ジャックと呼ばれて理由アリの旅をする


 肩にかかる亜麻色のさらっとした髪。

 水晶っぽいライトなブルーの目。

 まだ子供っぽさが残る屈託のない笑顔。

 ピアスはしてるものの、あまりお洒落気はなく、体にぴったりとフィットした派手なTシャツを着こなし、その下にはジーンズを穿いて活発そうだ。

 ジェナは俺の目から見たら、どこにでも見かける、今時のアメリカン少女だった。

 カリフォルニアにもこういう女の子は多かった。

 大概、そういう女の子は自分を見せようとしてツンとすまし、自己顕示欲丸出しに態度がでかい。

 でもこの女の子はそういう尖ったところが見られなかった。

 ただ人懐っこく、俺に積極的で興味津々としていた。

「ジャックはどうしてここに来たの?」

 一度そう呼ばれると、俺はジャックでいるしかない。

「理由はなく、たまたま見つけた」

「ここは、ケープ・ファルコンっていうの。あれがニカニー・マウンテン」

 指を差して名前を教えてくれるけど、彼女の遠くを見る細めた目はどこか空虚で、寂しげに見えた。

 でも笑みを添えた口元は、愛しくこの場所の名前を言う。

 潮風で乱れる髪を手で押さえながら、周りの景色を目に映してた。


「君はここで何をしてたの?」

 まさか自殺しようとして?

 そんな言葉がなぜかよぎったのも、この場所といい、彼女の目がどこか思いつめてたように見えたからだった。

 それとは裏腹に、彼女は水平線を見つめてあっさりと答える。

「クジラ探してたの」 

「えっ、クジラ?」

 こんなところにクジラがいるのだろうか。

 俺も同じように目の前に広がる海を見渡した。

 特に何の目立った動きもない穏やかな海が、限りなく続いてるだけだった。

 潮風がいたずらに吹いて俺は少し寒気を感じ、ぶるっとしてしまった。

 でも彼女は何にも動じず、まっすぐと海を見つめ、彼女の目にだけは何かが映っているような気がした。

 彼女は抑揚なく寂しげに呟く。

「ずっと昔、ここでクジラを見たことがあったの。もう一度見たかった……」


 ──クジラ

 俺にとって、アメリカでクジラの話は三大タブーの中に入る。

 そう、アメリカ人とあまり話題にしたくないトピックだ。


 一番は宗教の事──これは信じる力が強い者ほど話題にしてはならない。

 俺は人の宗教にケチつけるつもりはない。

 むしろ敬虔な人たちのその信念に敬意を払いたいくらいだ。

 しかしそれを押し付けられるのが我慢できない。

 アメリカでは道を歩いているだけで、いきなり勧誘されることもあり、俺は警戒していた。

 無理に押し付けられて強くノーと言えないままに、ずるずる引きこまれて行くのが怖いのだ。

 カモにされやすいオーラを放つ俺は、何かとちょろいと思われるのか、そういうのに声を掛けられやすい。


 その次にはお金の事──金を持ってると思われるべからず。

 一般的に日本人は金持ちと思われてるのか、アメリカに気軽に来てる以上、多少は持ってると思われる。

 お小遣いがいくらとか、たまたま自分の持ち物が高価な物だとか、お金がある要素をさらけ出したら、たかられる事にもなりかねない。

 または凶器を突き付けられて、脅されて奪われることだってある。

 だから財布を取り出す時ですら、現金の出し入れには気を遣う。

 これは世界共通でもあるが、お金はトラブルの元と肝に命じている。


 そして最後にクジラ。

 全然口にしてないのに、日本人と言うだけで、食べるなと絡まれた事があり、それ以来クジラは感情を逆なでする話題になりうると思ってリストに加えた。

 アメリカ人と話をするとき、これらのトピックはことごとく気をつけ避けてきた。

 論争を招くネタだと俺は個人的に思っている。

 他にも、細かく言えば、人それぞれいろんな部分に反応して意見を押し付けられる事があるので、反論することに慣れてない俺は、とにかく、否定的にギャーギャー意見を言われるのが嫌なのだ。

 はっきりと自分の意見を言わない事もあるけれど、特にそれが英語になると、言葉の壁で絶対負けてしまう。

 『討論』が学校の授業に盛り込まれたアメリカ人は人と意見を言い合うことに慣れている。

 正しいことならともかく、間違っていようとも自分の信じる事なら意見を曲げないから、そういうのが非常に苦手を通り過ごして不快。

 だから最初からスルーに越したことはない。

 彼女がクジラと言ったときも、特に何も言わず、一緒に海を見つめただけに終わった。


 白いうねった曲線の波が、何重にも次々とビーチに寄せていた。

 点々と人の姿が見え、そのビーチで戯れている。

 サーフィンをしている人もいた。

 切り立った崖のふもとでは、ごつごつとした岩がぶつかる波を蹴散らし、水しぶきを上げていた。

 そんな場所にはクジラなんて全く影も形もなかった。

 出てきたらそれはそれで、びっくりして素直に感動したかもしれないが、いつまで一緒に海を見ているのだろうか。

 何も遮るものがないその崖の上で、風の強く吹く音が耳に響き、俺は寒さで体に力が入った。

 それを合図にジェナは言った。

「それじゃ、行きましょうか、ジャック」

 クジラを探すことを諦め、先に歩き出したジェナの後ろを、ジャックと呼ばれた俺は戸惑いながらついていく。

 時々首を傾げ、先程歩いて来た小道を戻り、駐車場へと戻って来た。

「ジャックの車はどこ?」

「あそこだけど。あの白い車」

 よくあるセダンの日本車。

 アメリカで免許を取って、中古で買った代物。

 帰るときにまた売る予定。

 ジェナは、俺の車を吟味して、悪くないとでも言いたげにニコッと微笑んだ。

「ちょっと待っててね」

 彼女が走って行った先には、メタリックシルバーのコンパクトカーが停まっていた。

 トランクを開け、中から荷物を取り出して、再び俺の車に戻ってきた。

「ほら、早くジャックの車のトランク開けてよ」

「えっ、なんで?」

「メガネ壊したでしょ。私、メガネなしで車運転できない。だから一緒に行くっていったでしょ」

 ちょっと待った。

 もしかして、俺がメガネを壊したために、その代償として彼女を送らないといけないってこと?

「えっ、俺、その、あれ」

 戸惑いながらも、強引に急かされると、断る選択がなくなり車のトランクを開けざるを得なかった。

 リモコンボタンで車のロックを解除する。

 彼女は持っていた複数のバッグを車のトランクへ詰め込んだ。

「OK」

 とトランクを閉め、その後は当たり前のように、助手席へと乗り込んだ。

 一人で突っ立ってる訳にもいかないので、俺も運転席に座った。

 しかし、彼女の強引さには俺は顔をしかめてしまう。

 俺がぎこちなく車に乗り込んだその隣で、ジェナはシートベルトを締めながら、

「ジャックはこれからどこへ行くの?」

 とさらりと聞く。

「まだ決めてない」

 それよりも、この状況を俺はまだ把握していない。

 でもジェナはそんな事をお構いなしに、屈託なく俺に質問してくる。

「なんでここにいるの?」

 成り行き上とはいえ、なんで君もここにいるんだ? と俺もそれが知りたいくらいだ。

 自己紹介がてらに俺は、カリフォルニアで留学を終えたこと、これから日本に帰る予定であること、当てもない旅なことを訥々と説明した。

 その後ジェナは、ぱっと目を見開いて、いかにもそれが正しいように俺に提案する。

 その時の彼女の瞳は、星を描いたようにとてもキラキラとしていた。

「私がオレゴンを案内してあげる。一緒に旅行しよう」

「ちょっと待って、俺たち今会ったとこだ。それに君、年いくつ?」

「18歳。高校を卒業したところ。秋には大学生になるつもり」

「一緒にって、それ危険じゃない?」

「ホテルは別々にとればいいし、ジャックは変な危ない人じゃない。私には見えるの!」

「見える? 何が?」

 俺の理解力が悪いのか、所々よくわからない。

「ジャックは私のメガネを壊した。責任がある」

「じゃあ、家に送って行くよ」

「ううん、それはダメ」

「なんで、もしかして家出?」

「ノー! ちゃんと両親は理解してる。これは私の大切な卒業旅行」

「でも、俺の事は許可とってないでしょ。未成年が知らない男と、その、あの、一緒にいるなんて」

「もう知らなくないよ。ジャックだもん」

「だから、君の知ってる本当のジャックって誰だよ」

「だから、ジャックはジャック」

 指を差されてしまい、俺はこの状況が飲み込めない。

 でも壊れたメガネを目の前でユラユラと振って見せられると、催眠術をかけられたように、俺は彼女の言うジャックにさせられる。

 本当に俺はジャック?


「ジャックって呼ばれるのはかまわないけど、俺、誘拐犯にはなりたくない」

「大丈夫。この旅行は誰にも邪魔させないし、ジャックは私の友達」

「あんなとこにずっと車置いてたら、持ち主に何かあったんじゃないかって思われるじゃないか」

「それも大丈夫。ここ、キャンプ場があって、みんな暫く車止めてても何も思わないから」 

 天真爛漫というのか、強引というのか、ジェナは俺と何が何でも旅行する気満々だ。

 本当に大丈夫なんだろうか。

 メガネなしでは車を運転できないのだから、とにかく家に送るか、途中でメガネを買うかしなければ、ジェナは俺から離れてくれそうもない。

 エンジンを掛け、俺は再びハイウェイに車を走らせた。

「どこに行こうかな」

 ジェナは腕を組み、色々と考えを巡らせていた。

 その間にキャノンビーチが見えて、有名なヘイスタック・ロックがその姿を見せた。

 直訳すれば、積み重なった干し草の岩。

 その名のごとく、干し草を積み重ねたような大きな岩がどでーんと海岸に座っている。

 俺はこの岩だけは良く知っていた。

 『グーニーズ』の映画で出てきた有名な場所。

 ここを観光したくて、思わず『グーニーズ!』と叫んでしまった。

「オー! グーニーズ! グッドアイデア。OK、アストリアへ行こう」

「いや、そこ、キャノンビーチ、キャノンビーチ」

「キャノンビーチは小さなとこで、わざわざ行かなくてもいい。私、何回も行って飽きた」

 おい、俺はまだ一度も訪れた事がないっていうんだよ。

 でも反抗しようにも、咄嗟に英語がでてこなくて、小さなその町はあっという間に通り過ごして、あっさりと機会を逃してしまった。

 後戻りできずに、結局は彼女が提案した、アストリアに向かう事になった。

 ここから約40kmの場所らしい。

 キャノンビーチも撮影された場所だが、アストリアこそ、『グーニーズ』の舞台となった場所で、映画にもその名前は出てくる。


「グーニーズ好き?」

 彼女が訊いた。

「うん、好き。何回か観た」

「私も。子供のころからずっと観てる。あのグーニーズの家がまだあるんだよ」

 キャノンビーチは素通りしてしまったが、グーニーズのロケ地を見るのもいいだろう。

 彼女は結構そういった事に詳しそうだ。 

 さらに話は続いた。

 『キンダガートン・コップ』、『ザ・リング』、『フリーウィリー』、『忍者タートルズ』など、あとは俺の良く知らない映画の題名を出して、映画のロケ地で有名な場所と教えてくれた。

「それでね、グーニーズが撮影されてたとき、スピルバーグ監督が、朝早くに必ず公衆電話に向かって天気予報を聞いてたんだって。それが名物で、いつも小銭をじゃらじゃら持ってたらしい。今はインターネットがあるけど、当時は色々と不便だったみたい」

 ジェナは良くしゃべる。

 自分が知ってるあらゆることを俺に教えようとしている。

 でもそれは俺には面白かった。

 どこまで正確に理解してるか怪しいけど、不思議とジェナの英語はクリアーでわかりやすかった。


「それからさ、グーニーズの主人公のショーン・アスティン」

「大きくなったら、指輪を返しに旅に出るホビットになった人だろ」

「そうそう。その人のお父さんが、テレビシリーズのアダムズファミリーのゴメズだったの。当時は子供だから親同伴で泊りがけでの撮影だったんだけど、ずっ と一緒にいたらしいの。それで、アストリアの町を歩けばゴメズが居るってことで、皆あのテーマ曲を口ずさんで腕をクロスして指をスナップしたんだって。グーニーズの陰にアダムズファミリーがいたんだよ」

「本当? 面白い。でもどこでそういうの聞くんだ?」

「親からだったり、地元の新聞だったり」

「ジェナはオレゴン出身?」

「そうだよ。オレゴンで生まれて、オレゴンで育った」

「なんで卒業旅行に地元なの?」

「それは、ここを忘れたくないから。もう一度じっくりと見たかったの」

 ジェナは窓に顔を向け、訳ありに流れる景色を黙って見つめた。

 大学はここから離れた遠い州に行くのだろうか。

 彼女にしかわからない感慨深い感情を察し、俺もまた、日本に帰るのがどことなく寂しく感じた。

 できるならこのままアメリカに住みたい。

 窮屈な日本なんて帰るのは嫌だ。

 アメリカかぶれしてしまった俺は、どうやら日本を毛嫌いしてしまったようだ。



 オレゴン・コースト・ハイウェイの101号線は、ヤングス川の河口付近に掛かった橋へと続き、それを渡りきると、アストリアへ到着した。

 そのままさらに先を進み、もう一つの大きな河──コロンビア川──の河口付近に掛かった『アストリア・メグラー橋』を渡ればそこはワシントン州だった。

 アストリア・メグラー橋は一直線に河の上を延びて、長く豪快に掛かっていた。

 まさに橋がかかる景色として絵になるような壮大さがあった。

「あっちに行ったら、買い物に消費税がかかるけど、オレゴンは消費税ないからね。カリフォルニアもかなり消費税高いでしょ?」 

 ワシントン州に真っ直ぐ長く続く橋を見ながら、ジェナが呟いた。

「それって、ワシントン州の人がその橋渡って買い物に来たらいいんじゃないの? 車とか大きなものはこっちで買った方が安いんじゃない」

「ワシントン州もそこはきっちり考えてて、ワシントン州に住んでる人はオレゴン州で車買っても、消費税とられちゃうの。だから逃れられないの。反対にオレゴン州に住んでる人はワシントン州で買い物しても、申請したら消費税はきっちり戻ってくる」

「なんかオレゴン州、お得だ」

「でも、その分、州に払う所得税率はどこの州よりもオレゴン高いよ。ワシントン州は州の所得税ないし、どっちが得なのかは、人それぞれかも」

 アメリカは連邦政府に払う所得税と、州に払う所得税と二つとられるらしい。

 州の所得税なしと消費税なし、どっちが得なんだろう。

「とにかく、はっきり言えるのは、観光客にとったらオレゴン州は得ってことだな」

 観光客代表として俺が胸を張って主張すれば、ジェナも大いに同意してくれた。


 まだ会ったばかりだけど、すでに俺たちは打ち解けていた。

 というより、ここまでジェナにフレンドリーに迫られると、俺もそれに感化されてしまう。

 俺が強くいえないのも悪いけど、断れないし、断っても彼女は絶対に受け入れずに、我を通してくるのも見えてしまう。

 こうなったら俺も、成り行き上覚悟を決め、ハプニングを素直に受け入れ、楽しもうと腹を括った。

 どうせあてのない旅だったから、同伴者がいるのは心強かった。

 ジェナは俺に指示を与え、俺は言われるままに車を運転する。

 行く先については何も考えなくていいのも楽だった。

 そして、住宅街に車を停め、俺たちは暫く歩いた。

 なんとなく塩の味がする湿っぽい空気。

 アストリアの街と隣接してるのは大きな川だけど、海がとても近いのを感じる。

 見上げれば曇り空。

 どんよりとしているが、それがこの街に妙に合ってるように思えた。

 遠くからは『ウォウォ』と叫びが聞こえてきて、俺はその方向に振り返った。

 ジェナは、すぐに反応して教えてくれた。

「あれ、シーライオン(アシカ)が鳴いてるの」

「シーライオンがいるの?」

 そういえば鳴き声がなんとなくライオンのようにも聞こえる。

 海のライオンでアシカ。

 なるほど、でも見かけは全然ライオンじゃないけど、結構馬鹿でかい動物だ。

 うかつに近づけば襲われそうではあるが。

「海が近いから、川を伝ってここまで来るの。ひなたぼっこに適してる川に浮かんでるプラットフォームがあって、そこでうじゃうじゃ群れをなしてひしめき合ってる」

 ジェナは両手をパタパタとさせ、アシカの鳴き声を真似する。

 アシカになり切ろうと頑張る姿がおかしかった。

 やっぱり旅行は誰かがいると楽しいと思えた。

 すっかり俺専用の観光案内人になってしまったジェナ。

 俺にいろんな情報を惜しみなく与えてくれる。

 古い小学校の建物の前を通っても、『キンダガートン・コップ』で出てきた学校と教えてくれた。

 ここにシュワちゃんがやってきたのか。

 思わずスマホで写真を撮った。

 ジェナはさっさと前を歩いていたので、その後姿も内緒で写真に収めた。

 オレゴン特有のややビクトリアンスタイル風の可愛い家が立ち並ぶ、静かな街並みで、歩いている少女。

 なんだか絵になっていた。

 ストリートの一番端までくると、急な斜面が左手に現れ、それを登れば、映画で見た通りのグーニーズの家がある……はずだった。

 でも俺たちがそこで見たのは、ここから先は入るなという警告のサインだった。

「残念」

 ジェナは申し訳なさそうに、肩を竦め縮こまる。

 ジェナが言うには、映画が公開されてからずっとこの家は誰でも自由に近くまで行けたらしい。

 だが、2015年の夏、グーニーズ公開30周年のイベントがあってから、一般に開放したことが仇となり、あまりのマナーの悪さにオーナーがブチ切れてそれ以来、こうなっているらしい。

 近所の人もそれは同情するくらい、迷惑行為が続いたそうだ。

 そろそろ元に戻ったかと、ジェナは俺をここに連れてきてくれたが、オーナーの怒りは収まってなかった。

 だけど、家にブルーシートを掛けて写真すら撮らせないようにしていたときよりは、少しまだましになったみたいで、離れたところからだとチラッとそれらしき家が見えた。

 ここがロケ地だった事実は変わらないので、俺は記念にその辺りの写真を撮った。

 自転車で子供たちがこの坂道を駆けていくシーンが思い出される。

 ここをあの子供たちが通った。

 それを味わうだけで充分だった。

「Goonies never say die!」

 あの有名なセリフを叫ぶと、ジェナは「はっ」と驚いた顔をした。

 そして、深く感銘を受けたように、俺をじっと見つめていた。

 映画のセリフを覚えていてよかった。

 このセリフの意味としては絶対に諦めないってニュアンスだけども、俺は『グーニーズここにあり!』とその魅力は絶対に滅びない意味で、不屈の精神を意味してみた。

 ジェナも同じようにそのセリフを言う。

「Goonies never say die!」

 表情がすっきりとしていた。

 グーニーズの主人公になったように、お互いの気持ちが通じて、充分映画の気分を味わって楽しくなった。

 俺たちは、足取り軽く元来た道を戻っていく。

 遠くからまたアシカの声が聞こえてきた。

 今度は俺が「アウアウ」と言ってみた。

 アストリアはこじんまりとした落ち着きのある町だけど、よく考えたら身近にそんな生き物が生息していることがすごい。

 ジェナがいうには、それはそれはすごい数のアシカが集まってくるらしい。

 歩いてみて分かったが、グーニーズの話だと、ここにゴルフ場を建設したい事だったが、こんな小さな街に家を立ち退かせたところで、ゴルフ場なんて作れそうもない。

 さすが映画の話。

 実際に訪れたら、色々とストーリー破綻の齟齬が見えてくる。

 それもまた面白かった。

 一人で来ていたら、俺は素通りしていたに違いない。

 ジェナが案内してくれたことに深く感謝していた。

 気が付けば、ジェナが傍にいない。

 後ろを振り返れば、ジェナはしゃがんで住宅の表庭をじっと見て「キティキティ」と呼んでいた。

 どこかに猫がいるに違いない。

 俺も側に寄り、ジェナの呼んでる方向を見てみたが、猫は見当たらない。

 でもジェナは猫を呼ぶのを止めようとしなかった。

「どこに猫がいるんだ?」

「あそこ、窓の下の花壇のところ」

 ジェナが指差した先には、白いごみ袋が置いてあるだけだった。

 見ようによっては見間違えるかもしれない、ややこしい形をしていた。

 俺がそれを指摘したとき、ジェナはハッとしてすぐに瞳が悲しげに曇った。

 俺は笑おうと思ったが、息を止めて思い直した。

 そうだった、俺は彼女のメガネを壊したんだった。

 急に申し訳ない気持ちになり、どうしていいかわからない。

 でもその時、隣の家の低木の茂みから太った猫が現れて、芝生の上に座って毛づくろいを始めた。

 でっぷりとした腹が、ガーフィールドみたいだった。

「あれは本物の猫?」

 気を取り直したジェナが聞く。

「多分」

 あれだけ真ん丸だと、もしかしたら猫に似た何かかもしれないと、あやふやになってしまう。

 俺たちが近づくと、その猫は体に似合わないすばしっこさで奥に駆けていった。

 急に動いて心臓発作にでもならなければいいのだけど。

「触りたかったな、猫」

 未練がましく逃げて行った方向をジェナは見つめていた。

「ジェナはメガネがないと、やっぱりよく見えないの?」

 踏んづけてしまった俺だけど、今更ながら訊いてみた。

「まだ大丈夫。なんとか見える。でも昔は今よりも視力がよかったから、もどかしい」

 俺は結構視力がいいから、自分が見えてるように見えないのがよくわからない。

「メガネないと困らない?」

「すぐには困らない。ちゃんとジャックの顔も見えるし」

 ジェナの顔がまじかに迫った。

 それとは反対に俺の体が逸れた。

 戸惑う俺を面白そうにジェナは笑っていた。

 見学をし終わった後、昼はとうに過ぎて、おやつの時間という方があっていた。

 ジェナと出会い、全てが急激な展開で、お腹が空いていたのも忘れる程、ジェナに圧倒されていたから、コロンビア川近くの賑やかな周辺に来てレストランを見たら、突然お腹が空いてきた。

 コロンビア川には埠頭があって、海と間違いそうに船を沢山見かける。

 川の向こうは貨物船がゆっくり進んでいたり、よく見れば日本語でなんとか丸という名前が見られた。

 その川をバックに赤と緑と卵色の三色のおもちゃみたいなトローリーも走っている。

 比較的新しいコロンビア川海事博物館もあり、コロンビア川の歴史や実際に航行した船などが展示されてるらしい。

 ショップやレストランも集まって賑わいを見せていたその街は、川がゆっくり流れていくようにとてものどかな光景だった。

「なんか食べようか」

 ジェナがレストランが集まる場所へと歩き出す。

 やっぱりまた情報が彼女の口から飛び出した。

「ここのレストランはコロンビア川の眺めがとてもいいの。しかもハリウッド女優のナオミ・ワッツが『リング』の撮影の時に、ここでご飯食べたんだって」

 コロンビア川の上にかかる桟橋に建つ建物の中にそのレストランはあり、ちょっと覗くと結構値が高そうに思えた。

 『リング』と聞いて、俺はなぜか、そこで食事をしている貞子を連想してしまった。

 レストランで食べてもよかったが、俺たちが選んだのは気軽に食べられるフィッシュアンドチップスだった。

 船を屋台にしたユニークな店だが、結構な列ができていて俺たちもフライドフィッシュを手にするまで時間がかかったけど、待った甲斐があったと揚げたてのアツアツを口にしたときは涙が出そうに美味しかった。

 タルタルソースをたっぷりつけてハフハフしながら俺は食らいついてしまった。

 魚の揚げ方がちょうどいい。

 食感がプリップリ、などと思いながら食べていたのだが、ふと周りを見れば、カップル達が俺たちと同じように仲睦まじく食べている。

 俺たちは周りからどんな目で見られているのだろう。

 ふと自分の立ち位置が気になった。

 まさか、会って数時間しか経ってないなんて誰も思ってない事だろう。

 俺にすっかり心を許しているジェナ。

 なぜここまで俺を信頼してついてくるのだろう。

 メガネを壊したから仕方なくでは済まされない何かを感じ、美味しそうにフライを食べているジェナの顔を俺は見つめた。

「どうしたの?」

「なぜジェナは俺に、その……」

 なんて英語にすればいいのだろう。上手く表現できない。

「私といると不安?」

「違う、君が、君が不安になるべきだ?(なんか変な表現だ)ストレンジャーだよ、俺」

「だって、ジャックだし」

「だから、そのジャックってなんだよ」

「あなたの名前。私がずっと会いたかった人」

 やっぱりわからない。

 俺の英語力では、彼女についていけないのだろうか。

 この一年でかなり上達したけど、まだ込み入った事は時々あやふやになる。

 そういうときは、自分でももどかしく悔しいのだが、主旨がわからないと、どうしても自分の英語力に問題があるとしか思えない。

 俺がまごついている間、ジェナはフィッシュアンドチップス全てを平らげた。

「次、行こう!」

 あくまでもジェナは観光案内人の責任を果たすべく、計画を立ててくれる。

 何かが引っかかったまま、俺は慌てて残りのフライを口にして、ジェナの後をついていった。

 また車に戻り、次の目的地へと俺たちは向かう。

 ジェナの指示に従い、街を離れて小高い丘に着いた時、辺り一面の緑の中、木よりも高くまっすぐ空に向かって塔が建っているのが目に入った。

 茶色く、不思議な模様に見えたその塔は、近づいて初めて細かく人の様子が絵巻図のように細やかに描かれているのがわかる。

 絵に描かれた人物が着ている古めかしい服装から、アストリアを開拓していく歴史を描いたものだろう。

「『アストリア・コラム』よ。高さは125フィート、中は螺旋階段になっていて登れるの。行きましょう」

 有無を言わさず、ジェナはさっさと塔に向かってしまった。

 125フィートは大体37,8メートル。

 ビルでいったら12,3階くらいだろうか。いざ中に入って螺旋階段を見上げれば、薄暗くてぐるぐる目が回りそうに恐ろしい雰囲気がする。

「164段あるよ」

 ジェナはそう呟いてさっさと上っていった。

 その時はそんなに大層な数ではないと思った。

 俺は舐めきって、階段に足をかけ、徐々に上を目指してみた。

 最初は余裕だった俺だったが、途中から息が上がってきて心臓がバクバクしてくる。

 動悸? 息切れ?

 ぐるぐると回って上るその階段の長いこと。

 これ、結構しんどい。

 なんか下も隙間から見える。

 途中で疲れた人が階段に留まって、下から来た俺にお先にと道を譲ってくれるのだが、中心に向う程、足の踏み場が狭い階段で、でかい人(横に)とすれ違うだけでも怖い。

 あんたがでかすぎて、俺の足の踏み場がない。

 つま先立ててその人をなんとか越えて上った。

 上に着いた時には、胸が圧迫されたように咳が出て、ごほごほしてしまった。

 息が上がって苦しいのなんの。

 しかし、目の前に広がる360度の眺めは最高だった。

「うぉ~」

 感動で叫んでしまう。

 でも足が震えてガクガクしているのは、階段を上って疲れたのと、ちょっと寒かったから。

「怖い?」

 震えている俺に心配そうにジェナは覗き込んできた。

 情けない所は見せられない。

「イッツ、グレート!」

 無理して笑顔を振りまいた。

 でもやっぱりバルコニーのような解放された高い場所から、下を見るのは少し怖かった。


 壮大なコロンビア川に面したアストリアの景色を見た後、俺たちはまた街の中心に戻り、グーニーズの刑務所の撮影に使われた建物──フィルムミュージアム──を見に行った。

 しかし、すでに営業時間は終わっていたので外見しか見られなかった。

 ジェナは入れない事を謝罪しながら、内容はそんなに大したことないと苦笑いしていた。

 でもグーニーズファンには嬉しい場所ではあるそうだ。

 その隣には昔ながらの豪邸フレーベルハウスがあった。

 これも家の中を見学できる博物館だが、営業時間は終わっていた。

 どちらも中には入れなかったが、外見はどちらも映画に出てきた場所だから、見られただけで満足だった。

 この後は安く泊まれる宿を探し、俺たちはまた101号線を逆戻った。

 そこでもっとも安く泊まれそうなモーテル6を見つけ、運よく部屋にありつけた。

 フロントデスクで、「一部屋か?」と言われたが、俺は即座に「二つ」と指でピースサインを作って知らせた。

 ジェナは一緒の方が安く泊まれるのにとブツブツいっていたが、そこはきっちりしないと帰る前に捕まるようなことになっては大変だ。

 一緒に旅行するのは妥協できても、一緒に寝るのは──寝るといっても同じ部屋を共有するという意味だけど、やっぱりヤバイよ。

 手続きを取って鍵を貰うが、安い宿だけに、中々無愛想な接客なこと。

 でも部屋に入れば、一晩泊まるには申し分ない清潔さ。

 従業員の態度など気にならなかった。

 やっとジェナから離れられた俺は、ベッドに腰掛け一息つく。

 今日撮った写真を確認すれば、それなりに充実してたと顔がにやけてしまう。

 余裕が出てきた今、写真に写るジェナを見れば、なかなかかわいい子だと気が付いた。

 それまでゆっくりと物事を考えられる状態ではなかった。

「なんだかわからないけど、アメリカ生活最後に、冒険してみてもいっか」

 こうなると、肝が据わる。

 リラックスして、ベッドにバタンと寝そべり、窓を見つめた。

 まだ日があり、外は明るい。

 でも時計は夜の8時になろうとしてるところだった。

 オレゴンの夏は日が長かった。



 その翌日、モーテルの部屋に備え付けられた電話の音で目が覚めた。

 時計を見れば、早朝5時を過ぎたところで、早すぎる。

 眠いまま受話器を取れば、ジェナからだった。

「おはよう、そろそろ出発するよ。準備はいい?」

「えっ? 今から? 早すぎる」

「遅いかもしれないよ」

「はっ?」

 朝起きたばかりの英語は辛い。

「とにかく早く支度して。ロビーで待ってるから」

 電話はそこで切れた。

 俺は仕方なく、身支度にとりかかった。

 寝ぼけた顔をしてフロントデスクに向かえば、すでに支払いを終えたジェナがすっきりとした笑顔で俺を出迎えてくれた。

 「グッドモーニング、ジャック」

 元気のいいジェナの声。

 それで我に返った。

 そうだ、俺ジャックだった。

 俺たちの一日はまた始まろうとしている。


 ハイウェイ101号線から26号線へと進路変更し、俺たちはポートランド方面へと向かった。

 朝ごはんも食べずに急かされ、ひたすら山間を走る。

 初夏らしく、木々の若葉が瑞々しくつやつやしている。 

 ずっと周りに緑しかない景色が続いてる中、突然、森を開拓した広大な土地に、大きなロッジの家が出現した。

 『CA18MP』と看板が出ていた。

 フロンティア時代みたく、カーボウィや猟師が出てきそうな雰囲気がする。

 辺鄙な場所ながら、造りが凝っていてしっかりとした建物だった。

「あっ、あれ? キャンプ18っていうレストラン。この辺じゃ有名。レストランここしかないもん」

 ジェナが教えてくれた。

「そこでブレックファースト食べよう。開いてるみたいだし」

「だめ、時間がない」

 車の時計はまだ7時を過ぎたところだった。

 また戸惑って運転してる俺にジェナが知らせる

「もうすぐ『Jewell』だから」

「ジュエル?」

 宝石かと思ったら地名だった。

 レストランを過ぎて暫くすると、右に曲がる道路が見え、それはハイウエィ103号線へ続いている。

 そこを行けと言われ、言われるままに進路を変更する。

 Jewellまで9マイルという看板の矢印に沿って、走って行った。

 ひたすら山の中を進むだけで何もない。

 カーブしている最中、向かいから大木を何本も積んでいる大きなトラックとすれ違った。

 長くて大きなそのトラックに圧迫され、ぶつかりそうにハラハラしてしまう。

 そのうち103号線は終わってしまい202号線に変わってしまった。

 どこまで行くのだろうと思ったその時、ジェナが前方を見て叫んだ。

「いる!」

 ジェナが「ラッキー」とキャッキャして興奮している。

 何がそんなに嬉しいのだろう。

 周りは緑の大草原。

 そのただっ広い緑の草原の中に、茶色いものが集合してしてかたまっているのが見えた。

 良く見れば、動物の群れだった。

 遠くからでもわかるくらい、あれだとかなりの数が居る様子だった。

 そのまま、車を走らせば、数人、双眼鏡を持って遠くの群れを見ている様子に気が付いた。

 そして同じように俺たちも車を停めて、その人たちの側に行った。

「あれ、何?」

「エルクよ」

「エルク? エルクって何?」

「鹿の一種」

「えっ、あれが鹿? うそだろ。牛くらいありそうだけど」

 そこには『Jewell Meadows Wildlife Area』と書かれた看板があった。

 ここは野生動物の保護区らしい。

「こんなにたくさん見られるのはラッキー」

 ジェナが言うには、朝早くだとこうやって草原に姿を現すらしい。

 だから、急かしてたんだ。

 これを俺に見せるために。

「オレゴン、すごいな」

「あれ、食べられるんだよ」

「えっ!?」

「ここで狩猟したらもちろん捕まるけど、エルクはハンバーガーやソーセージになったりする」

「食材になるのか」

 どんな味なんだろう。

「これだけ居たら、たまに車ではねられたりしないんだろうか」

「野生動物の事故は結構ある。いわゆるロードキルだよね。州によったら、事故で轢いてしまった動物は食べてもいいって法律がある。オレゴンも2019年1月1日から法が施行される」

「ええ、轢いちゃった動物食べるの?」

「再利用かな」

 合理的と言えばそうだろうが、自分がうっかり轢いてしまったものを食べるっていうのもなんだか複雑だ。

 しかしあんな牛くらいのサイズを跳ねたら車もかなりのダメージをくらいそうだが、わざとじゃないし、避けられない事故もあることだろう。

 この場合は合掌ということだな。

 それにしても、腹減った。

 別に目の前のエルクを食べたいとは思わないけど、コーヒーとトーストくらいはありつきたかった。


 野生のエルクを目で堪能した後は、再びハイウエイ26号線に戻り、ポートランド方面へ走り出す。

 それ以後、なかなか食べ物を手に入れる店がなく、レストランかと思っても開いてなかったり、街にでるまで空腹を我慢しなければならなかった。

 一時間と少し走ったところで『Vernonia』という町へ行く道が現れ、ジェナの声が弾んだ。

「ヴァーノニア! 『トワイライト』の映画が撮影されたところ」

 ああ、バンパイアと恋する話のアレだな。

 どうやらジェナはその映画が好きらしい。

「あの話は好きで、本も何回も読んだ」

 やっぱり女の子だ。

 話の内容を思い出しているのか、目がとろんとしている。

 噂ではアメリカでベストセラーになって大ヒットしたらしいけど、俺はああいうのは興味ないから、『アハーン』と相槌だけ打っていた。

 俺の態度で伝わったのか、そこへ行くのは薦めてこなかった。

 そこを通り過ぎた後、俺はもっと行きたい場所を見つけ、目が見開いた。

「ディリ―クィーン!」

 俺は叫んだ。

 ハンバーガーやソフトクリームを売ってるファーストフード店だ。

 ちょっと寂れた雰囲気のするデイリークィーンだったが、緑しかない辺鄙な場所に、『DQ』と看板を掲げた赤い屋根のその建物は目立っていた。

「レッツイート!」

 俺はジェナに確かめることもせず、空いている駐車場にすっと入って行く。

「ディリ―クィーンは都心にはないんだよ。いつも田舎で周りにファーストフードがないようなところに店を出すの」

 ジェナは教えてくれるが、ライバルのファーストフード店どころか、家もないし、この辺何にもないじゃないか。

 ちゃんと商売なりたっているんだろうか。

 まあ、ハイウェイをずっと走り続け、俺みたいな腹を空かした奴のためにあるような店だろう。

 それならば、入らないと、誰が入るというのだろう。

 競争相手が周りにないと、店はなんか古ぼけて薄汚かった。

 でもこんなものだろう。

 高級レストランじゃあるまいし、それなりに精一杯、小奇麗にしている感じがした。

 味も特別にここじゃないと嫌という程でもないが、食べ物にありつけるのは有難い。

 そこそこのファーストフードとしてはなかなかなもんではあるが、特にここはソフトクリームを使ったデザート類で有名だ。

 朝からさすがにアイスクリームは食べたいと思わないが、デザートの種類は、ファーストフード店では一番多いので、結構好きな店ではある。

 朝食セットを適当に食べ、とりあえず腹が膨れて落ち着いた。

 食べた後はまたさらに先を進む。

 この辺りまで来ると、周りの景色の見通しがよくなった。

 山間から抜け出た後は、ひたすら緑の草原が続いていた。

 なんとなく北海道の十勝平野みたいだ。

 家もポツポツと出現し出した。

 アメリカの田園ってところだろうか。

 全く開拓されないままに何もない。

「オレゴンってかなり田舎だね」

 思わず言ってしまった。

「田舎を守ってるの」

「守ってる?」

「そうよ、ここだって法がなければ、家が建ち放題になっちゃう。ゾーニングっていうのがあって、家や店を建てる規制の事で、とても厳しいの。この辺りはむやみに家を建てちゃいけないの」

「へぇ、わざと田舎を保ってるのか」

「でもいつかは何かが変わるかも」

 そんな事を聞いたら、この景色は守り続けてほしいと思ってしまった。

 そしてそろそろ街らしい姿が現れ、家もさっきよりポツポツ増えていった。

「ここは『Helvetia』よ」

「ヘルベティア?」

「オレゴンに移住してきたスイス人によって名づけられたの。古代ローマのスイスの名称だって。だからスイスっぽい家が建ってる。ここには超デカサイズのハンバーガが食べられるレストランがある」

 おい、もっと早く言ってくれ。

 ディリ―クィーンよりそっちに行きたかった。

 ジェナに確かめもせず勝手に行動した罰が当たったみたいだった。


 また家の数が増え、どんどん街らしくなって来た時、ジェナが呟いた。

「Hillsboro」

 ここは『ヒルズボロ』というのか。

「ジャックは『コラライン』とか『クボ』とか知ってる? ストップモーションの映画」

「知ってる。『クボ』は日本っぽい作りだったね」

「その制作会社ライカが、ここにあるの。ここで作ったんだよ」

「ええ、そうなの」

 右手に球場らしき、観覧席が見えた。ジェナはそれを指差し「あのボールパークのちょうど後ろ辺り」と言った。

 よくわからなかったけど、そこで映画ができるのかと感慨深くなった。

 オレゴンは結構映画関係の場所が多くて驚く。

 カリフォルニアと比べたら知名度はないから、何もないというイメージだったけど、そうじゃないみたいだ。

 他にもその隣町にはナイキの本拠地があり、全米のトップアスリートたちがここで靴を作りにくるらしい。

 あまりスポーツには興味がなかったので、これもまた「アハーン」と相槌を打っておいた。

 ハイウェイ26号線はまだまだ続いている。

 ポートランドに近づくにつれ、住宅街や大型店舗、車が増えていった。

 途中、電車がハイウェイと並行して通っていった。

 マックスという路面電車とジェナは言う。

 四角い箱のような車両が繋がったその電車は、この街の便利な交通手段となっている様子だ。

「ダウンタウンに行ったら乗れるよ」

 ジェナはそこへ俺を連れて行くつもりらしい。

 3レーンあるハイウェイ。

 ジェナは一番右端に寄せて運転しろと指図する。

「もうすぐポートランド」

 ダウンタウンに近いと言うのに、辺りはまた緑に囲まれている。

 どんな街だろうと色々考えを巡らしていた時、トンネルを目の前にして車のスピードが遅くなり混雑し始めた。

 そして、そのトンネルに入って抜けたら、聳え立つビルが突然目にとびこんだ。

 そこがポートランドだった。

 緑とビルが調和しているこじんまりとした街。

 街の中心なのに落ち着いて見える美しい光景だった。

 ジェナはそれを無視して、そのまま先を行けという。

「大丈夫、後で戻ってくるから。先にゴージと滝を見に行こう」

「ゴージ?」

「キャニオンならわかる?」

「グランドキャニオンのキャニオン?」

「そう、そんな感じ」

「アイシー(ふーん)」

 ハイウェイがいくつも混ざり合った分岐点。

 ジェナに右、左と車線変更を指示されながら、ダウンタウンの周りをぐるっと車で走り続け、立ち並んでるビルを遠目にチラチラ見ながら、先を行く。

 ビルがかたまって街を形成している姿は美しかった。

 ウィラメット川が横切る綺麗な街並み。

 その川の上を11の色んな形の橋が均等な間隔をあけて掛かっている。

 その形も、古いものから近代のものまで、一つ一つが特徴を持っていた。

 前方の右寄りに富士山に似た白い山も現れた。

「マウントフッド。年中スキーができる山」

 尽かさずジェナが説明してくれる。

「年中って、夏も?」

「そうだよ。夏も雪は積もったまま」

「すごいな」

「あそこにはティンバーライン・ロッジと呼ばれるホテルがあって、その外観を『シャイニング』で使用されたの」

 映画の撮影はイギリスでセットを立てて撮ったので、ほんのチョイ役程度の扱いらしい。

「行きたい?」

「ノー」

 目の前にぼんやりと現れているマウントフッドを見ただけで満足して、山にいくのはあまり興味がなかった。

 山は距離をとってみるからこそ、その全体の姿を眺める事ができる。

 いや、ただアウトドア的な事は面倒くさいだけにすぎないが。

 とにかく、この位置から十分マウントフッドの姿を堪能できた。


 空には飛行機が飛んでいる。

 ポートランド国際空港が近いらしい。

 ずっと走り続けたところでまたコロンビア川とご対面。

 これがアストリアへと続いている。

 船が集まる河口付近と違って上流の方は山に挟まれ秘境のようだった。

 雄大な景色に圧倒されつつ、さらにゴージに着いたらそれ以上に感動した。

 コロンビア・リバー・ゴージと呼ばれるその場所一体は、想像以上に絶景だった。

 『ポートランド・ウイメンズ・フォーラム』と称したそのビューポイントからは、山や切り立った谷に囲まれたコロンビア川が一望でき、その先には断壁の上に小さな建物がぽつっと可愛く建っている。

 ひたすら美しく、吸い込まれそうに、自分がちっぽけに感じてしまう。

 昨日の塔から見たアストリアの眺めもすごかったけど、ここは自然が作り出した芸術品だった。

 青い空とのコントラストで立体感が増したこねたパン生地のような雲が、もくもくふわふわと何層にもなって流れていく。

 爽快、爽快、大爽快!

「オレゴンと言ったらこの景色だから」

 何度も来てるジェナもここの景色は特別らしく、じっと目を凝らして見つめていた。 

「エクスキューズミー」

 俺はそこに居た見知らぬおっさんに声を掛け、写真を撮って欲しくてスマホを渡した。

 快く承諾してくれて、俺とジェナは壮大な景色の前に並んだ。

 サンキューとお礼を言えば「君のガールフレンドかわいいね」とウィンクつきで返ってきた。

 リップサービスみたいなもんだろうけど、どう説明していのかわからなかったので、適当に笑ってごまかした。

 ジェナにも聞こえていただろうに、彼女はわざとそっぽを向いていた。

 恥ずかしいのか、それとも間違われて嫌がっているのか、そこのところはわからないけど、俺もまだ学生だし、一緒に居れば、そう見られるのも仕方ないだろう。

 もし、ジェナが写真を撮るのを頼んでいたら、最後に「君の彼氏かっこいいね」っていわれてたんだろうか。

 まさか、日本人丸出しの俺がそんな風に思われる訳ないな。

 スマホに映った自分の姿を見て、笑えてしまう。

「ジャック、あっちにも行こう」

 ジェナに「ジャック」と呼ばれ、俺はまた我に返る。

 すっかり定着してしまった、俺の新しい名前。

 ジャックか。

 少しだけ自分の中に『ジャック』が目覚めたように、俺は元気よく「OK」と返事した。

 先ほど見た小さな建物のある場所に、俺たちはやってきた。

 1918年から断壁に建っているその建物は『クラウン・ポイント・ビスタ・ハウス』といい、八角形の石造りの展望台で、中は資料館にもなっていて観光客がひっきりなしに訪れる。

 形は二段重ねの大きなホールケーキみたいだ。

 見かけは小さいけど、地下にも見学するところは続いて、下が広くなっている。

 ここにきたら必ず立ち寄る場所だった。

 ここも映画の撮影があったらしく、俺は知らないが「ショート・サーキット」の一場面に出てくるらしい。

「2006年に修復工事が終わって、新しくなったけど、その映画には昔の姿が出てくるの」

 ジェナは建物に入るまでの数段ある階段を上って、新しくなった石壁に優しく触れた。

 そこには愛が見えるようだった。

 オレゴン出身者または住んでる人たちをオレゴニアンと言うらしい。

 ジェナはそれを誇りに思ってるくらいに、オレゴンを愛していた。

「ジェナはオレゴンLOVEだね」

「そうそう、LOVEと言えば、80年代に日本人がオレゴンでドラマ撮ってたんだって。『オレゴンから愛』、知ってる?」

「知らないな」

「私もママから聞いただけなんだけど、オレゴン州が日本にドラマ作って欲しいって頼んだんだって。それが功を奏して宣伝となって、あの頃は日本人観光客が多かったって。ホームステイプログラムも盛んで、夏に学生が一杯来て、アメリカン家族と数週間一緒に過ごしてたんだって」

「へー」

「私のママもその時、一回だけ学生を受け入れたって言ってた。いい経験になって楽しかったらしいよ」

「今もその日本人と連絡ある?」

「ううん、次第にフェードアウトって感じだった。でもね、ママが言うには、日本人はスウィートだって。私もそれは思う」

 ジェナは意味ありげにニッコリと微笑んで俺を見た。

 なんだか、照れてしまって、もぞもぞしてたら、階段踏み外しそうになった。

「オー、ジャック! 大丈夫」

「アイム、OK、OK。アハハハ」

 80年代の日本はバブル経済があった頃だ。

 円高も影響して、海外に行く人が多かったに違いない。

 今はあまり海外に出たがらない若者が多いらしいと聞く。

 俺はそんな中でアメリカ留学を選んだ人間だ。

 英語もしゃべれるし、こうやってかわいいアメリカンの女の子と旅行までして、なんと恵まれてることやら。

 俺は普通の日本人とは違うんだと思った時、観光で来ているらしい日本人がかたまってここにやって来た。

 恥ずかしげもなく日本語を話して、ワイワイしている。

 つい蔑んで見てしまった。

「どうしたの、ジャック?」

 俺はなんだか英語を話せることを自慢するように、声が少し尖ってかっこつけてジェナに話す。

 まるで自分は特別だと見せつけるかのように。

 俺はこの時、調子に乗っていた。

 ジェナは俺のおかしな態度に首を傾げるも、日本人観光客を見て嬉しそうにしていた。

「あの人たち日本人なんだ。ママはめっきり少なくなったって言ってたけど、ちゃんと日本人は来てくれるんだね」

 ジェナは日本人の観光客に向かって『ハーイ』とフレンドリーに声を掛ける。 

 一斉にみんなこっち見て、戸惑って固まっていた。

 でも一人が、勇気を出して『ハロー』と恥かしげに答えると、ジェナは愛想よく手を強く振り返した。

 それを機に連鎖反応して誰もがジェナに『ハロー』と言い出した。

 同じ日本人なのに俺だけが溶け込めず、自分だけが嫌な奴に思えてならず、後退していじける。

 ジェナのくったくのないその行動に、俺はなんだかズキンとして、恥ずかしくてたまらなくなった。

「日本人の方ですか?」

 ジェナに声を掛けられたことで、気が緩んだ日本人女性が、俺を目ざとく見つけた。

「……はい」

「どちらから来られたんですか」

 話したくないのに、馴れ馴れしく質問してきた。

「その、カリフォルニアです」

「えっ、あっ、アメリカに住んでらっしゃるんですか」

「はい」

 もうすぐ帰るけど、自分の事をあまり話したくなかった。

 よそよそしい俺の態度に気が付いたのか、その女性はそれ以上質問してこなかった。

 気まずく微笑んで、そそくさと建物の中に入って行った。

 視界から見えなくなったら、俺の悪口を言ってるような気がした。

「ジェナ、行こうか」

「中に入らなくていいの? 展望台もあるけど」

 たかが一階分高くなったところから見下ろしても、この壮大な景色が変わるとも思えなかった。

 周りを見れば、恐ろしいほどに広がる雄大な自然。

 自分がゴミのように感じて、情けない。

 意気消沈して前屈みに歩いていると、ジェナがピッタリと横について来た。

「ジャック、ちょっとだけ『smug』だったね。なんかわかるよ、その気持ち」

 スマッグ? 知らない単語だ。

 だけど俺にはなんとなく分かった。

 えらっそうにしたい自惚れた態度。

 そっかスマッグか。

「うん、スマッグだった」

 俺が認めると、ジェナは優しく微笑んで、こんな俺でも優しく受け入れてくれた。

 その建物のすぐ側に『ヒストリック・コロンビア・リバー・ハイウェイ』──コロンビア川歴史旧街道──が通っていた。

 その街道に沿って俺たちは東を目指す。

 歴史あるその道はビューポイントがあったり、またその街道を少し奥に入れば滝がいくつもあったりと人気のドライブコースになっていた。

 しかし、くねくねとして曲がってる時に対向車が来るとちょっと怯む。

 ある程度すると、道は真っ直ぐになり運転しやすくなったのでほっとした。

 そうしているうちに目的地の『マルトノマ滝』に着いた。

 駐車料金も入場料も払わず、誰もが自由に来れるから、観光客もかなり多く、人だけじゃなく、犬までもつれて来ていた。

 滝なんて、水が流れてるくらいにしか思ってなかったが、その流れ方、見せ方がなんとも美しかった。

 やっぱりここでも息を飲んだ。

 二段に分かれて長く細く布を垂らしたように流れる水。

 上段が165m、下段が21m。

 この間にも3mのなだらかな滝があり、全体で189mの長さだ。

 分かれている真ん中に橋が掛かって、その全体の姿は独特の風景を醸し出している。

 水が年中流れてる滝の中で全米で二番目に高いと言われている。

 大きさとしてはカリフォルニアのヨセミテの滝の方が長いけど、あっちは水が流れない時があるので、年中流れているオレゴンの勝ちだそうだ。

「この滝は季節によって色々と姿が変わるの」

 滝のふもとで、流れる水を見ながらジェナが教えてくれる。

 水は山からの湧水だが、春は雪解け水や季節によって降る雨で水量が増えたり、夏は暑いと減ったりして、流れる水は太ったり細くなったりするらしい。

 四季による自然の変化、とくに冬だと雪が降って凍ったりして、風情がでるそうだ。

 今はちょうど初夏のころ。

 若葉が茂って爽やかに生き生きとしているように思った。

 橋の上に人が歩いている。

 あそこまで登れると知って、俺も挑戦してみた。

 坂道も苦になく、簡単に上まで上がれた。

 上から見ると、人が小さくて点々としていた。

「上からスクールバスくらいの岩が転がってきて、この橋も崩れたりしたことがあったんだよ」

 思わず頭上を見てしまう。

 何かが落ちてきたらひとたまりもなさそうだった。


 この滝とゴージはオレゴンに来たら絶対に見ないといけないポイントだとジェナは力説する。

 俺をここに連れてくることができて、なんだかほっとしていた。

 他にもたくさんのハイキングコースがあって、アウトドア派の山登り好きにはたまらない場所らしい。

 ジェナも色々と登ったと言っていた。

 でも俺は山登りが苦手だから、行きたいとは思わない。

 それを正直に言えば「Why?」と残念そうに俺を見つめた。

 わざわざ疲れに行くなんて、面倒くさい。

「ジャックの趣味は何?」

 そういえばまだお互いの事、何も知らなかった。

 もうずいぶん前からジェナの事を知ってるような気がして、俺はすっかりジェナと一緒にいる事に違和感がなかった。

「趣味は食べる事、寝る事、ぼけっとする事」

「えっ? それ日常生活でしょ」

 これと言って、人に言えるような趣味はなく、読書と言えば無難だろうが、あまり読んでないし、スポーツは好きじゃないから適当にも言えないし、結局自分の趣味ってなんだろう。

 いつも適当に生きてきたから、すぐに浮かばない。

 しいて言うなら英語を話す事。

 これだ!

 思わず得意になっていった。

「ジャックは英語話すの上手いと思う。とても自然」

 ジェナに言われると恥ずかしい。

 でもそんなに実力ないのは自分でもわかってる。

 ただ、簡単な言い回しを使って、受け答えが慣れただけだ。

 だけど、全く話せなかったときと比べたら、俺にはこれで十分だった。

 突然話しかけられても物怖じしない度胸だけはついた。


 俺たちは再び車で『インターステイト・ハイウェイ84』に乗り、コロンビア川を横目にポートランド方面に向かって走る。

 空は晴れているのに、ポツポツと雨がフロントガラスに降って来た。

 やがてぼたぼたと大粒になって、ワイパーが必要なくらいの量になり、それを動かして暫く行くと、またポツポツに変わって、最後に雨がやんだ。

 ほんの1分程度のことだった。

「なんだ、この天気」

 俺が驚くと、ジェナは言った。

「ちょうど雨雲の下を通ったんだね」

 オレゴンは雨が多いらしい。

 だが、夏になると降らなくなり、この時期は稀に一部の雨雲が雨を降らせながら流れていく。

 小さな雨雲だから、それはすぐにやみ、晴れ間を覗かす。

 本格的な夏が始まる前に雷を伴う雨が夕立のように降る事もあるらしい。

 それはすぐに過ぎ去り、その後は雨が全く降らない夏になるそうだ。

 それ以外は雨がしとしととよく降るんだそうだ。

「でね、雨が多いから地元の人は慣れちゃって、傘ささないの」

「雨が多いから傘がよく売れそうなのに、みんな買わないんだろうね」

「みんな傘持たないから、売ってる店もあまり見た事ない。もし、傘を持ってスーパーに行くと、警察に通報されて大騒ぎになったりするの」

「えっ、なんで?」

「ライフル持ってると間違われるんだって。それだけ傘持って歩く事が珍しいってこと」

「大げさな例えだな」

「ううん、ほんとにあったことだから」

「ええっ」

 アメリカらしい話だけど、実際傘持ってスーパーに行った人、警察に囲まれて『フリーズ』とか言われたんだろうか。

「銃が簡単に手に入るから、どこかでみんな疑ってしまうの。子供ですら、おもちゃの銃を持ってると、警官に撃たれるような国だもん。日本は銃が規制されてるから安心だね」

「それは言えてる。アメリカはあまりにも銃犯罪が多すぎる」

「でも銀行強盗するとき、銃はいらないんだよ」

「えっ?」

「紙とペンがあればできるの」

「紙とペンで銀行強盗?」

「窓口で、金を出せって書いた紙を黙って見せるだけ。そうすると銀行員は安全を考えて、さっとお金を出すの」

「そんな簡単にお金を渡すの?」

「もしかしたら銃を持ってるかもしれないし、抵抗して銃を乱射されるより、お金渡してさっさと帰ってもらうの」

「そんなんでいいの?」

「出て行ったら、すぐに警察に知らせる。大概、皆捕まっちゃうんだ」

「銀行強盗する人って、なんかバカだね」

「うん、大バカだよ。だって、お金奪って銀行出ようとしてる時に、近所の人とすれ違って『ハーイ、ジョン』ってな具合に挨拶されてるの。犯人慌てて無視して逃げたけど、近所の人に住んでる場所暴露されて、素早く捕まっちゃった」

「なんでそんな知り合いが来るかもしれないところで銀行強盗するんだ」

「笑っちゃうでしょ。もっと考えればいいのにね」

 そんな話をしている時に、目の前に角ばった装甲車のように重厚な車が走ってるのが目に付いた。

「あれ、アーマードトラック。お金運んでるの」

 現金輸送車のことだろう。

「後ろの真ん中の所、小さな丸い穴みたいなのがあるでしょ。いざと言う時はあそこから銃の先が出るの」

「中で銃を構えてるの?」

「もちろん。お金運んでるから、襲われないように厳重に武装してるよ」

 なんだか怖くなり、俺はレーンを変更した。


 話をしているうちに、前方にビルが立ち並ぶポートランドが見えてきた。

 ここで、ジェナの指示があり、その通りに進むとウィラメット川に架かる『バーンサイドブリッジ』にやってきた。

 これは大きな船を通すときに、真ん中でパカッて開いて二つに割れる跳ね橋だ。

 前方の茶色いビルの屋上に鹿のシェイプと『Portland Oregon』と綴られたネオンのサインが掲げてあった。

 まさにポートランドに来ましたという気分にさせられる。

 そのまま真っ直ぐ行けば、ダウンタウンに入り、右手にチャイナタウンの入り口みたいな門が現れた。

 パッと見、治安が良くなさそうで怖い雰囲気がした。

「昔はチャイニーズレストランで賑わって、中国人が一杯いたけど、今は中国人が全くいないチャイニーズタウンになってしまった。すごくさびれて、夜とかは近づかない方がいいと思う」

 苦笑いして肩を竦めたジェナも、それとなく危ないと体で示しているようだ。

 その後何も言われずまっすぐ行くと、あっという間にダウンタウンの外れになって、ポートランドを飛び越えて山間へと続いてしまった。

「どこ行くの?」

 俺が不安になってると、「次の信号左に曲がって」と指示された。

 曲がった途端大きくカーブして坂道を上がって行く。

 金持ちそうな家が立ち並んでる通りに出て、しばらくしたら駐車場のある場所に辿り着いた。

「ジャック、あそこ、車止められる。早く」

 ジェナは俺を急かした。

 すでに車で詰まってしまった場所に一台だけ停まれるスペースが開いていた。

 そこに車を停めると、ジェナはほっと一息ついた。

「ここ、車止めるところが少なくて、それでいて、沢山人が来るから、スペースを見つけると焦ってしまうの」

「一体何があるの?」

「この前のテニスコートの向こうにはローズガーデン。後ろのあっちの森の奥が、ジャパニーズガーデン」

 二つのガーデンは道を挟んで向かい合っている。

 ローズガーデンは無料だが、ジャパニーズガーデンは入場料がいるらしい。

 全米にある日本庭園の中で一番美しく、世界からも評価が高いと聞いたら、どんな庭なのか興味が湧いた。

 そこで入ってみた。

 日本人なら見慣れた光景なので感動はそんなになかったのだが、これがアメリカで作られてると考えたら、かなり忠実に再現されてるのはすごいことだった。

 寺院を思わせる建物、枯山水、池、松、桜、竹、椿、そういったものがテーマに沿って、上手く配置されている。

 まさに日本で良く知られているイメージそのままの庭園だった。

 でも何かがピタッと当てはまらない。

 どこか違和感を覚えた。

「どう思う、ここ。日本の庭園と同じ?」

「かなりレベルが高いと思う。だけど、ここが全くの日本に見えるとは言い切れない」

「どうして?」

「うーん、なんでそう思うんだろう。こんなに日本なのに」

 俺たちは順序に沿って、庭園を歩いていた。

 そこで俺は気が付いた。

「あっ! 木と草だ」

 森の中にあるから、周りの木が高すぎて、日本ぽくなく、自然に生えている草も種類が日本と違っている。

 そのことをジェナに伝えてみた。

「ああ、あの高い木ね。あれはダグラスファー。オレゴン原産の木。クリスマスツリーにも良く使われる」

「どおりで、洋風っぽい」

 それは仕方のないことだった。

 それでもこの日本庭園は限りなく日本に近い場所だった。

 アメリカ人なら、こういうのが好きだろう。

 京都に沢山外国人の観光客が押し寄せるように。

「日本ってどんな国?」

 苔が生える小道でジェナが立ち止まり訊いた。

「うーん」

 一言で言い表せないし、何を言っていいのかわからない。

 自分の国だというのに、俺はジェナに上手く伝えられないでいる。

 焦って、思った事をとりあえず言ってみた。

「狭くて住みにくい国かな」

「どうして住みにくいの?」

「みんな、自分の意見をはっきり言わずに、人が察することを当たり前に思っているから」

「どういう意味、それ?」

「周りと同じようにしなければならないってこと」

「なんかつまらなくない?」

「その通り、つまらない」

「でもさ、ジャック、どうして悪い所を先に言うの?」

「えっ?」

 自分で気が付いてなかった。

 なぜか俺は自分の国を蔑んで見る癖がついている。

「それでいいところは?」

「えーっと、それは……」

 咄嗟に出て来ず、俺は目を泳がせる。

 あまりにも日本に似た場所に来て、感覚が麻痺してここがどこだかわからなくなってくる。

「私は日本が好きだよ。本当に文化、習慣も独特だよね。昔からの伝統が受け継がれてる」

「そうかな」

「そうだよ。それって大切な事だと思うよ」

 アメリカ人のジェナに日本のいいところを教えられてるように思え、俺は恥ずかしかった。

 自分の国の事も何一つ満足に紹介できない。

 ジェナは少なくとも自分の生まれ故郷、オレゴンについてはたくさんの事知ってそうだ。

 だからこうやって俺を色んな所へと案内できるし、自慢もできる。

 もし、ジェナが日本に来た時、俺はこんな風に案内できるのだろうか。

 そして同じように自慢できるのだろうか。

 それでも俺はジェナに言った。

「いつか、日本においで。俺が案内するから」

「それ、いいね。ありがとう。でも実現するかな」

 あれ、なんかジェナらしくない消極的な返事。

 ジェナだったら、「絶対行く!」とか言い出すと思ってたのに。

 時々寂しげな目をして、モチベーションが下がるから、女心はよくわからない。


 日本庭園を出た後、向かいのローズガーデンに寄った。

 ふんわりとした柔らかな空気が流れたように感じたのは、あまりにも多くのバラが咲き誇り、それらの香りが漂ってるように思ったからだろうか。

 見事な沢山のバラが、色とりどりに美しい。

 そこは広大な範囲で、全てバラで埋め尽くされていた。

「ちょうどローズの季節で、ローズフェスティバルの期間なんだ」

 毎年5月下旬から6月中旬にかけて、ポートランドの街全体で、色んなイベントが催されて賑わうそうだ。

 各高校でローズクィーンを選出してグランプリを決めたり、パレードがあったり、川でボートレースがあったりと、多彩に催される。

 ローズクィーンと聞いて、ジェナなら選ばれてもおかしくないと思った。

「ジェナはローズクィーンに選ばれた事あるの?」

「ううん、私、ホームスクールだから、高校には行ってない」

「えっ? でも高校卒業したって」

「うん、だから、高校卒業と同じカリキュラムを終えたってこと」

「でも、ホームスクールって家で勉強するってこと?」

「そうだよ。オレゴンはホームスクールが全米一盛んで、そのためにわざわざこっちへ引っ越してくる家族もいるの。カリキュラムがしっかりしてて、ホームスクラー同士助けあったり、そういう組織があって、たまにものすごい数のホームスクラーとその親たちが集まって集会なんかも開かれる。学力も定期的に試験を受けたりして自分で力をつけていくの」

「すごいな」

「だって、学校は予算がないと、すぐ休みになったり、先生がストライキ始めたり、銃乱射事件があったり」

「おいっ!」

「本当のことだもん。学校で銃乱射の避難訓練までさせられるんだよ。そんな学校他の国にある?」

「それはそうだけど、しかし怖い」

「そうだよ、ほんと怖いよ。でも私がホームスクール始めたのは、それが理由じゃないけどね」 

 そういって、ジェナはバラの花が咲き誇る中へと進んでいった。

 バラを見ていると、心が癒されていく。

 とにかくここは平和だ。

 こんなに美しい場所があっても、アメリカはどこかに闇が潜んでいる。

 光と影のコントラストがとても激しいように思えた。


 朝、早く出かけたせいでもあったけど、色んな所に行って結構ハードなスケジュールだったように思う。

 つい大きな欠伸が出てしまう。

「疲れたね、ジャック。泊まるところどうしようか」

 疲れてベンチに座ってる俺の横にジェナも腰掛けた。

 俺はスマホを取り出し、この近辺のホテルを検索し出した。

 ダウンタウンのはずれに安いホテルがあったので、ブッキングしようとしたが、すでに満室だった。

「この辺周辺はフェスティバルで旅行者が多くなってホテルはほとんど満室かも」

「別にダウンタウン付近じゃなくてもいいじゃないか」

 今度は広範囲で探せば、隣の街にリーズナブルな値段の宿を見つけ、部屋に空きがあるのがわかった。

 そのホテルの近くには路面電車マックスの駅もある。

 ジェナも気にいってくれたようだった。

「ねぇ、明日はマックスでダウンタウンに行けばいいけど、そうしたら、もう一泊そこで泊まった方がよくない?」

「そっか、車置いとかなくっちゃいけないし、それならこの宿に置いとけばいいし、そうだね、ここで2泊した方がダウンタウンでゆっくりできるね」

 善は急げ、すぐさまネット予約した。

「やっぱり部屋は二つ?」

 スマホの画面を見ながらジェナが訊いた。

「当たり前じゃないか」

「別に一緒の部屋でもいいよ。その方が割り勘できるし」

「そこはダメだ」

 ジェナは俺を信じ切ってるから、そんな風にいってくれるのかもしれない。

 でも俺の方が自分を信じ切れない。

 どうせ、お互い一人旅してたのだから、そこは別々に宿をとっても、なんの問題もないだろう。

 そこだけは一線を分けとかなくっちゃって、俺は頑なにそう思っていた。

 ジェナは、俺のジェントルマンな態度にくすっと笑っていた。

「それじゃ、行こうか」

「あっ、その前にもう一つだけ、行きたいところがある。車で5分くらいで、すぐそこなの」

 夕方だけど、日はまだ明るい。

 本当はかなり疲れていたけど、もうひと踏ん張りしようと、俺は立ち上がった。


 次、ジェナが案内してくれたのは、ピトックマンションと呼ばれる昔ながらの豪邸だった。

 オレゴン新聞の創始者が100年以上も前に建てたらしい。

 それはそれは馬鹿でかい、赤いお屋根の立派なお屋敷だった。

 中は見学できるが、俺たちがついた時にはすでに営業時間は終わっていた。

 ここでまたジェナが残念な顔をするのかと思いきや、そのまま屋敷を素通りして、建物の裏側へと向かっていった。

 小高い丘の上にあるその建物の裏庭からは、なんとポートランドダウンタウンとマウントフッドが一望できた。

「ねぇ、素敵な場所でしょ。建物の中も、アンティークな家具が一杯で豪華だけど、私はこの景色見るのが好きなの」

「ほんとだ。すごい!」

「もうちょっと暗かったら、夜景が綺麗なんだよ」

 そういえば、カップル達が寄り添って景色を眺めていた。

 俺たちもロマンティックな気分に浸り、疲れてるのも忘れる程、暫くずっとその景色を見つめていた。

 豪華なピトックマンションを見た後に、安ホテルを見るのは辛いが、最低限の物は揃った落ち着きがあるその宿の部屋は、十分居心地よかった。

 ここに来るまでに、食べ物を調達し、それを持ち込んで食べると、俺はベッドにバタンキューだった。

 一応ジェナには朝早くだけは勘弁してくれとは言っておいたが、案内することに使命を燃やす性格だから、朝7時には起こしにくるかもしれない。

 思えば、この二日間で恐ろしく全力で観光しているような気がする。

 撮った写真を見て、この日を振り返ると、自然と顔がにやけていた。

 アメリカ生活の最後で、こんな事が起こるなんて思ってもみなかった。

 一年間の留学中、俺はできるだけ日本人を避け、英語を話すことに専念した。

 最初はホームステイをし、慣れたらルームメイトとアパートをシェアして暮らした。

 友達もそれなりにできたけど、日本人の友達は少なく、ほとんど英語しか通じない他の国の連中とつるんでいた。

 国という単位だと、色々と言われるけど、中国人、韓国人も、個人的に付き合えば皆いい奴だった。

 英語を学びたいという目的で、俺たちは必死に英語で話し合った。

 俺は普通の日本人じゃない、国際人だ! って意識してたように思う。

 それは今でもそうだけど、それが『スマッグ』なのかもしれない。

 スマッグ──この日、俺の態度を見て、ジェナが発した言葉。

 調べたら、『自惚れ、独りよがり、気取った』という意味が出てきた。

 その時の事を思い出すと、なんだかぐっと体に力が入って、恥ずかしさがこみ上げてくる。

 なんであの時俺は、あの日本人女性に冷たかったんだろう。

 そして、ジェナから日本の事を聞かれて、どうしてネガティブな事を言ってしまったのだろう。

 アメリカでの留学は、俺に自信をつけてくれたと同時に、謙虚さが消えてしまった。

 昔はこんな性格じゃなかったのに。

 それはいいことなのか、悪い事なのか、日本に帰る直前になって、俺はなんだかわからなくなっていた。

 これもジェナに会ったからだろうか。

 ジェナはなんで俺と旅行しようと思ったのだろう。 

 ジェナにとって、ジャックってなんなんだろう。

 現実と夢とのまどろみの中でとりとめもなく色んなことが浮かんでは、混ざり合って訳のわからないものへと変わっていく。

 俺は次第に眠りについていく。

 ジェナと一緒にいる今が夢そのものに感じていた。


 目が覚めた時、時計を見れば8時を回っていた。

 どうやらジェナは気をきかして、ゆっくりと俺を寝かしてくれたようだ。

 ジェナはまだ寝てるのだろうか。

 俺の方からジェナの部屋へ電話を掛けてみた。

「ハロー」

 電話はすぐさま繋がり、ジェナの声が聞こえた。

「グッモーニング、起きてた?」

「さっき起きたところだけど、そっちは準備整ってるの?」

「俺も今起きたとこなんだ。これから身支度する」

「急がなくていいよ。ジャック、疲れてない?」

「よく寝たから、元気!」

「そう、よかった」

「ジェナは、大丈夫?」

「大丈夫。ちょっと目がアレだけど」

「あっ、メガネ! それどこかですぐに作れないの?」

「それは無理。検査して処方箋がいる」

「でも、なんとかしないと。なんか手立てはないの?」

「心配しないで、なんとかなるから。それにちゃんとジャックと観光できてるでしょ」

「君がそういうのなら」

「それじゃ、今からシャワー浴びるから、支度できたら連絡する」

 電話はそこで切れた。

 俺も、同じくシャワーを浴びるとしよう。

 今日はどこへ案内されるのか、急に楽しみになってきた。



 ブレックファーストが無料だったので、軽く朝食をホテルで済ませた後、俺たちは外に繰り出した。

 俺は背中にリュックを背負って、観光客丸出しの格好になっていた。

 ホテルのすぐ隣には、前日ずっと走り続けていたハイウェイ26号線と他のハイウエイが混ざりあってぐるぐるとハイウエイが渦を巻いているようだった。

 車の通りが激しいが、先を少し行ったところでハイウエィ26号線の頭上に歩道橋が架かっていて、それを渡ると路面電車マックスの駅に続いていた。

 バスも何台か止まって、ここから色々な場所へ行けるようだ。

 その隣には4階建ての巨大駐車場があったが、どこも車で埋まっている様子。

 利用客は多そうだった。

 小さな売店の側に、四角い箱型の切符の自動販売機があった。

 デジタル画面の操作の仕方が、なんかややこしい。

 先にボタンを押すのだが、一度で済まされない。

 色々なオプションがあって、英語だから余計によくわからなかった。

 ジェナが操作を手伝ってくれたおかげで助かったが、初めてだと、一人で買うのは難しかった。

 切符買うだけの事に恥ずかしいけど。

 一日乗り放題の5ドルのチケットを選んだのだが、5ドル札がなかったので20ドル札入れたら、残りの15ドルのおつりが全て1ドルコインで返ってきて驚いた。

「ファー?」

「ジャックポットだ!」

 ジェナがしゃれたジョークを言った。

 スロットマシンじゃあるまいし、あまり流通してない1ドルコインを貰っても、逆に使うのに不便だ。

「おつり出てきただけましだよ」

 ジェナはさらりと怖い事を言う。

 時には現金を受け付ける販売機が壊れている時もあったり、クレジットカードしか使えない販売機もあるという。

 たかが数ドル払うだけなのに、なんとも性能の悪い。

 そう思えば、日本の切符売り場はお札でおつりが返ってくるし、性能もいい。

 そういうところだけ褒めても、今更何をと、怒られそうだけど。

 じゃらじゃらと両サイドのズボンのポケットにコインを分けていれた。

 階段を降りたところにホームがあり、そこで電車を待つこと数分。

 タイミングよくすぐ来てくれて、さほど混んでもなさそうで、俺たちは座る事ができた。

 車内は自転車を乗せてる人もいて、電車ですらアウトドア的な雰囲気がした。

 英語でドアが閉まりますと言った後に、スペイン語の案内も流れた。

 ヒスパニックの人種が多いらしい。

 その他、色んな国の言葉で書かれた案内があったが、中国語も韓国語もアラビア語もあるのに、日本語だけなかった。

 そのことをジェナに言えば、「ね、日本人観光客が少なくなったのわかるでしょ?」と返ってきた。

 本当にそうなのだろうか。

 半信半疑に首を傾げると、電車はトンネルの中に入っていった。

 窓はずっと暗く、どこまでトンネルが続くのだろうと思ってた時、そのトンネル内で電車は止まった。

 そこが駅だった。

「オレゴンズーがあるの」

 ジェナは教えてくれる。

「ここに動物園?」

「ここからエレベーターに乗るの。かなりここ深いんだよ。地上まで260フィート」

 換算すれば約79mになる。 ビルにしたら25,6階分はありそうだ。

 どうかエレベーターが壊れませんように。

 トンネルがふさがれませんように。

 そんな事をつい願ってしまう。

 でも子供たちが親に連れられて沢山降りていく姿は微笑ましかった。

 その後、地下からやっと地上に出てきたとき、なんだかほっとした。

 いくつかの駅で止まりながら、ダウンタウンの中心へと電車は向かう。

 そんなダウンタウンの中に球場があったのには驚いた。

「野球場?」

「昔はそうだったんだけど、今は改装されてサッカースタジアムになってる。メジャーリーグのポートランド・ティンバーズと女子チームのポートランド・ソーンズの本拠地」

 サッカーの事は興味がなくてわからなかったが、なんにせよ、街の真ん中にあるのは珍しい。

 地元でもかなり熱狂してサポートしているのだろう。

 そうしているうちに、ジェナが腰を上げ、降りる事を示唆した。

 ビルが立ち並んでるが、コンパクトな街の印象。

「なんか治安よさそう」

 俺が言った。

「うん、比較的安全ではあると思う。かなり開発されて、すごくお洒落に便利になった。その開発事業に日本人スタッフもいるんだって」

「へぇ、日本人が係わってるのか。すごいな」

「今もまだ変わり続けて、この先もっと奇妙に変わるかも」

「奇妙に?」

「”Keep Portland Weird”ってこの街のスローガンになってるの」

 ポートランドを変にし続けろ?

「変があたりまえのように、皆自由に自分を表現している。『Portlandia』っていうコメディドラマ観た事ある?」

「知らない」

「ここで撮影されて、ポートランドの変な人が一杯でて、それを皮肉ってる話で面白いよ。機会があったら観て」

「それで、ほんとにそんな変な人ってこの街に一杯いるの?」

「いるよ! 私も良く見る」

「どんな感じの人?」

「例えば、ストリートカーの中でギター持って歌いだす人とか、自分で装飾した車に乗って走ってる人とか、車にクウガ乗せてた人もいた」

「実際遭遇したら二度見しちゃいそうだね」

「マックス(路面電車)乗ってたとき、駅で暫く止まってたんだけど、外に向かって手を振ってたおじいちゃんがいたの。その先には女性がいたんだけど、気が付いてないのか、全然反応してなかったの。それで、おじいちゃん、隣に座ってる人にも手伝ってくれって一緒に手を振ってもらったの。でも電車が動いちゃった後で、ちらっとその女性がやっとおじいちゃんを見たんだけど、すでに遅かったの。それで一緒に手を振るのを手伝った人が『残念でしたね』って労ったら、『全然知らない人だからいいよ。私は手を振るのが趣味なんだ』って言ってた。なんか吹き出しそうになった」

「ええ、巻き込まれた人、かわいそう」

「手をずっと振られてた人もかわいそうだったかも。ほんとは気がついてたけど、知らない人だから戸惑ってたんだろうね」

「それはほんと変な人だ」

「で、そのおじいちゃん、鞄からマッシュルームのパックを出して、これ安かったんだって自慢してた。だけど、それ痛んでくさりかけてたから、見せられても困ってたよ」

「自由だね」

「ほんと自由だよ」

 そんな話をしながら歩いているうちに、変なオブジェが目に付いた。