3
三つ又の足、真ん中に大型線香花火のようなものがあって、それが振り子のように動かせる、訳の分からない形をしていた。
「ポートランドにはたくさんのパブリックアートがあるよ」
ジェナはその丸い部分の振り子に触れようと手を伸ばした。
「これを見に来たの?」
「ううん、もっと有名なのが、あそこ」
道路を挟んだ向かい側に『Powell’s Books』とでかでかとサインを掲げた店があった。
その名のごとく本屋さんだ。
「ジャック、写真撮ってあげる」
俺のスマホをジェナは手にして、その看板を背景に俺の写真を撮ってくれた。
「ここへきたら、パウエルズをバックにみんな写真撮るんだよ」
「そんなに有名な本屋なの?」
「うん、一ブロック丸ごと本屋さん。中古本と一緒に売ってるから本の数も100万冊以上ある」
なんか知らないけど、ものすごく大きな本屋らしい。
その店の前に新聞の束を手にして立ってる人がいた。
髭が長く、服も着崩れてるというのか、ちょっと普通の人と違った雰囲気がした。
「あの本屋の前で立ってる人も、ポートランドの変な人?」
俺が訊くと、ジェナは首を軽く横に振った。
「あれは、ホームレス」
「えっ、でもなんか新聞売ろうとしてるよ」
「うん、あれは地元の新聞社が協力して、ホームレスたちで作ってる『Street Roots』っていう15ページほどの新聞なの。それをホームレスが一部25セントで仕入れて、一般に1ドルで販売するの。差額はもちろん自分の売り上げ。そうやってホームレスを支援してる」
「へぇ」
「お金を恵んでくれって大胆にいう人もいるけど、新聞を売る方がスマートだよね」
「ホームレスの人、多いの?」
「昨日、チャイニーズゲート見たでしょ。あの近くにシェルターがあって、夕方から朝までそこでホームレスが過ごせるの。でもベッドに限りがあって早い者勝ちで、溢れる人もいるくらいだから、結構いると思う」
ポートランドは変で楽しい雰囲気があるけど、ここでも影があった。
信号が青に変わり、俺たちは本屋に向かった。
そういえば、俺のポケットには一ドルコインがいっぱいある。
これ使ってみようか。
そのコインを一枚、「1ドルコインだけど……」と言って差出してみた。
パッと見たら25セント硬貨に間違われそうだから、敢えて1ドルを強調した。
新聞を売ってるホームレスはにこやかに笑って、「お金はお金だ! サンキュー」と新聞を一部手渡してくれた。
英語で新聞を読むのはちょっと苦手だったが、ホームレスが書いた記事は興味深いモノを感じた。
時間はかかるかもしれないけど、後でゆっくりと読んでみよう。
それを背中に背負っていたリュックにしまいこんだ。
後ろを振り向けば、また誰かが購入し、ホームレスの男性は笑顔になっていた。
たくさん売れるといいね、と俺も願ってしまった。
アメリカの本屋はほとんどが英語の本だから、はっきり言って、俺は興味はなかったが、ジェナが「日本語の本もある」と教えてくれた。
奥へ行けば、下へ降りる階段、上に向かう階段、奥行き深く本当に迷路のようにでかい。
壁に貼ってあった地図を見て、ジェナが位置を把握すると、そこを目指して俺たちは行った。
アルファベットが氾濫してるその中で、日本語だけがはっきと意味を成して俺の目に飛び込んでくる。
漫画や一昔前の本が少しだけ置いてあった。
日本人が売ったのだろう。
状態が悪く、汚い割に値段が割高だったので、これなら新品を送料払ってでも買った方がいいような気がした。
中には掘り出し物もあるかもしれないが。
「なんかいいのある?」
「ない」
即座に俺が答えると、ジェナは笑っていた。
「だけど、日本の有名な作家もここに来た事があるらしいよ。ここの本屋さんで働いてる人は世界の作家に通な人が多いから、そういうの敏感らしい」
「え、誰が来たの?」
「えっと、『Hear the Wind Sing』を書いた人」
「日本人なのに英語で?」
「そう。翻訳もしてる人だって」
あまり本を読まないし、英語のタイトルだからその時ピンとこなかった。
後でわかったけど、本をあまり読まない俺でも、その作家の名前は良く知っていた。
本を出版したら必ずベストセラーになる程、本当に有名な作家だった。
本好きの人にはこの本屋は聖地らしい。
欲しい本もなく、観光がてらに来た俺たちは、今度は反対側の出入り口から外にでた。
「本好きにはたまらない場所なんだろうね」
俺が感想を述べるとジェナは少しだけ深刻な顔をした。
「本に熱中し過ぎるのも危ないんだよ。そのせいで置き引きとかも実際あってね。どこに居ても油断はできない」
なるほど、アメリカは常に危険と隣り合わせってことか。
こんなに平和そうに見えるポートランドでも油断はならないらしい。
三つ又の足、真ん中に大型線香花火のようなものがあって、それが振り子のように動かせる、訳の分からない形をしていた。
「ポートランドにはたくさんのパブリックアートがあるよ」
ジェナはその丸い部分の振り子に触れようと手を伸ばした。
「これを見に来たの?」
「ううん、もっと有名なのが、あそこ」
道路を挟んだ向かい側に『Powell’s Books』とでかでかとサインを掲げた店があった。
その名のごとく本屋さんだ。
「ジャック、写真撮ってあげる」
俺のスマホをジェナは手にして、その看板を背景に俺の写真を撮ってくれた。
「ここへきたら、パウエルズをバックにみんな写真撮るんだよ」
「そんなに有名な本屋なの?」
「うん、一ブロック丸ごと本屋さん。中古本と一緒に売ってるから本の数も100万冊以上ある」
なんか知らないけど、ものすごく大きな本屋らしい。
その店の前に新聞の束を手にして立ってる人がいた。
髭が長く、服も着崩れてるというのか、ちょっと普通の人と違った雰囲気がした。
「あの本屋の前で立ってる人も、ポートランドの変な人?」
俺が訊くと、ジェナは首を軽く横に振った。
「あれは、ホームレス」
「えっ、でもなんか新聞売ろうとしてるよ」
「うん、あれは地元の新聞社が協力して、ホームレスたちで作ってる『Street Roots』っていう15ページほどの新聞なの。それをホームレスが一部25セントで仕入れて、一般に1ドルで販売するの。差額はもちろん自分の売り上げ。そうやってホームレスを支援してる」
「へぇ」
「お金を恵んでくれって大胆にいう人もいるけど、新聞を売る方がスマートだよね」
「ホームレスの人、多いの?」
「昨日、チャイニーズゲート見たでしょ。あの近くにシェルターがあって、夕方から朝までそこでホームレスが過ごせるの。でもベッドに限りがあって早い者勝ちで、溢れる人もいるくらいだから、結構いると思う」
ポートランドは変で楽しい雰囲気があるけど、ここでも影があった。
信号が青に変わり、俺たちは本屋に向かった。
そういえば、俺のポケットには一ドルコインがいっぱいある。
これ使ってみようか。
そのコインを一枚、「1ドルコインだけど……」と言って差出してみた。
パッと見たら25セント硬貨に間違われそうだから、敢えて1ドルを強調した。
新聞を売ってるホームレスはにこやかに笑って、「お金はお金だ! サンキュー」と新聞を一部手渡してくれた。
英語で新聞を読むのはちょっと苦手だったが、ホームレスが書いた記事は興味深いモノを感じた。
時間はかかるかもしれないけど、後でゆっくりと読んでみよう。
それを背中に背負っていたリュックにしまいこんだ。
後ろを振り向けば、また誰かが購入し、ホームレスの男性は笑顔になっていた。
たくさん売れるといいね、と俺も願ってしまった。
アメリカの本屋はほとんどが英語の本だから、はっきり言って、俺は興味はなかったが、ジェナが「日本語の本もある」と教えてくれた。
奥へ行けば、下へ降りる階段、上に向かう階段、奥行き深く本当に迷路のようにでかい。
壁に貼ってあった地図を見て、ジェナが位置を把握すると、そこを目指して俺たちは行った。
アルファベットが氾濫してるその中で、日本語だけがはっきと意味を成して俺の目に飛び込んでくる。
漫画や一昔前の本が少しだけ置いてあった。
日本人が売ったのだろう。
状態が悪く、汚い割に値段が割高だったので、これなら新品を送料払ってでも買った方がいいような気がした。
中には掘り出し物もあるかもしれないが。
「なんかいいのある?」
「ない」
即座に俺が答えると、ジェナは笑っていた。
「だけど、日本の有名な作家もここに来た事があるらしいよ。ここの本屋さんで働いてる人は世界の作家に通な人が多いから、そういうの敏感らしい」
「え、誰が来たの?」
「えっと、『Hear the Wind Sing』を書いた人」
「日本人なのに英語で?」
「そう。翻訳もしてる人だって」
あまり本を読まないし、英語のタイトルだからその時ピンとこなかった。
後でわかったけど、本をあまり読まない俺でも、その作家の名前は良く知っていた。
本を出版したら必ずベストセラーになる程、本当に有名な作家だった。
本好きの人にはこの本屋は聖地らしい。
欲しい本もなく、観光がてらに来た俺たちは、今度は反対側の出入り口から外にでた。
「本好きにはたまらない場所なんだろうね」
俺が感想を述べるとジェナは少しだけ深刻な顔をした。
「本に熱中し過ぎるのも危ないんだよ。そのせいで置き引きとかも実際あってね。どこに居ても油断はできない」
なるほど、アメリカは常に危険と隣り合わせってことか。
こんなに平和そうに見えるポートランドでも油断はならないらしい。