事をあまり話したくなかった。
よそよそしい俺の態度に気が付いたのか、その女性はそれ以上質問してこなかった。
気まずく微笑んで、そそくさと建物の中に入って行った。
視界から見えなくなったら、俺の悪口を言ってるような気がした。
「ジェナ、行こうか」
「中に入らなくていいの? 展望台もあるけど」
たかが一階分高くなったところから見下ろしても、この壮大な景色が変わるとも思えなかった。
周りを見れば、恐ろしいほどに広がる雄大な自然。
自分がゴミのように感じて、情けない。
意気消沈して前屈みに歩いていると、ジェナがピッタリと横について来た。
「ジャック、ちょっとだけ『smug』だったね。なんかわかるよ、その気持ち」
スマッグ? 知らない単語だ。
だけど俺にはなんとなく分かった。
えらっそうにしたい自惚れた態度。
そっかスマッグか。
「うん、スマッグだった」
俺が認めると、ジェナは優しく微笑んで、こんな俺でも優しく受け入れてくれた。